第三十九話 正真正銘の魔法使い
ルクはシャスターの握っている短剣を見て、さらに驚く。
「まさか、その剣は……」
いつの間にか、カリンの手には短剣がなかった。
つまり、シャスターはあの一瞬の間にカリンから短剣を奪い、ルクの攻撃を防いだのだ。
そんな離れ技ができるのは戦士系でもかなりの手練れた者だけだ。間違っても、魔法使いにはできるはずがなかった。
「貴様は……魔法使いではなかったのか?」
「正真正銘の魔法使いだよ」
剣と剣はまだぶつかり合ったままだったが、シャスターが力を込めてはね返すと、力負けしたルクの手から剣が落ちた。
「馬鹿な……俺はシュトラ王国の分団長だったのだぞ。しかも、この百年の間、剣技に磨きをかけてきた。それなのに……」
ルクはまだ信じられないでいた。
こんな小僧が、しかも魔法使いに自分が剣技で負けているとは到底受け入れられない。
もしも、レーシング王国の騎士たちがこの光景を見ていれば、苦笑しながらも納得しただろうが、残念ながらゴーストたちはシャスターの剣技の腕前を知らない。
「こんなのは何かの間違いに決まっている。俺は強い!」
落ちた剣を拾うと、ルクは再びシャスターに襲いかかってきた。勢いよくシャスターの頭上に剣を振り落とす。
しかし、紙一重で避けたシャスターがガラ空きのルクの脇腹に短剣を突きつける。
魔法の剣は幽体のゴーストの身体を貫いた。
「ぐわぁ!」
ルクはそのまま前にも倒れ込んだ。
あまりにも強い斬撃であったため、うずくまったまま動くことが出来ない。
「あんたは弱いよ。ガイムよりずっと弱い。技量だけでなく心もね」
ルクに一瞥もせずに、シャスターは倒れ込んでいるカリンを抱き上げると、少し離れた場所まで連れて行った。
そのままシャスターはカリンをゆっくり下ろすと、厳しい口調で注意する。
「カリンさー、勇気と無謀は違うからね。俺のことを心配してくれるのは嬉しいけど、戦いの経験もないのに突進していくなんて無謀過ぎだ」
「ごめんなさい」
正論過ぎるシャスターにカリンとしては謝るしかない。しかも、シャスターは本気で怒っているように見える。
「……ただ、シャスターだけには生きていて貰いたかったから。あなたさえ生きていれば、フローレ姉さんは助かるから」
「それでフローレが目覚めて、俺のせいでカリンは死にました、と聞いたらフローレはどう思う?」
それはとても悲しいと思った。もし、自分が逆の立場なら一生後悔するだろう。
「……本当にごめんなさい」
色々と気付かされたカリンは心から謝った。
すると、シャスターの表情が柔らかくなる。
「分かってくれればいいよ。まぁ、俺を逃がそうと戦おうとした時は本気で嬉しかったしね」
「シャスター……」
「でも、もう大丈夫。今度は俺がカリンを守る番だ」
シャスターはカリンに背を向けると、ゴーストたちに近づいた。
「き、貴様は本当に魔法使いなのか? いや、それよりも満身創痍だったはず……それなのに、ルクの攻撃をはね返すとは……」
「うろたえるな、ビイト! 小娘の体力回復で、少し動きが良くなったに過ぎん。魔力は枯渇したままだ。今度は私もルクに加勢をするし、お前たち二人も魔法を放て。それで終わりだ」
「そうだな。ひとりで抵抗していた裏切り者のガイムもいなくなった。これからは我々の時代が来るのだ。こんなガキどもはさっさと殺して、アークス様とエミリナ女王と喜びを分かち合おう」
ルクとビイトが話している前で、倒れていたルクがやっと立ち上がる。
「くそ、ガキめ! 絶対に殺してやる!」
ルクが呪詛のような恨み節を発した。
「ルクよ、今度は我ら四人で一斉攻撃をするぞ」
「ああ、分かった」
その光景をのんびりと見ていたシャスターは愛想良く笑った。
「なーんだ、結局、魔力が枯渇した魔法使いひとりに四人がかりで戦うの?」
「なんだと?」
「剣で魔法使いに勝てないなんて、騎士なんて辞めちゃえば?」
「貴様―!」
怒号を上げてルクがシャスターに斬りかかる。
しかし、シャスターが今度もまた間一髪で避けると、ガラ空きになったルクの背中を短剣で突いた。
華奢そうに見える腕からは想像出来ないほどの力強い突きは、そのままルクの背中を鎧ごと強打し、三人のゴーストの元まで吹っ飛ばしてしまった。
ムントが連携攻撃することも魔法使いの二人が魔法を放つ暇さえもなかった。
圧倒的な強さに三人は唖然とするしかなかった。そして飛ばされたルクも背中の激痛を忘れるほどに驚いていた。
一度ならず二度までも、ルクは剣での戦いに敗れたからだ。
剣技において、魔法使いが騎士を、しかも分団長を務めた男を簡単に倒すなど有り得ないはずだ。
ゴーストの四人は緊張を隠せない。
しかし、そんな四人とは対照的にシャスターは何事もなかったかのように笑っていた。




