第三十四話 初めての作戦
「スケルトンが!」
今度こそ、本気でカリンが叫ぶ。
前方からスケルトンたちが二人に向かってきたのだ。スケルトンたちは各々手に武器を持っており、明らかに二人を襲おうとしている。
しかも、その数が尋常ではない。村で襲われた時の倍はいる。
「カリン、逃げるよ」
シャスターはカリンの手を取ると、後ろに向かって駆け出した。来た道を戻って王都から出ようとしたのだ。
しかし、今度は後方の大通りからもアンデッドの大群が現れた。
「こっちもか」
シャスターはそのまま左に進もうとしたが、左の大通りからもアンデッドの大群が現れた。当然、右の大通りからも現れる。
大広場で四方を囲まれてしまった二人には逃げ場がなくなってしまった。
「囲まれちゃった……」
あまりにも凄い数に、カリンの声が震えている。
それはそうだろう。
これほどのアンデッドの大群に襲われる経験など、広大な大陸でもなかなかできないはずだ。
しかも、カリンは怪物に襲われること自体、死者の森に入ってからが初めてだった。レーシング王国では魔物は現れなかったからだ。
最初の廃墟の村では、二百体ほどのアンデッドに襲われた。
あの時も見たこともないアンデッドの集団に驚いたが、今回は数の桁が違う。手練れた冒険者たちでも、このアンデッドの数では死を覚悟するだろう。まして。冒険初心者のカリンにはあまりにも衝撃が大きすぎた。
しかし、ここからがカリンの凄いところだった。自分自身を鼓舞するために震えている唇を強く噛み締めると、キリッとした視線を投げつける。
「シャスター、時計台!」
二人の背後に建っている時計台には扉があった。おそらくは点検のために時計台の中に入れるようになっているのだろう。
「了解」
シャスターはカリンの意図をすぐさま理解すると、時計台まで駆け出して扉を開いた。運良く、扉には鍵は掛かっておらず、勢いよく扉が開く。そのまま二人は中に飛び込むとすぐに扉の鍵を掛けた。
その直後、外から扉がバンバンと大きな音をたて始める。アンデッドたちが扉を叩いているのだ。
「ふぅー、間一髪だったね」
「カリンの機転のおかげだ」
「いや、まぁ、そんなことはないけど」
照れ臭そうに笑ったカリンだったが、これで全てが終わったわけではないことは承知している。というか、状況はなにも変わってはいないのだ。
「取り敢えず、上まで行ってみましょうか」
時計台の中は空洞で螺旋状の階段が上まで続いていた。おそらくは時計が設置してある所まで上れるのだろう。
「そうだね。高い所から外を見たら、何か良いアイデアが出るかもしれないし」
シャスターがカリンに賛同して階段を上り始めた。その後ろをカリンが続く。
しばらく上ると、階段は時計を動かす機械が設置してある場所で終わっていた。時計のちょうど真後ろだ。ここで作業員が時計の点検をしていたのだろう。
「こういう場合、時計から外に出られるはず」
シャスターは自分の身長ほどある円形の時計を強く押してみた。すると案の定、石壁に埋まっているように見えた時計はゆっくりと回転し、そこから外に出ることができた。
「出てみよう」
外に出て出た二人は狭い足場の上には立ち、時計台の頂上付近から外を見渡した。
すると、改めてとてつもない数のアンデッドに取り囲まれていることが分かる。数百どころの数ではない。その数は数千、いや一万はいるだろう。
しかも、アンデッドはスケルトンだけではなく、ゾンビも多く混じっている。
そんなアンデッドたちがシャスターとカリンを襲うために、時計台に集まってきているのだ。
「私、どうもあのゾンビっていうのが苦手なのよね。なんか、グロテスクというか」
下を覗き込みながら、カリンが気持ち悪そうな表情をした。ゾンビが生理的に受け付けないのだろう。
「大丈夫。そのうち慣れるよ」
「慣れたくなんてないわよ」
絶体絶命の状況なのだが、二人ともあまり緊張感がなく軽口を叩いている。
シャスターは無論だが、カリンもここ数日で、自分が思っている以上に精神的に強くなってきていた。いや、元々カリンは精神的にとても強いとシャスターは思っていた。
先ほど怖がってカリンが大声で叫んだが、そもそも本当に怖がっている者ならば、大声が出せるはずがない。
カリンの精神力の強さが、ここにきてさらに開花し加速されているのだ。
「でも、こうやって見ると圧巻だね」
シャスターは狭い足場をバランス良く歩きながら時計台を一周すると、再びカリンの元に戻ってきた。
「圧巻って……これからどうするのよ?」
「さて、どうしようか」
「はぁ……」
カリンはため息をついたが、別にシャスターに不満があるわけではない。このような状況になってしまったことに後悔していた。
そもそも王都に入った時に、アンデッドが一体もいないことを不審に思うべきだったのだ。それが王都の中心に来た途端、四方から溢れ出すとは、二人の行動はアークスに筒抜けだったということだ。
カリンはシャスターをチラッと見た。
もしかしたら、この状況を何とかしてくれると思っていたからだ。相変わらず何を考えているのか分からない表情をしているが、すくなくとも悲観的な感じではない。
「シャスターはイオ魔法学院というところの後継者でしょ。だったら、何とか出来るんじゃない?」
「何とかしたいけど、その前にほら、気をつけて」
突然、時計台が揺れた。時計台から落ちそうになったカリンの腕をシャスターが咄嗟に掴む。シャスターが助けなければ、カリンは地面に叩きつけられていただろう。
「びっくりした! ありがとう!」
「どういたしまして」
「いったい何が起きたの?」
いくら老朽化しているとはいえ、石造りで強固な時計台が揺れだすなんてあり得ないからだ。
しかし、シャスターにはその理由が分かっていた。
「答えはこれ」
指で時計台の下を示す。
そこにはオノや棍棒を持った何十体ものアンデッドが時計台の壁を叩きつけていた。既に壁の何箇所かは大きく崩れて破損をしている。
「このままでいれば、時計台が崩壊するのも時間の問題だろうね」
「だろうね、って他人事みたいに言わないの! どうするのよ」
焦っているカリンに対して、シャスターは全く慌てずに作戦を伝える。
「そうだね、まずカリンには防御壁を張ってもらおうか」
「どういうこと?」
「時計台が崩壊して地面に落ちても、防御壁の中にいれば大丈夫だからさ」
「分かったわ」
カリンは言われた通りに、防御壁を張った。二人は半透明な緑の丸い膜に包まれる。
しかし、時計台はそれなりの高さがある。このまま地上に落ちたら、いくら防御壁を張っていたとしても……。
「うん。この高さから落ちればバリアは大丈夫。でも、中の俺たちは大怪我するだろうね。そこで次のステップ」
シャスターは気楽そうに微笑んだ。
「防御壁の内側にもう一つ防御壁を張って」
「二重の防御壁を張るっていうこと?」
「うん。ただし、内側の防御壁の強度をできる限り柔らかくして」
「そんな、無茶苦茶な……」
カリンは無理難題に慌てた。
バリアの強度を硬くすることなら、もちろんできる。しかし、強度を柔らかくするとなるとイメージが湧かない。
「強度を強くするのとは逆のイメージで、ゴムのように柔らかい弾力のあるバリアを想像してごらん。大丈夫、カリンの神聖魔法の使い手としてのレベル、そして信力は格段に上がってきている。今のカリンならできるよ」
「……分かった!」
カリンは決心し、力強くうなずいた。
シャスターに信力のお墨付きをもらったところで、カリンには自信など全くない。
しかし、助かるには防御壁を張るしかない。
「防御壁」
カリンは柔らかく弾力のあるバリアをイメージしながら、内側にもう一つのバリアを張った。
そして、そのバリアを触ってみる。
「柔らかい!」
バリアはゴムのように柔らかく弾力がある状態になっていた。
「上出来だ。それじゃ、次のステップ」
「まだあるの?」
「さらに内側に、同じく柔らかい防御壁を張って。そうだな、あと三つバリアをつくって、五重くらい張ってくれれば、ここから落ちても大丈夫かな」
シャスターの言いたいことが分かった。
外側に硬いバリアを張って、その内側に何重もの柔らかいバリアを張る。
すると、カリンたちが時計台から地上に落ちても、バリアがクッションの役割を果たしてくれて、中にいるカリンたちは安全ということだ。
しかし、そのためにはかなり多くの信力を使わなければならない。今、二重に防御壁を張っているということは、同時に二つの神聖魔法を放っているということだ。カリンにとっては初めての経験であり、それだけでも信力が凄まじい勢いで消費されているのが分かる。
それをさらに五重とは……。
「でも、ここまで来たら、やるしかないか!」
カリンは自分に気合いを入れると、一気に柔らかい防御壁を三つ張り。五重のバリアをつくりあげた。
「ほぉ、すごいな。これで地面に落ちても大丈夫だね」
シャスターが感嘆するが、カリンはそれどころではない。
「はぁ、はぁ、はぁ……すぐに信力がなくなりそう」
額の汗を拭いながら、それでもカリンは集中してバリアを張り続けている。
「それじゃ、最後のステップ。地面に落ちたら、カリンは五重の防御壁を全て解除して一旦俺を外に出して、すぐにまた硬い防御壁だけを張って、スケルトンたちから自分の身を守るんだ」
「えっ、でもシャスターは?」
「俺は大丈夫」
「……分かった」
今度もカリンは素直に従った。しかし、多少の戸惑いもある。シャスターを追い出して、自分だけ安全な場所にいても良いのだろうかと。
もちろん、シャスターには何か考えがあるのだろう。しかし、それを今ここで聞くほど時間的に余裕はなかった。先ほどからずっと時計台が大きく揺れているからだ。
「それじゃ、落ちた後のことは頼んだ」
直後、時計台が倒壊した。




