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第一話 謎の少年

 とても気持ちの良い初夏の陽気だった。


 遠くに見える山脈から吹いてくる涼しい風が一面に広がる麦畑に流れてきて、黄金に色付いた麦の稲穂をリズミカルに揺らし続けている。

 のどかな田園風景だった。


 しかし、それに不釣り合いな騒音が突然麦畑に響き渡り始めた。

 荒々しい馬の蹄音と甲冑が擦れる金属音、そして駆け足で走っている人間の足音。



「やめてください!」


 走っている少女が大声で叫ぶ。どうやら逃げているようだ。その後ろには馬に乗った三人の騎士が少女を追いかけている。



 少女は背丈ほどにも伸びているこの地方特有の大きな麦の中を隠れるように逃げていたが、馬上の騎士たちからは少女の姿は丸見えだった。

 しかも、走るスピードでは人間と馬では勝負にならない。

 たちまち少女は騎士たちに追いつかれてしまった。


「どうした、もう逃げないのか?」


 ひとりの騎士がニヤニヤと笑う。まるで獲物を捕まえる狩りを楽しんでいるような表情だ。


「どうして私を追いかけるのですか?」


 少女は息を切らしながら、馬に乗っている騎士たちを見上げる。


「領主様がお前のことをかなり気に入ったようだ。お前を連れて来いと命じられたのさ」


「そのお話なら、以前にお断りしたはずです」


「だからこそ、こうやって実力行使に出たのだ」


 騎士たちは少女を捕えるために馬から降りた。



「お前も馬鹿な娘だ。領主様に素直に従っていれば、良い暮らしができるものを」


「私はこの町の町長の孫です。町を守っていく義務があります」


「町を守るのだったら、なおさら領主様に逆らうな。お前たちの町の一つや二つ、簡単に滅ぼすことができるのだからな」


 騎士の顔に残忍な笑みがこぼれる。


「町を滅ぼすならそれはそれで楽しめる」と騎士たちが思っていることを少女は分かっていた。

 領主に逆らった町がどういう結末を迎えるのか知っているからだ。

 人々は惨殺され町は滅ぼされるのだ。ここ数年だけでも片手ほどの町や村が滅ぼされた。そして、領主の手先である彼らは、逃げ惑う人々を容赦なく殺すことを楽しんでいた。


 そんなことは自分の町では絶対にさせない。


「あなたたちに町の人たちの指一本触れさせません!」


 弱気に見えていた少女の突然の力強い叫び声に三人の騎士が一瞬ひるんだ。

 その隙に再び少女は麦畑の中を逃げ始めた。



「逃がさんぞ!」


 不覚を取られた騎士たちは怒りながら、もう一度馬に乗り込むと少女を追いかける。

 一旦少女と騎士たちの距離は離れたが、いずれ追いつかれることは明白だ。


 もう逃げ切ることはできないと思った少女は、近くにあった農作業小屋に飛び込んだ。

 農作業小屋とは麦畑を耕したり、収穫するための道具がしまわれていて、作業する人々の休憩室も兼ねていた。

 麦畑は広大なため、農作業小屋はいくつか点在していたが、ちょうど逃げている少女の近くにもあったのだ。


 少女は扉を閉めると小屋の中を見渡した。

 小屋の中は意外と広く、扉の手前にはクワやスキなどの農作業道具があり、奥には干し草が天井近くまで積まれている。


 幸いなことに小屋には誰もいなかった。

 外の麦畑もそうだったが、この付近で畑仕事している人がいないことに少女はホッとしていた。

 もし人がいたら、騎士たちによって殺されていただろう。口封じのために。

 それほどまでに領土の騎士たちは残虐非道だった。


「何とかしなくちゃ」


 少女は扉に鍵をかけると、クワを両手で持って扉に向かって構えた。

 直後、扉を思いっきり叩く音が響き渡る。騎士たちが扉を蹴っているのだ。


 重く鈍い音が何度も続いた後、鍵が壊されてついに扉が破られた。



「手間をかけさせやがって」


 そう言いながら扉を開けた騎士の左わき腹に激痛が走る。

 少女がクワの刃で思いっきり斬りつけたのだ。

 しかし、少女の非力さと甲冑の厚さで騎士の身体までは斬ることはできなかった。


「小娘がー!」


 左わき腹をおさえながら、騎士が娘を睨み付ける。

 斬られることはなかったが激しい痛みだ。騎士の眼には殺意が表れていた。


「もう許しはせん! 娘、お前を殺すことにする」


「ちょっと待て。領主様の命令を無視する気か?」


 他の騎士が止めようとしたが、怒り狂っている騎士は仲間の騎士の手を振りほどいた。


「領主様にはこう言えばいいさ。我々が町にたどり着いた時、すでに領主様の報復を恐れた人々によって娘は殺されていました。そこで我々は娘を勝手に殺した者たちを処刑しました」


 そんな理不尽な理由がまかり通るはずがないと少女は思ったが、相手はあの領主だ。領民よりも騎士たちを信じるに違いなかった。

 しかも、他の二人も残忍な表情を浮かべて頷きながら同意している。


「なるほど、それならば問題ない。しかも公然と領民を殺せるオマケ付きとは」


「最近人を斬る機会が少なくて腕が鈍っていたところだ。ちょうどいいな」



 この騎士たちは何を話しているのだろう。

 そんな理由で人を殺すことができるのか。

 心に痛みは走らないのか。

 良心の呵責はないのか。


 しかし、残念ながら三人にはそんな感情はなかった。



「せっかく娘を殺すのだったら、その前に楽しまないと損だな」


「それもそうだ」


 騎士たちの下品な笑いに少女はゾクッとした。


「や、やめてください」


 少女は一歩二歩と後ずさりをするが、騎士たちもゆっくりと少女に近づく。

 まるで獲物を追い詰めている猛獣のようだった。


 少女はついに小屋の奥に積んである干し草まで来てしまった。これ以上逃げることはできない。



「泣き叫んで助命をすれば、楽しんだ後に助けてやってもいいぞ」


「それは駄目だ。殺しておかないと証拠が残ってしまう」


「それなら、人生の最後に楽しむだけ楽しませてあげるとするか」


 三者三様でニヤけた騎士たちが一斉に少女に飛び掛かる。


 それと同時だった。


防御壁プロテクション・バリア


 少女が小さな声でつぶやく。

 するとその瞬間、少女の周りを薄いグリーン色をした半透明のガラスのような球体の膜が覆った。


「ぐふぉ!」


 勢いよく飛び掛かった三人は突然現れたドーム状の球体に思いっきりぶつかり、鼻血を流しながら少女の前に倒れこんだ。

 半球体の薄い膜は見た目に反してかなり頑丈のようだ。騎士たちは突然の出来事にかなり驚いていた。


「お前、神官だったのか!?」


 ひとりの騎士が鼻を抑えて痛みをこらえながら、少女を睨み付ける。


「神官……まさか、この娘は防御や回復系の呪文を使える神聖魔法の使い手(ホーリー・ユーザー)なのか?」


「ああ、おそらくな。このガラスのような半球体……以前同じようなものを見たことがある。これは神官が使うバリア、防御の神聖魔法だ」


 騎士たちは鼻を押さえながらゆっくりと立ち上がった。

 少女は依然としてドーム状の球体に包まれて身を守っている。


「私にあなたたちの攻撃は効きません。早くここから立ち去ってください!」


 少女はバリアの中から必死に叫ぶ。

 しかし、そのような願いは聞き届くはずもなかった。


「こんな美味そうな獲物を前にして立ち去るバカがいるか。とはいえ、娘に触ることさえできない。どうすればいいんだ?」


 他の騎士が神聖魔法を見たことがある騎士に尋ねる。


「簡単だ。信力(しんりょく)が切れるまで攻撃し続ければいいのさ。神官は神を信仰する力、信力を使って神聖魔法を放つが、こんな娘の信力など長くは続くまい」


 しかも三人がかりだ。少女の信力などすぐに力尽きてしまうだろう。


「それなら簡単だな」


 すぐに三人の騎士たちは剣で球体を攻撃し続けた。

 最初のうちは全く歯が立たなかったが、十分、二十分経つと半球体に徐々にヒビが入ってきた。

 それに伴い、中にいる少女の顔が苦痛にゆがんでくる。長時間の魔法のせいで急激に信力が消耗しているのだろう。


「あと、もう一息だ」


 騎士たちの攻撃が一層激しくなる。それに合わせるかのように少女はますます苦しい表情になる。


 そしてついに、少女を守っていたバリアが砕けてしまった。



「ハァ、ハァ、ハァ、手間をかけさせやがって」


 思った以上に少女は長く耐えた。

 ほんの数分で破れると思っていたバリアは三十分以上もかかった。

 これは騎士たちの攻撃が弱かったからではない。少女の信力がかなり強かったからだ。だからこそ、騎士たちも体力をかなり消耗している。

 それでも、これからの楽しみを想像しているようで、肩で息を切りながらも彼らの表情はニヤけていた。

 こうなってしまっては、少女にはもう抵抗するべき方法は何もない。



 だからこそ、少女は決意した。


 辱めを受けるなら死を選ぶ。


「おじいちゃん、ごめんなさい……」


 少女は護身用に持っていたナイフを胸に当てる。


 まさにその時だった。



「ふぁあー」


 突然、小屋の真上から人の声が聞こえた。


「誰だ!?」


 騎士たちも真上を向く。しかし、そこには誰もいない。


「あー、よく寝た」


 またもや真上から声が聞こえる。


 どうやら寝起きのようだが、やはり声の主は見当たらない。

 しかし、少女はその声がした方向を向いてピンときた。そして、少女の後ろに積まれている干し草の上までのぼる。

 すると、少年が寝ぼけた様子で起き上がるところだった。


「おはよう」


 少年は少女に声をかけてきた。



 少女と同じくらいの年頃、十八、九歳くらいであろうか。初めて見る顔だ。ということは、この付近の住人ではない。おそらく旅人であろう。

 少年はひどく汚れた服を着ていた。

 ただ、金色に輝く髪とルビーのような深紅の瞳を持つその顔立ちは少女が息をのむほどの美しさだ。

 背伸びをしながら上半身を起こした少年はまだ寝ぼけているようだった。


「ところで、ここはどこ?」


 この状況に対して場違いな質問に少女は唖然とする。

 そんな少女を無視して、少年は干し草の上から下へ飛び降りた。


「昨夜、森を抜けたら麦畑が広がっていてさ。村や町を探そうと思ったけど、ちょうど近くに小屋があったので休ませてもらっていたんだ」


 騎士たちの前に立った少年はここにいる経緯を説明した。

 しかし、残念ながらそんなのんきなことを話している状況ではない。


「キミ、はやく逃げて!」


 干し草の上から少女が叫んだが、それよりも早く騎士のひとりが少年の腕を掴んだ。


「旅人のようだな。不運だがここで死んでもらう」


 見られたからには生かしておくことはできない。騎士たちは少女より先に少年を殺すことにした。

 ただ、少年は騎士の言葉を聞いても平然としている。


「それで、ここはどこ?」


 同じ質問をした少年は、少し考えながら勝手に答えを推測する。


「深淵の森は思っていたよりもずっと広くて、何日も森の中を迷ってしまってさ。昨夜やっと抜けられたんだ。ここがアルデア王国かシダン王国なら嬉しいけれど」


「ここはレーシング王国よ。キミは深淵の森から出てきたの!?」


 少女は驚きの声を上げた。

 深淵の森はレーシング王国の国境の西から南西に広がる広大な森であり、少女の暮らしている町は深淵の森のすぐ近くにある。

 深淵の森の広さはレーシング王国領土とほぼ同じほど広大で、いくつもの国々に囲まれる形で森は広がっていた。

 しかし、少女が驚いたのは少年が広大な森から出てきたからではない。

 深淵の森は入ったら二度と出て来ることができない魔の森と恐れられていたからだ。



「こんな小僧が、しかもひとりで深淵の森から出てきたのか?」


 捕まえていた騎士が驚いて少年の腕を離してしまったが、他の騎士が苦笑する。


「そんな小僧の戯言など本気にするな。深淵の森から出られるわけがないだろう。それに、どのみちここで殺されるわけだから真偽などどうでもいい」


 騎士が剣を抜く。

 しかし、それを見ても少年は全く動かない。おそらく、恐怖で身体が硬直してしまっているのだろう。騎士たちはそう思った。



「こんなところに出くわした貴様の不運をあの世で後悔しろ!」


 騎士が少年に斬りかかる。


 それで終わりだった。


 哀れな少年が殺された。


 三人の騎士たちは当然そう思った。


 少女もそう思った。



 しかし、目の前に映った光景は有り得ないものだった。




 少年は斬りつけてきた騎士を紙一重で避けると、そのまま優雅に体を回転させながら騎士の背後に回り込み、手刀で騎士の首を叩いたのだ。

 すると騎士はそのまま倒れこんでしまった。



 あまりにも信じられない光景に残りの騎士たちも少女も呆然とする。


 少年は倒れた騎士から剣を奪い取った。


「さてと」


 剣を軽く二、三回素振りすると、そのまま剣先を騎士たちに向ける。


「どっちから来る?」


「ふ、ふざけるなー!」


 怒った騎士が剣を振りながら少年に飛び掛かる。

 しかし、少年はその攻撃を剣で軽く受け流すと、今度は素早い動きで騎士の胸元に飛び込み、剣の柄の先で騎士の喉元を突いた。

 騎士は何事が起ったのか分からないまま、床に倒れこんだ。



「あとひとり」


 少年は平然としたまま剣を最後のひとりに向けた。その騎士は少女に左わき腹を斬られかけた男だった。


「ひいいー、助けてください! 何でも言うことを聞きますから、命だけはお助けください!」


 騎士は床に頭を擦りながら嘆願を始めた。少年の圧倒的な強さを理解したからだ。



 少年が何者なのかは分からない。ただ、彼らが数人がかりで戦っても敵わない剣の達人であることは確かだった。

 そうなればこの騎士としては少年に対してする行為はただ一つ、助命の嘆願であった。


「そんな勝手なこと言わないで欲しいな。急に襲ってきたのはそっちでしょ? こっちは正当防衛だから、殺されても仕方がないよね」


 少年は鋭い視線で騎士に笑いかけると、剣を構えなおした。


「お許しください! お許しください!」


 さらに頭を強く擦りつけた騎士は腰から革袋を取り出すと中に入っていた金貨全てを少年に差し出した。五枚の金貨が床に転がる。


「ほぉ、良い心がけだな」


 少年は金貨を手にすると干し草の上に座ったままの少女に目を向けた。


「こいつらどうする? 俺は部外者だからキミが決めていいよ」


「えっ! 私が!?」


 少女はまだ目の前で起きた光景に信じられないという表情だったが、少年の問いに関してはすぐに決めた。


「逃がしてあげて」


「分かった」


 少年は異論を唱えることもせず、あっさりと了解した。


「おい、お前」


「は、はい! 何でしょうか?」


「倒れている二人を連れて逃げていいよ」


 少年の助命に感謝しつつも、騎士は戸惑っている。


「しかし、この二人は……」


「二人とも生きている。気絶しているだけ」



 少年は最初から殺す気などなかったのだ。

 ただ、それは慈悲からではない。

 盗賊ならいざ知らず、この国の騎士を勝手に殺してしまうのは後々面倒だと思ったからだ。

 厄介ごとに巻き込まれたくはない。


「だから、さっさと連れて出て行ってくれる?」


「あ、ありがとうございます!」


 騎士は土下座状態から立ち上がると、急いで倒れたままの二人を引きずりながら小屋の外に出た。

 しかし、そこからが大変だった。

 二人の騎士をそれぞれの馬に乗せようとするが、重い甲冑を身にまとった騎士を乗せるのは一苦労のようだ。


「あ、ちょっと待って」


 その光景を見てたまりかねた少女が気絶している二人の騎士たちに近づく。

 そして、二人の額に交互に両手を当てながら何かを呟く。すると両手が薄く光り出し、しばらくすると二人の騎士たちが目を覚ました。



「これで馬に乗れるわ」


「ありがとうございます! それでは失礼します!」


 目覚めたばかりで状況を理解していない二人に有無を言わせず急ぐように促し、騎士は一目散に立ち去った。

 少年か少女の気持ちが変わって殺されることになってはたまったものではないからだ。


 そんな急いで逃げていく騎士たちには目もくれず、少年は少女に顔を向けた。その表情は少しばかり困惑しているようだった。

 そんな表情に気付きながらも、少女は笑顔でお辞儀をした。


「助けてくれてありがとうございます!」


「あ、いや……うん、どういたしまして」


 あいかわらず、少年は困惑したままで返事も曖昧だ。

 しかし、困惑しているのは仕方がないと、少女は理解していた。

 気絶した騎士たちを目覚めさせた神聖魔法を目の当たりにしたら、誰だって驚くからだ。


「私、一年間教会に神官見習いとしてお勤めをしていたのですが、そこで神聖魔法の使い手(ホーリー・ユーザー)としての才能があったみたいで、防御や回復系魔法が使えるんです」


 少女としてはちょっとした自慢だった。

 町長の孫ということで教養を身につけるために、ノイラという都市の教会に奉仕として勤めていたのだが、そこで神聖魔法の使い手(ホーリー・ユーザー)としての資質があることが分かったのだ。



 神官は神々の教えを説き、人々を守ることを務めとする職業である。

 そのため回復や防御系の呪文が使える神聖魔法の使い手(ホーリー・ユーザー)とも呼ばれていた。


 神聖魔法の使い手(ホーリー・ユーザー)は神から与えられる力「信力」を使って神聖魔法を行使するのだが、信力の量や質は一人ひとり違う。

 信力は修行によって上げることができるのだが、個々の資質の問題が大きく、いくら修行しても少しの信力しか持てない者も多かった。


 しかし、少女はその信力の才能を生まれながらに備えていたのだ。


 当然ながら、教会側は少女に神官になるよう熱心に勧めた。

 このまま修行を続ければ、優秀な神聖魔法の使い手(ホーリー・ユーザー)になれることが約束されていたからだ。

 それは大いに光栄なことであり名誉なことであったのだが、町長の孫として町のために働きたいと思っていた少女はその誘いを断り一年前から町に戻ってきていたのだ。



「さっき使ったのは回復の神聖魔法です。突然使ったので驚かしてしまいましたね。ごめんなさい」


 町や村で神聖魔法を見ることはほとんどない。そのため、初めて神聖魔法を見る者は必ず驚く。少年が困惑しているのはそのためだ。だからこそ少女は少年に謝ったのだが、それでもまだ少年は困惑した表情をしている。


「あの……他にもまだ何か?」


 少女の問いに少年は深くため息を吐いた。


「あ、いや……、キミの神聖魔法はどうでもいいんだけど。それよりも深淵の森で迷ったおかげで、思っていた以上に東まで来てしまったなって」


「はぁ?」


 意外な言葉に少女はあっけにとられた。

 この少年は少女の神聖魔法を見て驚き困惑していたのではなかったのだ。ただ、思っていた場所と違う所に来てしまったことに困惑していたのだ。


 少女は自分の勘違いに恥ずかしくなって、顔が真っ赤になる。


「深淵の森を抜けたら、アルデア王国かシダン王国だと思っていたんだけど。両国とも豊かな国だと聞いていたので楽しみにしていたのに、それ以外の国……しかも、よりによってレーシング王国とは」


「悪かったわね!」


 少女から恥ずかしがっている表情が消え、ムスッと膨れ顔になった。自国をけなされたと思ったからだ。

 さらに助けてくれた少年への敬語も消えてしまった。


「いや、自由気ままな旅だから、別にレーシング王国でもいいけどさ。あまり良い噂を聞いたことがなくてね」


 それについて少女は反論出来なかった。たった今も噂を増長することが行われたばかりだ。


「そうよね……ごめんなさい。旅人さんにまで嫌がられているなんて知らなかったから」


「キミが悪いわけではないよ。悪い噂は全てレーシング王国の支配階級の者たちについてだ。でも、まぁそれよりも……」


 少年は腹をさすった。


「何か食べ物はない? 昨日から何も食べていないんだ」



 少女は少年を町に案内することにした。

 命の恩人を餓死させるわけにはいかない。町なら食事も用意できるし、それよりなにより自分を助けてくれた、さらに言えば町の人々の命も救ってくれた少年のことを町長に伝えるべきだと思ったからだ。


 小麦畑のはるか先に小さな林が見えるが、そのさらに先に町がある。ここから歩いて三十分ほどだ。


 二人は町に向かって歩き出した。




皆さま、初めまして。

「五芒星の後継者」を読んで頂き、ありがとうございます!

初めて投稿した第一話です。

いきなり長かったと思いますが、最後まで読んで頂きありがとうございました。

これから定期的に更新していきますので、よろしくお願いします!

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[良い点] 面白そうなのでブックマークしました。 後の展開が楽しみです。 ※感想書くの下手です。ごめんなさい。
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