第三十二話 手紙
カリンは二人の会話を整理した。どうやらマジックアイテムである魔力の木を切り倒せば、この異常に生い茂っている森も消えるらしい。
「魔力の木は、この森に一つだけではないはずです」
「だろうね」
シュトラ王国の国土全て森になっている。この森はかなり広大なのだ。
それを一つのマジックアイテムだけで造れるはずがない。
「それでは、これから森中の全ての魔力の木を見つけて切り倒してきます」
「うん、よろしく頼むね」
「ちょっと待って!」
二人のいつも通りの会話を聞いていたカリンだが、さすがに突っ込まずにはいられなかった。
「シャスター、星華さんだけに任せるなんてあり得ないでしょ?」
カリンは星華に無理難題を押し付けたシャスターに憤慨していた。広大な森をたった一人で探させようとしているからだ。
そもそもこの森に入る時も星華を単独で行動させたことをカリンはかわいそうだと思っていた。
二人が強い侍従関係で繋がっていることは知っている。それを自分が、とやかく言う資格はないとも思う。
しかし、だからといってシャスターが何でも命令していいはずはない。
「星華さんも、無理なら無理とはっきりと言った方がいいですよ。魔力の木を探すのは、アークスを倒した後にしましょう。私も一緒に手伝うから!」
星華の両手を取りながら、シャスターを睨んだカリンだったが、星華は不思議そうにキョトンとしている。
「あの……カリンさん、私は大丈夫ですが」
珍しく星華が控えめにカリンの提案を断るが、カリンは全く気にしない。
「いいの、いいの。かなり時間はかかると思うけど、頑張って探しましょう!」
「はぁ……」
曖昧に返事をした星華は、困った様子でシャスターを見る。
「まぁ、とにかく星華の自由にしていいから。それと今回は堂々と正面から城に入ろうと思う」
シャスターは話しを強引に戻した。
すでにシャスターたちが王都に向かうことはバレている。であれば、隠れて進入する必要はない。
「分かりました。エミリナ女王を救い出し、神官長アークスを捕らえる、ということですね」
「うん、そのとおり」
言葉にすると簡単だが、実際のところ救出作戦というのは難しい。特に今回のように救出しに行くことが敵に知られている場合は尚更難しいのだ。不利だと悟った敵が救出する者を盾にしてくることもあるからだ。
ただし、今回の場合はその心配はないとシャスターは考えていた。
「さぁ、もう寝よう」
色々なことが起きて二度寝を楽しむ余裕はなくなったが、それでもまだ朝まで充分に時間がある。
「おやすみ」
先にさっさと寝てしまったシャスターに背を向けながら、カリンも今夜はもう明日に備えて休むことにした。
「星華さん、おやすみなさい」
しばらくすると二人から寝息が聞こえてきた。
二人の寝顔を確認した後、星華は再び森の中に消えて行った。
朝、目覚めたカリンは扉を開けて外に出た。
もう空には月は出ておらず、代わりに木々に遮られながら薄い日差しが差し込んでいる。今日も快晴のようだ。
「シャスター、起きなさい」
小屋に戻ったカリンはシャスターを起こす。
まだ寝ていたかったシャスターだったが、無理矢理起こされてしまい、仕方なく起き上がる。
「……まだ七時じゃないか」
「もう七時よ!」
早起きが当たり前の環境で育った少女と、自由に寝起きしていた旅人の少年とでは、時間の感覚が違うのは当然なのだが、前者の方が一般的である。
そのことをシャスターも分かってはいるので、渋々ではあるが起きて朝食の準備を始めた。カリンも朝食の準備を一緒に手伝い始めたが、ふと昨夜のことを思い出した。
「あれ、星華さんは?」
「いないね」
「いないねって、あなた……」
「魔力の木を探しに行ったみたいだよ」
「そんな……」
カリンは肩を落とした。
一人で探すのは大変だからと思って、事が終わったら一緒に探そうとしていたのに、自分の気持ちが星華には伝わっていなかったのだろうか。
「シャスターが星華さんに無茶ばかりさせるからよ!」
いきなり怒られたシャスターは肩をすくめながらも、一枚の紙を差し出した。
「何の紙?」
「カリンへの星華からの手紙。俺の枕元に置いてあった」
カリンは驚きながらも手紙を受け取る。
『カリンさん、一緒に手伝ってくれると言ってくださってありがとうございます。しかし、私は私にしかできないことをしてきます』
手紙といっても数行書かれているだけの走り書きの紙切れだったが、カリンにはそれだけで充分だった。
「星華には、この森で自由に行動していいと伝えてあるからさ。星華は今、自分の意思で動いている」
カリンはハッとした。
そういえば、魔力の木を切り倒しに行くことを命じたのはシャスターではなかった。星華が自分自身で提案したのだ。
それに死者の森に入ったばかりの頃も、星華が自らが探索することを願い出たと、シャスターは喜んでいたではないか。
「星華は俺の守護者という立場だけど、俺は部下ではなく仲間だと思っている。だから、彼女の意思を尊重したい」
シャスターも色々と考えているのだ。それも分からずに勝手なことを言ってしまった自分がカリンは恥ずかしかった。
「シャスター、何度もごめんなさい」
「謝ることじゃない。カリンだって星華のことを心配して言ってくれたんだろう?」
「うん」
「それは、星華にも届いているし、嬉しかったのだと思う。だから、彼女は手紙を書いた。俺なんか星華と長いこと一緒にいるけど、手紙を貰ったことなんてないからね」
「え、そうなの?」
「もちろん。少しだけジェラシーだな」
「……あはは」
カリンは少しだけ笑った。
カリンには二人の関係性がイマイチ分かっていないが、強い信頼関係で結ばれていることはよく分かっていた。
シャスターは星華に全幅の信頼を置いている。彼女の意思を尊重して自由に行動させているのだ。
「さてと、食べようか」
出来上がった朝食をシャスターは食べ始めた。
「そうだね。いただきます」
カリンも食べ始めた。今日はエミリナ女王を助ける日だ。しっかりと食べて決戦に備えなければならない。
「ごちそうさまでした」
食べ終わった二人は小屋の外に出た。
「騎士さんたち、おはよう」
すでにスケルトンの騎士たちは、外で待っていてくれていた。
それから、二人も馬に乗って、王都に向けて進み始めた。




