第三十五話 一万対二人
まるで木こりに切られた巨木のように時計台は倒れた。
そのまま、時計台の下にいた数十体ものアンデッドも下敷きになって潰れる。
「この程度じゃ、焼け石に水か」
「それよりも、私たち、本当に無事なのね……」
二人は倒れた時計台の上に立っていた。
防御壁の中にいたおかげで二人とも無傷だったのだが、防御壁を張った当の本人が一番驚いていた。
「やっぱりカリンは凄いよ」
「そ、そんなこともないわよ」
「でも、有頂天になるのは後回しにして、一旦解除をしてくれるかな?」
「……うん」
時計台が倒壊したため、辺り一面に砂埃が舞い、視界が悪い。アンデッドたちが躊躇している今が好機なのは分かるが。
(こいつ、やっぱり性格が悪いわ)
カリンは防御壁を解除してシャスターを外に出すと、すぐにもう一度防御壁を張り、自分だけを守る。
ここまでは作戦通りだが、ここから先の作戦をカリンは聞いていない。
しかし、カリンは心配していなかった。
目の前に立っている少年は、本人に自覚がないほど天然の性格の悪さだが、それでも信頼はできる。
その少年が「大丈夫」と言ったのだ、カリンとしてはその言葉を信じるだけだ。
「シャスター、頼むわよ!」
カリンの掛け声に合わせるわけではないが、砂埃が収まり視界が開けてきた。それとともにアンデッドたちも二人に向かってゆっくりと動き出す。
一万体以上ものアンデッドに囲まれた二人。
しかし、シャスターの表情には絶望などなかった。ゆっくりと両手を広げると静かに魔法を唱える。
「火炎の竜巻」
その声と共にシャスターの両手が炎で赤く光ると、左右の手から巨大な炎の竜巻が現れた。
炎の竜巻は先ほどまで建っていた時計台ほどの大きさだ。それが突然、二つも現れたのだ。
二人に襲い掛かろうとしていたアンデッドたちは巨大な炎を見て戸惑った。しかし、そんなアンデッドたちなどお構いなく、炎の方からアンデッドに襲い掛かり始める。
「キキー!」
声にならない叫び声を上げながら、一度に何十体ものアンデッドが炎の竜巻の中に消えていく。
火炎の竜巻……レーシング王国でオイト王国の魔法部隊がなす術もなく全滅した火炎系の魔法だ。
カリンは改めてシャスターがとてつもなく凄い魔法使いだと思い知らされた。
「これなら勝てる」
危機的な状況から脱出できそうだと喜んだカリンだったが、シャスターはあまり納得していない表情だ。
「どうしたの?」
「うーん、二つの火炎の竜巻だけだと、全てのアンデッドを倒すのには全然足りないな」
「でも、時間をかければやっつけられるんじゃない?」
「よし、もう少し増やそう」
カリンの意見を全くの無視したシャスターは、両手を前に出すと十本の指を広げた。
「火炎の竜巻」
シャスターが魔法を唱えると、十本の指先にはそれぞれ小さな炎が灯る。
しかし、その小さな炎が指先を離れて前方に放たれると、たちまち巨大な炎に変化した。
「えっ!」
カリンは突然のことでそれ以上声が出ない。
目の前に十本もの巨大な炎の竜巻が現れたのだ。
そのまま、シャスターは両手を左右に広げると、同様に巨大な炎の竜巻が左右に五本ずつ現れた。
さらに後ろを向いて両手を差し出すと、またもや十本の炎の竜巻が現れた。
「こんなのって……」
防御壁の中で、やっと声を出したカリンは尻餅をつきながら唖然とした。
あまりにも凄まじい光景だったからだ。
二人の周りを三十二本もの巨大な炎の竜巻が囲んでいる。もし、防御壁を張っていなければ、灼熱の熱さでカリンのノドは灼けて息ができなかっただろう。
いや、その前にこの高温だ。直接炎に触れていなくとも、身体中が発火して生きていられるはずがない。
しかし、不思議なことに、シャスターは平然そのものだった。
そのシャスターが右手を上げて軽く前に出す。すると、それが合図だったかのように三十二本もの炎の竜巻はアンデッドを襲い始めた。
前後左右に展開していた三十二本もの巨大な炎の竜巻が縦横無尽に暴れ出すと、押し寄せていたアンデッドたちが、どんどん竜巻に飲み込まれていった。
瞬く間にアンデッドは燃えてしまい、高温のためチリさえも残らない。
それでも炎の勢いは収まることなく、次の獲物へと突き進んでいく。
そんな光景がカリンの目の前で起こり続けている。
シャスターが魔法を放ってから数分後には、一万体以上はいたであろうアンデッドの全てが消え去った。
残ったのは、相変わらず勢いよく燃えている竜巻のみだ。
しかも、その竜巻もシャスターが「パチン」と指を鳴らすと一瞬で消えてしまった。
つい先程までアンデッドに囲まれて絶望をしていたはずだ。それなのに今、アンデッドは一体もいない。
「何なの……これ?」
この数分間の出来事が全て夢であったかのような感覚に追われたカリンだったが、当然ながら夢ではない。
二人が立っている大広場の周辺の建物が、真っ黒に焦げた状態で崩れている。原型を留めてはいない建物を見て、カリンは現実に戻された。
「凄すぎる……」
カリンは呆気に取られるしかなかった。
こんな凄まじい破壊を個人の力で出来るものなのか。
これが魔法最高峰を誇る伝説のイオ魔法学院の後継者の実力なのだろうか。
「こんな凄い魔法を……って、シャスター!?」
カリンは急いで防御壁を解くとシャスターに駆け寄った。
シャスターが苦しそうに地面に倒れ込んでいたからだ。




