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第三十話 前向きな決意

 真夜中、シャスターは少女のうめき声で目が覚めた。


「う〜ん」


 変な夢でも見ているのかと思ったシャスターが、カリンを起こそうと振り向いたが、カリンはいない。

 しかも、隣の部屋からカリンの声が聴こえてくる。


 起き上がって隣の部屋を開けたシャスターは、そこで意外な光景を目にした。

 カリンが神聖魔法を唱えていたのだ。

 呻き声だと思ったのは呪文だったのだ。


「こんな夜中に何しているの?」


「ひゃ!」


 突然声を掛けられてカリンは驚いた。


「いや、驚くのはこっちだよ。こんな遅くにビックリだよ」


「ごめんね。静かに練習しているつもりだったけど、起こしちゃったね」


 カリンは申し訳なさそうに謝る。


「いや、別に構わないけど。で、何で神聖魔法の練習をしているの?」


「強くなりたいからよ」


「強く?」


「うん。ガイムさんの話では神官長のアークスの防御壁プロテクション・バリアは、本人が呪文を唱え続けなくても、目の前からいなくなっても、バリアは有効だったって話していたでしょ。しかも、何人もの騎士が攻撃をしても無傷だった。それを聞いて、すごいなと思ったんだ」



 元々、カリンは神官見習いとして、一年間だけ教会に勤めていたことがあった。

 その時に、神聖魔法を使う神聖魔法の使い手(ホーリー・ユーザー)としての才能があることが分かり、神官たちにそのまま教会で修行するよう勧められたのだ。しかし、当時のカリンはフェルドの町の町長の孫としての役目の方が重要だったので、断ったという経緯があった。


「そういえば、最初に出会った時に、そんなことを話していたよね。自慢げに(﹅﹅﹅﹅)


 笑いながら話すシャスターに、カリンは「本当にイヤな奴だ」と、蹴りを入れたい衝動に駆られた。

 しかし、シャスターの話したことは事実だから何も言い返せない。

 確かにあの当時は、神聖魔法が使えることがカリンにとってちょっとした自慢だったのだ。


 神聖魔法の使い手(ホーリー・ユーザー)は神から与えられる力「信力(しんりょく)」を使って神聖魔法を行使するのだが、信力の量や質は一人ひとり違う。

 信力は修行によって上げることができるのだが、個々の資質の問題が大きく、いくら修行しても信力が全く開花しない、あるいは少しの信力しか持てない者が多かった。しかし、カリンは「信力」を生まれながらに持っていたのだ。

 少しぐらい自慢したくなるのも当然だった。



「でも、私の自慢なんて、ほんと大したことがないって、あの時、嫌というほど痛感したわ」


 あの時とは、レーシング王国の決戦時のことだった。

 オイト国王に捕まったカリンは、魔法使い(ウィザード)部隊の火炎球(ファイア・ボール)防御壁プロテクション・バリアで防ぐことができのだが、オイト国王の火炎球(ファイア・ボール)の前では全くの無力だったのだ。

 炎によってカリンのバリアはバラバラに砕けたのだ。


 もしあの時、カリンの信力がもっと強ければ、オイト国王の火炎球(ファイア・ボール)を防ぐことができていたら、フローレを助けることができたかもしれないのだ。


 もちろん、過去を悔いても仕方がないことは、カリンも充分に理解している。

 しかし、だからこそ今自分がやるべきことは、信力をさらに高めて、これから先の後悔を少しでも減らすことだと思っていた。



「だから、練習して強くなりたいの。いつかシャスターを守れるほどにね」


「ほう、それは楽しみだ」


 今度はシャスターはカリンをからかうことはしなかった。カリンを優しい目を見つめる。



「私はもう少し練習をしてから寝るから」


 カリンは小屋全体を防御壁プロテクション・バリアで張っていた。

 かなり広範囲にバリアを張っていて、今のカリンにはかなりキツかったが、そういう練習をしなければ効果は無い。


「それじゃ、安心して俺は二度寝し……」


 シャスター言い終わる前に、パリーンと何かが割れる音がしたかと思うと、二人の前に見知った人物が現れた。


 星華だった。



「ただ今戻りました」


「星華、お帰り」


 星華は、死者の森をシャスターたちとは違うルートで探索していたのだ。


「小屋に入る際、薄いシャボン玉のような膜が覆っていたので破きましたが、あれは一体?」


「ああ、あれね……」


 星華がシャボン玉と呼んだ物が何であるのかは二人ともすぐに分かった。シャスターはカリンをチラッと見る。カリンはかなり落ち込んでいるようだ。


「私の渾身の防御壁プロテクション・バリアが、薄いシャボン玉か……」


 ボソッと呟いたカリンを見て、星華もあれが防御壁プロテクション・バリアだと気付いた。


「勝手に破壊してしまい、申し訳ありませんでした。まさか、あれほど薄い膜が防御壁プロテクション・バリアだとは思わなかったので」



 シャスターには分かっていた。

 星華には全く悪気がないことを。

 彼女は事実を話しているだけなのだ。

 しかし、カリンがさらに落ち込むであろうことまでは、分かっていない。


「私の防御壁プロテクション・バリアってそんなに弱いんだ……」


「いやいや、カリン、違う、違う。星華は超一流の忍者だから、どんな強いバリアでも簡単に壊すことが出来てしまうだけだよ」


 慌ててシャスターがフォローするが、カリンは頬を両手で軽く叩くと、すぐに気持ちを切り替えた。


「よし! いつか星華さんに破られないような強力な防御壁プロテクション・バリアを唱えられるように頑張るぞ!」



 この少女の良いところはこういうところなのだ、とシャスターは思った。どんなに困難なことでも前向きに考えることができる。


 以前、フローレが魂眠(こんみん)の状態だと知った時、正直シャスターは諦めてしまった。生き返らせることはもう無理だと。

 しかし、その気持ちを変えてくれたのがカリンだったのだ。死んでいないのなら生き返らせることが出来ると。

 そして、その方法を探すためのカリンとの旅が始まったのだ。


 そんなカリンをまじまじと見て、シャスターは笑った。


防御壁プロテクション・バリア神聖魔法の使い手(ホーリー・ユーザー)、神官の基本魔法だからね。修行すれば、カリンはもっと強くなれるよ」


「私、神官見習いを終えてフェルドの町に戻ってきてからは、町での仕事が忙しくて、ロクに神聖魔法の修行していなかった。だから、これからはしっかりと練習する!」


 カリンとシャスターは意気投合して大きくうなずいた。


 その光景を星華はひとり理解できずに、ただ不思議そうに眺めていた。



皆さま、いつも読んで頂き、ありがとうございます!


今回の内容は、感情があまりなく真面目だからこそ天然な星華と、カリンのお話です。


最近、シリアスは話が続いていたので、少しは明るめのお話をと思いました。


第二章も中盤に入ってきました。

これからも読んで頂けたら、嬉しいです!

よろしくお願いします。

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