一ヶ月間のかくれんぼ
これは私の友人がまだ幼かった頃に体験した話だ。
私はオカルトが好きで、よく親交の深まった人物には、そういった類いの話は無いかと聞く。
この話を彼女に聞かされたのは、大学のサークルでとある居酒屋に訪ねていた時の事だ。
私が奇妙な体験をしたことは無いかと迫れば、彼女は渋々ながらも私に話してくれた。
そんな彼女の様子は、どこかホッとしたようなものだったと、今では思う。
もしかしたら、誰かに話して楽になりたかったのかも知れない。
実際、彼女は幼い頃からこの話題を持ち出すのが恐ろしく、今の今まで誰にも話したことが無かったのだと言う。
私はそれを聞いたとき、それ程までに恐ろしい体験とは一体どういうものなのかと、背筋に冷たいものが走った。
これから書き記すのは、そんな恐怖の実体験である。
*
彼女がまだ小学生低学年だった頃。彼女はとある小さな田舎村で暮らしていた。
本当に小さな村で、その村で生きていれば同郷者全員の顔が自然と覚えられるくらいには、閉鎖的な場所だったらしい。
幼い彼女は、かなりのやんちゃ者でよく村の大人たちにイタズラを仕掛け、困らせることも度々あった。
これを聞いたとき、私は信じられなかった。なぜならサークルでの彼女はやんちゃとは程遠い、どちらかと言えば暗い性格をしていたからだ。
私がそれについて聞くと「それは今から話すことに関係してるの」と、少し苦笑い気味にそう溢した。
そんなある時。彼女が夜遅くまで近所の平山で同級生数人と遊んでいると、突然視線を感じたという。
この時彼女は「ヤバい」と感じたらしい。別に心霊的な意ではない。
どういう事かと言えば、先も言ったように狭い村なので、夜遅くに平山なんかで遊んでいる所を誰かに見られてしまえば、村全体にその話が行き届いてしまう。
親には友達の家に遊びに行くと嘘をついていたようで、それがバレるのを恐れたらしい。
だが、その視線の元に目をやれば、そこには見たことも無いようなモノがいた。
人形をしているということは分かるが、限りなく存在感がなく、その全貌を掴むことが出来ない。まるで影を彷彿とさせる謎の存在が木陰からジッと彼女を見ていた。
その時、彼女は薄気味悪いとは感じたもののそこまでの恐怖はなかったらしい。
無邪気な彼女は、”ソレ”に気付いていない回りの同級生にも、存在を教えてあげた。
無垢とは怖いもので彼女達は”ソレ”の存在を不思議がりゆっくりと近付いていったらしい。
だが”ソレ”に彼女たちが接触することはなく、数メートル地点まで近付くと”ソレ”はフッと姿を眩ました。
さすがにそんな異常を見ては恐怖せざるをえない。
彼女達は怖くなり、そのまま逃げるようにしてその場を後にしたのだという。
その日からか、彼女は”ソレ”を日常的に見るようになっていた。
学校に行く途中、電柱の陰からこちらを見ている。
教室の窓からふと校舎を見下ろせば、”ソレ”もこちらを見返している。
夜眠り着くとき、物音がしたかと思えばそれがジッと睨みを聞かせているのだ。
あの場に居合わせた同級生達に話をすれば、どうやら彼らにも同じ現象が起こっているという。
特に害はなく、他の友達にも起きているということで、幼い彼らはそれだけで安心してしまう。
そして、そんな現象が何日間も続き、彼女達が”ソレ”に慣れ始めた頃。仲間内の一人が小さな異変に気付いた。
『アイツ、少しづつ近付いてきてないか?』っと―――。
彼女自身も、言われて見れば………っと、そう思ったらしい。
そうなって、漸く危険を感じた彼女らはここで初めて大人を頼った。
子供達の話を聞いた大人達は、まるで親の仇でも眼下にいるかのような険しい形相へと豹変した。
彼女達は、そんな怖い顔をする大人達を見て「これはただ事では無いのだ」と、実感したらしい。
大人達は周囲の変貌に怖がる彼女らを連れ、村でたった一つの寺院に赴いた。
その寺は、一人の住職が管理しており、その住職である男性は霊能力者であると、小さな村内ではとても有名だった。
そんな住職が、彼女らに”ソレ”について問い詰める。
彼女を含めた同級生計六名が言われた通りに返答をしていく中、住職の顔をどんどん堀を深めていったという。
そして、鬼のような形相となった住職が口を開いた。
彼女は、あまりの出来事に混乱し、何がなんだか分からなかったようだが
「”ソレ”は最終的に君たちを捕まえに来るだろう。もし触れられれば、即ち”死”を意味する」
そう言った彼の言葉は、ハッキリと脳に焼き付いてしまったようだった。
そして、彼女達は各々家に帰される。
慌ただしく何かの仕度をする家族たち。彼女はこんな大事になるとは思っておらず、未知への恐怖が隠せなかった。
そんな中、彼女の父が家の玄関に布の様な物を貼り付けながら彼女に呟いた。
「これでヤツはお前を見失った。だが、それも時間の問題だ。これから一ヶ月間、ヤツと『かくれんぼ』をするはめになる。もし、一ヶ月間見つからなければ、生き残れるが、見つかった場合、ヤツの狙いにされているお前はもう戻ってこれなくなる……」
と、一度言葉を切る。
いつにも増して、そう真剣な声音で説明する父を見て、彼女は絶句していた。
「だから、何があっても外に出ちゃダメだ。外から知ってる声で助けを求められても、ソレはヤツの罠だから、決して反応するな。パパたちが側にいて出来るだけ守ってやるが、最後はお前の気が頼りになる、いいな?」
”何があっても家から出てはいけない”
彼女はそれを理解するとコクりと頷いた。
それからは家の窓を全て閉め、扉も手洗い場へ続くモノを除く、全てを閉鎖した。
家の中心に一番近い場所でテントを張り、その中に彼女が入る。
テントには札のようなモノをいくつも貼っていて、少し不気味な見た目だったらしい。
父親と母親、そして祖父の三人が彼女のテントを守るようにして立ち、一ヶ月間、彼女はトイレ意外の目的でテントから出ることも禁じられた。
そんな厳重な状況下でも様々なルールがもうけられた。
彼女は自分の意志でテントから出てはいけない。
彼女がテントから出るとき、つまり排泄の際は、決して彼女の足が地面に触れぬよう、誰かが彼女を持ち上げて移動を行わねばならない。
最後に、必要最低限の音、もしくは声を発さない。
あまりにも厳重過ぎるようにも思えるが、これでも”ソレ”には、時間さえあれば見つけられてしまうのだ。
ご飯も防災食の様な物で、一ヶ月間は風呂さえ入れてもらえない。
そんな劣悪な環境で一ヶ月に渡る『”死”のかくれんぼ』が始まった。
当時の彼女がいくら天真爛漫であったとしても、女の子なのだから、風呂に入れないのは相当にキツかっただろう。だが、親の必死さや自身が今まで感じたこともない不安や恐怖も手助けし、なんとか身を守ることに専念できたのだという。
一日目……何も起こらない。
二日目、何も起こらない。
一週間。何もない。
ここまで特に異変もなく全てが順調かに見えた。が……一週間と三日がたった時、遂にヤツの影響が出始めた。
閉鎖された部屋にいると、遠くから奇妙な足音が聞こえてくる。
ヒタヒタ、ぺちゃ、コツコツ、ごとんっ
濡れた足で歩くかのような音。時たまに爪で木造の床を突くような響きも聞こえてくる。さらには、重たい何かが地面に落ちるような音も……。
その音は日に日に大きさを増していく。いや、”近くなっている”と表現するのが正しいのか。
二週間と半分が経過する頃には、彼女の隠るテントの直ぐ間近へと音の発生源は移動していた。
だが、テントの外で待機する彼女の家族は何も見えないと言う。
確かに音がする。気配がある。にも拘らず、その存在は目視できない。
その異様な不気味さに、彼女の家族は心から恐怖した。
三週間が経った。
その頃から”ソレ”の声が聞こえ始めた。
少しずつ存在が確かになっていく様に、声の大きさ、聞き取りやすさ、さらには意味が積まれていったという。
はじめの頃はゴニョゴニョとしてとても聞き取れない唸りのようなものだったが四週間目ほどになると、はっきりと言葉の意味を読み取る事が出来るほどまで成長していたという。
内容は『あそぼぉ』『おいでぇよぉぉ』『もーいーかぁぁい?』『どこおぉぉぉ!?』『いないよぉいないよぉ』などのまるで知性の感じられない単語ばかり。
だが、時たまに『たすけぇ』や『こわい、くらいよぉ』などの泣き言が混じる。それが、彼女にも彼女の家族にも、とてつもなく気味悪く感じられたという。
あまりの恐怖に彼女は寝不足。その上言葉も発せられず、声が聞こえ始めてからは携帯トイレで生理現象を済ませていたためテントからも一歩も出ていない。
もう、彼女の精神力も限界かに思われた。
が、残り三日でこの生活も終わりという時。”ソレ”の関係する現象がピタリと止んだ。
声も足音も聞こえなくなり、重々しかった空気も無くなっていたという。
残り二日……”ソレ”は現れない。全く気配もしない。
まるで始めからそんなやつなど居なかったかのような、そう思えるほどに…。
だが、やはりこれで終わるほど甘くはなかった。
最終日。
一見何事もなく、時間だけが過ぎていった。
気が付けばその日も終わりに差し掛かっていた。
終わりが近い、その安心感や期待。つまりは”油断”。彼女はそこに付け入られたのだ。
ゴトンっ!
と、音がしたかと思えばテントの布越しに、近付いてくる影が見えた。
ペタペタとした素足の音。特に違和感はない。有るハズもなかった。
そしてその影は彼女の父親の声で、こういい放つ。
「もう、出てきてもいいぞ」
と。
勿論、疲れきった精神状態で、そんな優しい父の声が聞こえたのだから、彼女は従ってしまった。
しかし、察しが付くように、テントの外に有った気配は、父親のものじゃなかった。
外に出ると、家族が地面に倒れ付している。
どう見ても、倒れている位置から彼女に向かって先ほどの声を発せれるハズもない。
つまりは”偽”だったのだ。
小さな彼女でも、それは理解ができた。
できたからこそ、冷や汗が止まることを忘れたらしい。
ぴちゃっ、ひたひた、ゴトッ!
背後から、ヤツの足音が突如として出現する。
あまりの恐怖に、彼女は失禁し、過呼吸になっていたらしい。
恐怖で棒立ちのまま、『かひゅー、かひゅー』と荒い息をする彼女。
足音は、彼女の正面に移動する様にして、近付いて来ている。
そして、漸く、正面から、”ソレ”を捉える。
”ソレ”は初めて見た時と同じように黒い影のような見た目をしていた。
だが、少し。いや、大きな違いが存在していた。
それは、”ソレ”の体から、驚くほど白い人間パーツが飛び出しているところだった。明らかに、一人分のパーツではない。
まるで昏い沼が人形を形作っているかのように、その体の表面には、手や足、さらには人間の頭部などが浮き沈みしているのだ。
一際目立つのは、側面から対になるようにして飛び出した二メートルはある白く長い手。これだけは浮き沈みせずに固定されている。
おそらく、”ソレ”本体の手だったのだろう。
その手が、彼女に向けて伸びていく。
ゴトッと足元で何かが落ちる音がした。
彼女は視線だけでそれを追う。
落ちたそれは、”ソレ”の体表を浮き沈みしていた頭部だった。
頭部はまた影に纏わりつかれ”ソレ”の中を浮き沈みするために元の位置に戻っていく。
彼女には、その顔が自分を嘲笑っているような表情に見えたのだと言う。
ついに、伸ばされていた”ソレ”の手が彼女に触れた。
その瞬間。”ソレ”の体表からボコポコッっといくつもの人間の頭部が現れ、彼女に視線を合わせた。
そして、何処からともなく
『みぃつけたー』
と粘つく声が聞こえた。
そして、それを合図にしたかのように、彼女の意識は闇に沈んでいったのだという。
*
「その後の事はあんまり覚えてないんだ。気が付いたら、あの住職の寺院で寝かされてて、目が覚めたとたん家族に大泣きされた…」
ただ、と彼女は続ける。
「家族は、”お前は助かったんだ”っていうけど。私は確信できない…。だって、”ソレ”は私に間違いなく触れたし、声も掛けてきた」
彼女は腕を組み、すこし怯えたように呟いた。
「それに、私含め六人があの事件に関わったけど、一ヶ月間を生き残ったのは四人。でもその内の一人は私と同じように一度”ソレ”と接触したらしいの。で、その子は数年前に行方不明になってる……つまり、私もまだ完全に安心は出来ないってこと」
まさか、興味本意で聞いた怪談が、ここまでのスケールだとは、思ってもいなかった。
私は彼女に謝った。辛い話をさせたと。
すると彼女は寂しそうに笑いながら。
「君も変なモノを見ても容易に近付いちゃダメだよ?」
と、そう言った。
お読み下さりありがとうございました。
出きるだけ小説っぽく書こうとしたのですが初めての挑戦である為少しおかしな文章構成になっていたかとおもいます。
これで活動報告に書いていた一つ目の短編が終わりました。
それでは、またの機会に