三十一話 森の正体
シャスターと星華は互いの情報交換を行った。
死者の森の中央に進んでいたシャスターたちに対して、星華は中央を大きく逸れて死者の森の外苑を進んでいたのだ。
星華の報告では、道中ではいくつもの町や村を見つけたが、低位のアンデッドたちが彷徨っているばかりで、ガイムのような意思のある者はいなかった。
しかし、それとは別に、星華は変わった物を見つけて持ってきた。
「これはマジックアイテム?」
それは木の枝だった。しかし、ただの枝ではない。
異様な魔力を漂わせている枝を見て、シャスターは首を傾げた。
マジックアイテムは、魔法で造られた物の総称であって、厳密な定義はない。
だからこそ、一般に市販されているメジャーな物から、個人が私的に作った誰も知らない物、あるいは自然発生的な物まで様々だ。
そして、目の前にあるマジックアイテムは、木の枝の一部であるが、どう見ても自然発生した物とは思えなかった。
なぜなら強い人の意思を感じるからだ。
「この森の木々は少しばかり魔力を帯びています。そこで魔力の濃い方に向かって探っていたところ、一本の木に辿り着きました」
その木の周りには木々は生えておらず、草むらの中に一本だけ小さな木が立っていた。
しかし、その木から異様な魔力が溢れていたため、星華はシャスターの指示を仰ごうと、枝を折って戻ってきたのだ。
「誰かが意図的に、その木をマジックアイテムに造り替えたということか」
「そうだと思います」
「ねぇ、その木はどんな魔法の機能を備えているの?」
カリンが素朴な疑問をした。
マジックアイテムに馴染みのないカリンは、シャスターが持っている何でも収納できて瞬時に取り出せる魔法の鞄や、オイト国王やエミリア女王が使った映像が映るアイテム、それにガイムが見せてくれた録画の指輪ぐらいしか知らなかった。
だから、この枝にはどんな便利な機能があるのか、純粋に知りたがったのだ。
「シュトラ王国が滅んだ後、急速に森が広がった話は覚えている?」
心なしかシャスターが険しい表情になった気がした。それだけで、カリンにはこの枝が良くない物だと分かる。
「うん、国境付近の町長さんが話してくれた伝説でしょ。シュトラ王国が疫病の蔓延で一夜して滅んだ。その後に巨大な木々が急速に生い茂って、シュトラ王国を森に変えてしまった」
単なる伝説だと思っていたが、ガイムの話でシュトラ王国が一夜にして滅んだことが真実だと知った。
しかし、それは疫病ではなく、アークスが作った薬によって国民が死に絶えてアンデッド化したのだった。
それでは町長の話の後半部分である、王国が森に飲み込まれた伝説はどうだったのか。
「まさか、それも真実だったの?」
「おそらくね」
シャスターは枝を握りしめた。
「この枝からは木々の繁殖を異常なほど急速に促進する魔力が込められている」
「つまり、その木の魔力で周りの木々が急成長するってこと?」
「うん。そして、それらの木々が種子を飛ばして、さらに木々の増加を加速させているのだと思う」
おそらく、それがシュトラ王国が森に飲み込まれた理由だろう。そして、その木をマジックアイテムに造り替えた人物といえば。
「アークス!」
カリンの答えにシャスターは頷いて肯定した。
「アンデッドにとっては、昼間も薄暗く覆われている森の方が活動しやすい。それに深い森となれば、なかなか人間は入ってこない。アンデッドが現れる森なら、なおさら誰も立ち入らなくなる」
「アークスにとっては好都合な状況ね」
カリンは納得した。やはり倒すべき相手はアークスだと再確認できたからだ。
「星華、この魔力の木には他に何か変わったところはなかった?」
「木自体は普通でした。ただ木の周りには強力な結界が張られていて近づけないようになっていました」
しかし、星華は木の枝を折ってきたのだ。つまり結界を通り抜けてきたということだ。
隠密行動に長けている職業の中で最高クラスである忍者、さらに忍者の中でもマスターの称号「くノ一」を持つ星華にとって強力な結界でも突破することは造作もないことだった。
「それに比べれば、私の防御壁なんて、薄いシャボン玉と言われて当然ね」
カリンが諦めに近い表情で納得したが、今はそんなことを言っている場合ではない。
一つの疑問をカリンは口にした。
「もしかして、マジックアイテムの魔力の木本体を切り倒せば、魔力で増えた木々も消えちゃたりするの?」
何気ないカリンの疑問だったが、シャスターは驚いたようにカリンをまじまじと見つめた。
「えっ、なに? 私、また変なこと言った?」
慌てるカリンの両肩をシャスターは握った。
「確かにその可能性はあるかもしれないな」
「はい。通常マジックアイテムはそれ自体で魔法の効果があるので、その影響下にあるものまで考えが及びませんでした」
「魔力の木から増殖した木々は、多かれ少なかれ魔力を分け与えられている。つまり、大元の魔力の木を倒せば、増殖した木々も連鎖的に魔力が消え去り、その結果増殖した木々も倒れるかもしれない」
「その可能性は高いと思います」
出題者のカリンをそっちのけで、シャスターと星華は話しを進めた。
魔力の木を切り倒せば、魔力の影響は途切れるのでこれ以上森が広がることはないことは二人も理解していた。
しかし、既に育っている木々までも消え去るまでは思ってもみなかったのだ。
「カリン、お手柄だよ!」
「カリンさんのおかげです」
「あ、いや、そのー、まぁ、良かったね」
曖昧な返事をして、カリンは愛想笑いをするしかなかった。




