第二十九話 月の光
森の中を進み始めてしばらくすると、先頭を進んでいたスケルトンの動きが止まった。
「見て、あれが王城エアトじゃない?」
カリンが指差す方向を見ると、右手前方の森の開けた場所から遠くに街らしき建物が見える。
もうすでに夜の闇が覆っているため、全体像が分かりにくいが、その大きさからして王都エアトに間違いない。
ついに王都に着いたのだ。
「それじゃ、今夜はこの辺で休むとするか」
今日はもう遅い。近くで野宿をして、明日の朝に王都に進むことにした。
すると、スケルトンが道を外れて森の中に入っていく。
理由は分からないが、二人はとにかくついて行くことにした。
進んでいくと、森が少しだけ開けた場所に出た。
その中央には小屋が建っていた。石造りの小屋だったので、百年経っても朽ちることなく残っていたのだろう。
「私たちが休む場所に連れてくれたのね」
スケルトンたちは二人を小屋に案内すると、再び森の中に消えていった。おそらく今夜も警備してくれるのだろう。
二人はスケルトンたちに感謝をしながら、小屋の中に入った。
小屋には三つの部屋があったが、一部屋だけでも二人が休むには充分な広さだ。部屋には小さな窓もある。
「小さな光」
小屋に入ったシャスターが魔法を詠唱すると、青白い小さな光の球が浮かび上がり、小屋の中を薄く照らす。
さらに魔法の鞄を開き、食べ物を取り出す。
二人は小さな明かりの下で、ささやかな食事を始めた。
「それにしても、アークスって酷い奴よね」
シュトラ王国を滅ぼした張本人をカリンは許せなかった。自分が最高権力を手に入れるために国民を殺すなんて、普通ではない。
しかも、そんな男が神官長を務めていたのだ。
もちろん、二人が知っている情報はガイムが話してくれたものであり、一方だけの話しだけで判断するのは良くないが、ガイムが嘘をついているようにはカリンには思えなかった。
「もっとガイムさんと色々と話ができたら良かったのに」
カリンは心からそう思っていた。
アンデッドは邪悪な存在だ、という固定概念をガイムが払拭してくれた。もちろん多くのアンデッドは邪悪なのだろうが、中には心優しい者たちがいることを教えてくれたのだ。
ふと窓の見ると、いつの間にか青白い光が小屋の中に入ってきていた。月が出ているのだろう。
静かに小屋の扉を開け外に出てみると、青白い光がカリンを包む。
「今夜は満月だ!」
カリンは思わず声を出した。美しい丸い月が夜空に浮かんでいたからだ。
「うん、たしかにキレイだ」
シャスターもカリンの声につられて外に出てきた。
月の光がシャスターとカリンを優しく照らす。二人はしばらくの間、のんびりと満月を眺めていた。
「そろそろ寝ようか」
美しい月を見られて満足した二人は小屋に戻ろうとする。
その時だった。
「こんばんは」
突然、二人の目の前に見知らぬ女性が現れた。
「あなた方ですね? この森に入ってきた方というのは」
女性は静かに尋ねる。
「そうですが、貴女は誰ですか?」
カリンは驚くことなく冷静に答えた。
死者の森に入ってからスケルトンやゾンビ、そしてゴーストまで現れたのだ。突然、目の前に見知らぬ人が現れたところで、それほど驚きはしない。
それに、現れたのはとても美しい女性だ。偏見かもしれないが、おどろおどろしい魔物と違い、美しい女性だとカリンは冷静にいられた。
しかも、どうやら女性は実物ではないらしい。
女性の背後にはどこかの部屋の背景が見える。
おそらくレーシング王国での決戦の時、オイト国王が自らを夜空に大きく映し出したマジックアイテムのようなものだろう。女性のいる場所の映像を二人の前に映し出しているのだ。カリンは等身大の女性と普通に話しているのと同じ感覚だった。
その女性がカリンに近づく。
「私はエミリナ。シュトラ王国の女王です」
「……エミリナ女王!?」
冷静さが吹き飛んだカリンは思いっきり驚いた。
助け出そうとしていた人物が目の前にいるからだ。しかも直接話せるのであれば、どこに幽閉されているのかも分かる。
「私たちはガイムさんから、貴女がアークスに囚われていると聞き、助けに来ました」
「騎士団長ガイム! 彼はどこにいるのですか?」
女性の表情が花が咲いたように明るくなる。
その表情を見てカリンは一瞬だけ躊躇したが、隠す訳にはいかない。素直に答えた。
「ガイムさんは……もういません」
「!?」
「ここに来る途中で……」
「……そうでしたか」
カリンの悲しい表情を見て、エミリナ女王も悟ったのだろう。明るい表情が一転、悲痛な面持ちとなった。
しかし、女王としてすぐに毅然とした表情に戻る。
「ガイムは最後まで、シュトラ王国の騎士団長として任務を完うしたのですね」
「はい。そして、私たちはガイムさんと約束しました。私たちが必ず貴女を助け出します!」
「ありが……」
突然、エミリナ女王の言葉が聞こえなくなった。
アークスの邪魔が入ったかと焦ったが、すぐにエミリナ女王の姿が現れて安心する。
しかし、先ほどより女王の姿がぼやけていた。
「私の姿は月の光を媒介にして映しています。だから月が陰ると消えてしまうのです」
ふと月を見ると、いくつもの雲が月を遮ろうとしている。もう少しすれば、再び雲に隠れてしまうだろう。
「エミリナ女王は王城のどこにいらっしゃるのですか?」
「私は王宮の奥の間にいます」
女王はカリンに優しく答えた。
「明日には王都に着きます。待っていてください」
「明日なら月の光はまだ強いでしょう。見ず知らずのあなた方にお願いするのは筋違いだと分かっていますが……どうか私のところまで……お願いしま……」
そして、エミリナ女王の映像は消えてしまった。
再び周辺には静寂が戻る。
「絶対にエミリナ女王を助け出さないと!」
小屋に戻ったカリンはやる気が満ちていた。
その姿を見てシャスターは微笑むが、今の女王の言葉に何か引っかかるものもある。
ガイムが倒された原因でもある秘密の通路をアークスに話したのはエミリナ女王自身だ。
それなのに、女王の元まで来て欲しいと二人に依頼をしてきた。
(もしかして罠か?)
ただ、先ほどのエミリナ女王を見ていても、とても二人を騙しているようには見えなかった。
不確定なことが多いが、とりあえずは王都に行かなくては始まらない。
「明日に備えてそろそろ寝ようか」
シャスターは魔法の鞄から大きな敷物を出すと、直接石畳の上に敷く。
季節は夏だ。身体に掛けるものがなくても問題ない陽気だ。
シャスターはそのままゴロンと敷物の上に横になったが、カリンは緊張しているらしく寝付けないでいた。
明日はいよいよ王都だ。女王を助けるという約束もある。人一倍責任感の強いカリンが寝付けないのも無理はなかった。
万が一の奇襲に備えて、二人は同じ部屋で寝ることにした。シャスターは少し離れた壁際で、スヤスヤ寝ている。
その姿を見てカリンは羨ましいと思ったが、彼には緊張しないだけの実力があるのだ。それが分かっているからこそ、カリンは余計に歯痒かった。
(明日はシャスターの足手まといにならないようにしないと!)
覚悟を決めたカリンは起きて隣の部屋に移動した。




