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侵入者


「今日もとても楽しかったわ」


 ライカに洗った髪を乾かしてもらいながら、今日巡った場所を思い出していた。このタウンハウスに来てからすでに五日経っており、毎日のように出かけた。


 貴族の娘ではなく、一人の人として回る街は世界が違っていて、誰もかれもアレクサンドラを気にすることなく楽しげに話していた。


 貴族社会では出歩くことはまずあり得ない。行ったとしてもせいぜい知り合いの屋敷ぐらいだ。親しい仲の友人といえども、家同士の繋がりがほとんど。もちろん幼い頃から親しくしているから、観劇や音楽会、お茶会など一緒に過ごすことも多い。


 だけどそこにいるのは家の名前を背負った貴族の娘で、自分が思うとおりに自由に過ごすことは許されていない。失敗しないように、醜態をさらさないように、常に気を張り、微笑みを浮かべる。


 社交界は間違いなく戦場。

 特にルーベンの浮ついた噂が出るたびに、気持ちを強く持たなくてはいけなかった。友人たちはいつも気遣って支えてくれたが、隙を見せることはできなかった。


「お嬢さまは少しお疲れになっているのです」

「そうかもしれないわ」


 ライカの言葉を否定することなく頷いた。不思議なことに、こうして普段の生活から離れると、素直に認めることができる。張りつめたものが緩んでいるのが自分でも感じていた。


「街中は十分見たでしょうから、明日はもう少し遠い場所にご案内しますね」


 どこか嬉しそうにライカが声を弾ませた。すでに予定を立てているのか、いくつか場所をあげていく。そのうちの一つも分からなくて首を傾げる。


「何か特別の場所なの?」

「庶民にとってですが、休みが取れたら遊びに行く場所になります。貴族街に比べたら華やかさには欠けるとは思いますが、いい気晴らしになるでしょう」


 気晴らしということは、市場でもやっているのかもしれない。そんな想像をして、小さく笑った。


「街歩きは面白いわね。貴族街でもお店を見て回るけれども、いつも決まったお店しか見ないから。それにライカが値切り出したから、すごくびっくりしたわ」

「ここでは値切るのが当然です。正直、もっと値切ってもよかったと思いますよ」


 値切る話が出てきて、アレクサンドラはライカの顔を見るように顔を上げた。ライカはほんのわずかだけ、悔しそうな色を浮かべていた。


「ライカがあんなにも引かないなんて、知らなかった」

「これぐらいで驚かれても困ります。わたしが実家にいた時はあんなものではありません。もっとガツガツといきますわ」

「店員さん、泣きそうだったじゃない」


 ライカに値切り交渉をされた店員は涙目になってこれ以上は無理だと訴えていた。それを見ていたので、口出ししないでほしいと言われていたにもかかわらず、そこまでの値段で買ったのだ。


「店長が出てくるまであと一歩でしたね」

「……ライカはしっかりした性格だったのね」

「当然です。わたしは長女ですから」


 頼もしいほど胸を張られたので、アレクサンドラは笑った。


「頼りにしているわ」

「お任せください」


 そんな他愛もない会話をしていると、突然大きな音がした。二人は顔を見合わせた。


「今の……何の音?」

「扉が開いたように思えましたが」

「下の階から聞こえたわよね?」

 

 ライカは急いでアレクサンドラの髪をリボンで一つにまとめ、シンプルな作りの外出着に着替えさせる。外に逃げるのに、寝着では色々と不味い。


「階下を見てきますから、わたしが出たらすぐに鍵をかけてください」

「一人で行くの?」

「はい」

「そんなのダメよ! わたしも一緒に行くわ」


 ライカはアレクサンドラの言葉に顔をしかめた。少し逡巡した後、宥めるように笑顔を見せた。


「心配いりません。わたしはこれでも護衛ができる様にと鍛えられています」

「……嘘つき。ライカは足を引っかけるとか、突き飛ばすぐらいしかできないじゃない」


 半眼になりながら、ライカを睨みつける。ライカの護衛としての筋の悪さはアレクサンドラ付きの護衛であるジョシュアから聞いている。ライカはふいっと視線を逸らした。


「本職のジョシュアからしたら、それぐらいしかできないと思われているかもしれませんが」

「だから二人で行きましょうよ。モルダー夫妻も心配だし」

「……では、お嬢さまはわたしの後から来てください」


 ライカは仕方がないと言わんばかりにため息をついてから、アレクサンドラに魔法道具を渡した。


「これは何?」

「犯人捕縛のための魔法道具『犯人捕縛君』です。わたしが敵を追い立てますので、隙を見つけたら魔力をほんの少しだけ込めて、すぐさまこれを投げつけてください。後は勝手に起動して捕縛します」

「まあ、すごく便利ね」

「イザドーラ様からいただきました」


 イザドーラの名前が出てきて、アレクサンドラは苦笑した。

 ライカは暖炉の側に置いてある火かき棒を手に持った。


「あまり無理しないでね」

「ご心配いりません。さあ行きましょう」


 ライカはそう言って、扉をそっと開いた。ライカを先頭に静かに階段を降りる。音は一階にある応接室から聞こえる。


「モルダーたちは気が付いていないのかしら?」

「すでに自分たちの部屋に戻ってしまっていて、音が聞こえていないのかもしれません」


 もっとも、彼らがいたところで侵入者に対抗できるとは思えない。イザドーラは安全だと言っていたが、護衛を一人、連れてきた方が良かったのかもしれない。そんな少しの後悔を噛みしめながら、ゆっくりと応接室の扉を押し開いた。小さく開けると、男が扉を背に動いているのが見える。


 ライカが目で合図をした。アレクサンドラが頷くと、扉を大きく開いた。


「きええええええええええっっっ!」


 かっと目を見開いたライカが火掻き棒を持ち、気合と共に突撃していく。アレクサンドラもライカの勢いに遅れることなく、一気に距離を詰めた。そしてライカの勢いに怯んでいる隙に魔法道具『犯人捕縛君』を投げつける。


「は? 何が……」


 不意打ちを食らった男が狼狽えた声を出す。だがその時にはすでに魔法道具は起動していた。強い光を放ち、宙でくるくると回る。幾つもの帯状の光が伸びあがった。


「うわ!」


 帯状の光は男を捉え、ぐるぐるに巻きついた。足の先から首までしっかりと巻き付いたため、男は立っていることもできずに大きな音を立てて床に転がる。


「何だ、一体!」

「人の家に侵入しておいて、態度が大きい」


 ライカが男を睨みつけた。右手には火かき棒が握られ、ぱしりと左手の手のひらに当てる。そのよくわからない迫力に、アレクサンドラは顔をひきつらせた。


「俺はここの使用許可をもらっている! 信用できないのならロドニーを呼べ!」

「ロドニー兄さま?」

「そうだ。彼から何度かここを使わせてもらっている」


 アレクサンドラが反応したことに食いついた。ライカと顔を見合わせた。


「もしロドニー様のご紹介でこちらに来たのでしたら、事前連絡が必要だと思いませんか」

「それは……悪かった。いつも誰かと重なることがなかったから、今回も急に来てしまった」

「ねえ。ライカ」


 男の事情を聴きながら、アレクサンドラはライカの腕に手を置いた。


「お嬢さまは近づいてはダメですよ」

「もしかしたら、叔母さまの言っていたロドニー兄さまの留学時代のお友達かもしれないわ」

「その通りだ」


 男はアレクサンドラの言葉を肯定する。アレクサンドラはライカの後ろから、男を観察した。


 緩くうねった茶髪の端正な顔立ちをした男だ。目の色は茶色でどこにでもあるありふれた色。

 だがその意志の強そうな目から、彼が貴族階級でも上位の人間であることをうかがわせた。ロドニーの留学先が魔法大国であることを考えれば、おのずとその地位も推測できる。たとえ芋虫のように転がっていようとも、溢れんばかりの気品は隠しようがない。


「やっぱり不味い気が」

「おい、管理人夫婦を呼べ」


 男が横柄に要求してきた。アレクサンドラとライカはどうしようかと見つめ合った。しばらく無言であったが、ライカは渋い顔をしたまま頷いた。


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