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第三十六話 慌ただしい休息

「シャスター!」


 近寄るとシャスターの呼吸がかなり荒い。


「大丈夫!?」


「……まぁ、なんとかね」


 ゆっくり立ち上がったシャスターは笑っているが、見るからに辛そうな状態だ。

 カリンは心配になった。さすがのシャスターもあんな無茶苦茶な魔法を放ったせいで憔悴しきっていたのだ。


「魔力を使い果たしてしまったみたいだ」


「あんな凄い魔法を何発も使うからよ」


「ちょっと無理をしちゃったかな」


 シャスターは苦笑したが、彼が無理をしたお陰で絶体絶命の危機を超えられたのだ。


「シャスターの疲れが取れるまで、一旦ここで休みましょ。私も信力を使い果たしちゃったし」


 シャスターの魔力が無い時点で、アークスと対峙しても勝てる見込みは皆無だ。だからこそ、まずは魔力を回復させることが先決だった。

 それにカリン自身の信力も回復させなくてはならない。

 ただ、カリンの信力などすぐに回復するが、シャスターの魔力を回復させるのにはかなりの時間がかかるだろう。


 幸いなことに、王都のアンデッドはシャスターの魔法で一掃された。もう襲われる心配もなく、ゆっくり休むことができる。



「そうだね。かなり疲れた」


 シャスターはそのまま地面に寝転んだ。

 こんなに弱々しいシャスターを見るのは初めてだ。


「しばらく寝てもいいかな?」


「もちろん。ゆっくり休んで。私が見張っとくから」


「ありがとう。それじゃ頼むよ」


 シャスターはゆっくりと目を閉じたが、その直後再び目を開いた。



 何かの気配を感じたからだ。



「寝ているところを襲おうと思ったのに。気配に敏感なガキだな」


 突然の声にカリンは驚いて後ろを振り向く。


 そこには四人のゴーストがいた。


「あなたたちは!」


 カリンには見覚えがあった、というより見間違えるはずがない。ガイムを卑怯な手段で倒した裏切者の四人だったからだ。


 秘密の通路で出会った四人のゴースト……そのうち二人はルクとムントといい、ガイムの下で分団長をしていた騎士たちだ。そして、他の二人は魔法使い(ウィザード)のはずだ。

 この四人の卑怯な戦い方で、ガイムは消滅したのだ。

 同様に、百年前も卑怯な手段でガイムの仲間を消滅させた裏切り者たちだ。



「裏切り者のゴースト!」


 当然ながら、ルクたちも威勢の良かったカリンのことは覚えていた。


「おまえは……あのクソ生意気な小娘か」


 ルクが薄ら笑いをして剣を抜こうとするが、隣にいたムントがそれを制して口を開く。


「逃げることもせずに、よくここまで来たものだ」


「当たり前でしょ。私たちはエミリナ女王を助けるために来たのだから」


「エミリナ女王を助けるだと? あの場でも言ったはずだが、アークス様とエミリナ女王は親密なご関係なのだ。女王は、お前達の助けなど求めてはいない」


「そんなのは嘘よ!」


 カリンは言い切った。

 昨夜話したエミリナ女王はガイムの死も悼んでいたし、何よりも助けを求めていたからだ。

 裏切者の言葉よりも、直接本人から聞いた言葉の方が信用できるに決まっている。


「だって私たちは昨夜……うっ、ぐわっ!」


 その事実を話そうとしたカリンは、後ろからシャスターに無理矢理、口を押さえられた。

 カリンが気付かぬうちにシャスターは起き上がっていたのだ。しかし魔力が回復したわけではない。誰の目から見てもシャスターは消耗し切っていた。


「おいおい、立ち上がって大丈夫なのか? 魔力を使い果たしてボロボロだろう。そのまま地面に寝ていれば楽に殺してやるぞ」


 ルクが馬鹿にした笑い方をする。しかし馬鹿にされたことをシャスターは気にもせず、両手でカリンの口を塞ぎながら答える。


「あんたたちと話せるぐらいは残っているからね」


「だったら、お前に聞きたいことがある。先ほどの火炎の竜巻(ファイア・トルネード)の数は何だ? あんなのあり得るはずがない。お前はどんなトリックを使った?」


 魔法使い(ウィザード)が、シャスターに疑わしげな眼を向けたが、シャスターは相変わらず気にしてもいない。


「トリックなんて使っていないさ。あんたが弱いだけなのに自分の基準で他人を疑わないほうがいいよ。みっともないから」


「貴様―!」


 魔法使い(ウィザード)は手を上げて魔法を放とうとした。

 しかし、その前にムントがその手を掴む。


「離せ、ムントよ!」


「落ち着け、ビイト。小僧を殺すことはいつでもできる。せっかくだ、もう少し話でも聞こうではないか」


「ちっ!」


 舌打ちしながらもビイトと呼ばれた魔法使い(ウィザード)は手を下ろした。

 どうやら、このムントという騎士が彼らのまとめ役であり、他の三人からも一目置かれているようだ。先ほどからの会話の進行もムントが仕切っている。

 そこでシャスターはムントを話し相手とすることにした。



「アークスは何でここに来ないの?」


「アークス様がわざわざ、お前ごときを相手に現れるわけがないだろう?」


「なるほどね。それで俺ごとき(﹅﹅﹅﹅)を相手に、あんたたちが選ばれたのか」


 少し間を置いてから、シャスターの嫌味に気付いた四人は怒りに顔色が変わった。ルクが声を張り上げる。


「貴様、愚弄するか!」


「だって、アークスは城の奥深くであんたたちよりも強い重鎮に守られているのだろ?」


「重鎮は俺たちだけだ!」


「え!? だって、普通は支配者の傍に控えているのが重鎮で、こうやって前線に出てくるのは小物では?」


 辛辣な意見に、ゴーストたちはさらに激怒する。


 立っているのも辛そうなのに飄々とした話し方で毒舌を吐いているシャスターを見て、カリンは内心で苦笑した。

 この少年はどんな状況だろうと、変わらないなと。



「ガキが。殺してやる!」


 ルクが剣を抜いて襲い掛かろうとするが、今度もまたムントが止めた。


「何も知らない子供の戯言など聞く必要もないが、まぁ教えてやる。アークス様には守りなど必要ないのだ。なぜなら、我ら四人を合わせた以上の力を持っておられるからだ。だからこそ、あの方は警護をつける必要もなく、今日も王の間にいらっしゃる」


「守りが必要ないなんて有り得ないよ。王の間は城の奥深くにあって誰かに警護されているんでしょ?」


 疑っているシャスターにムントは我慢しながらも応える。


「王の間は城の奥深くになどない、城を入ってすぐの大広間の二階の通路の先だ。瞑想の邪魔にならないよう、警護など付けないのだ」


「瞑想?」


「アークス様は死者の国として生まれ変わったこの国を瞑想で守ってくださっているのだ。だからアークス様はほとんどの時間を瞑想に費やしている。我々とてお会いできるのは滅多にない」


「ふーん、会えないということは、やはり信用されていないのか」


 ストレート過ぎるシャスターの感想に、ついにムントも激怒した。


「そんなわけあるはずがなかろう! 我々はシュトラ王国の実力者だ。ガイムも消え去り、この国に残っている上位アンデッドは我々だけだ。だからこそ、アークス様は我々を信用なさっているのだ!」


「それじゃ他に自我のあるアンデッドはいないの?」


「いるはずがない! 我々は生前からかなりの実力を持っていたからこそ、上級アンデッドのゴーストになれたのだ。我々は最強なのだ!」


「最強と言っても、この森の中でだけでしょ? ゴーストなんかが最強なんてあり得ないし」


「もう許さん! 疾風の刃(ウィンド・カッター)!」


 侮辱に我慢しきれなくなった魔法使い(ウィザード)のビイトが魔法を放つ。


 シャスターは避けようとして身体を動かそうとする。

 彼ほどの素早さがあれば、魔法を避けることなど造作もないことだったが、しかし今は状況が違った。魔力を使い果たして動くこともままならないのだ。


 避けることも出来ずにいるシャスターに風の刃が襲いかかった。



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