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街の散策


 馬車を使わず、街中をゆっくりと歩いた。


 グレイはアレクサンドラの足に合わせて歩いてくれるので、周囲を見るゆとりがある。街はいつもと変わることなく、行き交う人たちはとても明るくて活動的だ。ライカとは隅々まで見て回ったと思っていたが、実際は半分も見ていなかった。ライカがグレイと一緒に行動することを許可する理由に納得する。


 貴族街のような目を引く宝飾品を売っているところも、上品なカフェもあるわけではないが、それでも圧倒するような勢いが物珍しい。通りに建ち並ぶ店はそれぞれの特色があり、一目で何の店であるかわかる。


 きょろきょろしていたせいか、足が引っ掛かった。


「きゃっ」

「おっと」


 思わぬところで躓きバランスを崩したが、すぐにグレイがアレクサンドラの腰に手を回し支えた。彼のその背の高さや体つきの違いにはっとした。


「意外と凸凹しているんだ。危ないから、足元にも気を付けて」

「……ありがとうございます」


 男性にエスコートされて出かけるのは、グレイが初めてではない。仲が良かった時にはルーベンと出かけたこともあり、カルヴァンに付き合ってもらったこともある。だからエスコートに慣れていないわけではない。それなのに、アレクサンドラはグレイとの距離の近さに戸惑っていた。


 動揺を悟られたくなくて視線を足元に落とせば、石畳に抉られたようなへこみがある。よく見れば、ここだけではなかった。歩くことはわかっていたのでヒールの低いブーツを履いていたが、それでもよくよく注意しないとまた転びそうだ。


「何か気になることでも?」

「……グレイ様は」

「敬称はいらない。言葉ももっと崩してほしい」


 話の途中で訂正されて、アレクサンドラは息をのむ。確かにグレイと呼んでほしいと言われたが、どう見ても上位貴族だ。はいそうですか、と呼び捨てにできるわけがない。


「ここは貴族街じゃない。貴族のやり取りは浮いてしまうよ。それにグレイというのは正式なものではないし、僕も君をサンドラと呼ぶから」

「……わかりました」


 渋々頷いた。グレイはそのまま先ほどの言葉を言うようにと促した。


「えっと、こんな風に男性にエスコートされたことがないから驚いてしまって」

「そうか? これが普通だと思うが」

「それを普通としてしまうと、わたしの周りにいる男性たちは気が利かない男になってしまいます」


 至極真面目に言えば、グレイは柔らかく笑った。


「国の違いなだけだな。僕の国では男性は女性に優しくするように教育されるんだ」

「……」


 女性に優しく、と言われて何とも言い難い感情がこみあげてきた。それは不特定多数の女性との距離が近くても問題ないということにならないだろうか。

 黙ってしまったアレクサンドラに、グレイは不思議そうな目を向ける。


「何か気に障った?」

「いえ、わたしが神経質になっているだけで」


 アレクサンドラは曖昧な言葉で誤魔化した。自分が意識しすぎていることがとても恥ずかしくて、ほんの少しだけ彼と距離を取る。そんなアレクサンドラを見つめたまま、グレイは口を開いた。


「こんなことを聞くのはマナー違反だと思うが、婚約者だった相手と一緒に出掛けなかったのか?」

「夜会とか、茶会には一緒に出掛けたわ。あとはお互いの屋敷に行き来するぐらい」

「観劇や祝祭は?」


 アレクサンドラは無言で首を左右に振った。現実を思い出し、憂鬱になってきた。そもそも気軽に二人で出かけたことなど一度もない。今までそこに気が付かなかったことに愕然とした。


 社交界デビュー前は主に領地での行き来、デビュー後は本当に毎日怒っているか泣いているか、そのどちらか。楽しい時間など過ごした覚えがない。


「それはもったいないな」

「お世辞はいらないわ。きっとわたしは一緒にいて楽しい相手ではなかったのでしょう」


 あっさりとした口調で言いながら、アレクサンドラはひどく惨めな気分になってきた。ルーベンが圧倒的に悪いと思っていたが、そもそも一緒にいたいと思われなかったのではないかと今さらのような疑問が頭の中に広がる。

 幼い頃は狭い世界だったから、気にならなかった。成人して外の世界を知った後、振り返ったらつまらない婚約者がいた。


「サンドラ」


 グレイが静かな声で名前を呼んだ。はっとして顔をあげれば、じっと見下ろされていた。まともに見てしまった彼の目がとても優しくて、息をのむ。


「君は綺麗で、とても素敵な女性だ」

「適当なことを言わないで。会ったばかりで何を知っているというの?」

「知っているさ。ロドニーは顔を合わせるたびに君を絶賛しているからね」


 絶賛、と聞いて顔が引きつった。ロドニーは確かに親類の中で一番アレクサンドラを可愛がってくれている。年が近かったことと、親類の中で一番年下であるからというのもあるが、本当にかいがいしく面倒を見てくれる。それは成人した後も同じだ。


「ロドニー兄さまは一体何を」

「いつも小さな俺の精霊姫と呼んでいるな」

「精霊姫……童話の」


 ぱっと思いつく童話のイラストを思い出す。この大陸に住む人間なら誰もが知っている美しい精霊だ。その精霊とアレクサンドラを同列に語るなど、恥ずかしすぎる。

 言葉の破壊力に、アレクサンドラの魂が抜けそうになった。グレイはそんな彼女を見て、小さく笑う。


「僕の所属している研究所ではロドニーが従妹の精霊姫を溺愛しているというのはとても有名な話だ。いつだって君の愛らしさや素晴らしさを興奮気味にしゃべっているよ」


 そう言いながら、彼はアレクサンドラの髪にそっと指を絡ませた。


「本当の色は美しい金色なのだろう? ロドニーが自分のことのように自慢していた」

「後で絞めます」


 他国での自分の印象がどんなものか恐ろしくなる。彼の指で遊ばれている髪を取り返そうとするが、その前にグレイがさっと唇をつけた。そのさり気ない仕草に、アレクサンドラは固まった。目が合えば、微笑まれる。そんなことをされたのが初めてで、アレクサンドラの頭はパニックになった。


「こっちだ」


 グレイはアレクサンドラの髪から手を離し、代わりに手を取った。そして彼女を引っ張るようにしてわき道にそれた。

 街の喧騒から離れると、途端に静かになる。馬車が一台、通れるほどの幅しかない石畳の道と両脇に建つ家。ここは居住地区のようで、店が一つもなかった。人がいないだけで随分と寂しいような気持になる。


「この先は何があるの?」

「楽しみにしてほしい、と言いたいところだけど……侍女殿が怖いな」


 ライカがアレクサンドラの後ろから睨んでいるようで、グレイが苦笑した。ライカにもきちんと声が届くように呼び寄せると、奥に見える木々を指さした。


「あそこに木が沢山見えるだろう。王家の管轄の庭園があるんだ」

「平民街に王家の庭園? 聞いたことがないけど」


 不安そうに眉を寄せれば、グレイが頷いた。


「誰でも入れる場所じゃないんだ。研究のための庭園だから」


 研究のため、と言われて、アレクサンドラはイザドーラが平民街にタウンハウスを持っている理由に気が付いた。グレイが正解と言わんばかりの笑みを浮かべる。


「これは言い訳になってしまうが、昨日もここに顔を出していてね」

「ちょっと待って。王家の庭園ということは、それなりの身分の人しか知らないのでしょう?」


 アレクサンドラは突然グレイが見知らぬ人に見え始めた。昨日、初めて会ったばかりなのだから当然であるのだが、ロドニーもいたことで知っている人のように思っていた。だが、彼の家名も出身国も身分も何も知らない。


 だけど、秘められた王家の庭園を知っている上に、自由に出入りできるとなれば色々と気が付くことがある。


「そう固くならなくてもいい。庭園の管理人は世捨て人だから。彼女の入れるお茶は最高なんだ。是非とも堪能してほしい」


 アレクサンドラは嫌とは言えずに、連れて行かれるまま庭園へと向かった。


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