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初めてのタウンハウス


 イザドーラの所有するタウンハウスはとても治安のよい場所にあった。平民街でも裕福な層が住む区域で、貴族の屋敷よりも小さめの家はどこか可愛らしい。見慣れないタイプの建物を見ているうちに、楽しくなってくる。


「お嬢さま、お待ちしておりました。イザドーラ様からご連絡を頂いております」

「アレクサンドラよ。これからしばらくお世話になるわね」


 タウンハウスに着けば、人のよさそうなモルダー夫妻が温かく迎え入れた。老夫婦はイザドーラからここの管理を任されており、夫であるモルダーは主に力仕事や外回りを、モルダー夫人は家の中の細々とした仕事を受け持っているそうだ。


 モルダー夫人はタウンハウスの間取りや生活時間について一通り説明する。その内容はイザドーラに聞いていたことも多く、特に疑問はなかった。


「ここは治安もよいですし、この家も防犯用の魔法道具が沢山使われております。お嬢さまも安心して楽しめると思いますよ」

「まずは街を見て歩きたいわ」


 馬車の中からずっと街中を見ていて、出掛けたくてうずうずしていた。真っ先に街歩きを口にすれば、モルダー夫人はころころと笑う。


「買い物も荷物になるようでしたら、届けてもらうようにお願いすることもできますよ。もし食事が不要でしたら、食事の時間の二時間前に伝えてもらえるとありがたいですわ」


 色々な情報を聞きながら、アレクサンドラに用意された客間へと案内された。


「お荷物はすでに解いてあります」

「ありがとう。これから着替えて出かけるわ」

「ゆっくりと楽しんでいらしてくださいませ」


 モルダー夫人はそれがいいと頷き、何かあればお声がけをしてほしいと告げて下がっていった。ライカは衣裳部屋へと入り、街歩きに相応しい服をいくつか取り出した。


「こちらに着替えてください。それから、髪と瞳の色を変える魔法道具がこちらです」

「色を変える必要がある?」


 魔法道具のピアスを差し出されて、アレクサンドラは首を傾げた。


「ええ。お嬢さまの色は庶民にはない色ですから」


 きっぱりと言われて、自分の髪を摘まんだ。母親譲りの明るい金髪と父方の祖母譲りの鮮やかな青い瞳は確かにこの国の貴族に多い色合いだ。


「金髪なら庶民にもいると思うけど」

「そこまでキラキラした色ではありませんよ。くすんだ色か、もしくは薄い茶色のような髪が多いです」

「ふうん。ライカがそう言うのなら仕方がないわね」


 白のブラウス、濃いグリーンのふわりとしたくるぶしほどの丈のスカート、それにスカートと同じ布でできた上着を長椅子の上に広げた。ライカが着ているドレスを脱ぐのに手を貸す。


「こちらの服は自分で着てみたいわ」

「わかりました」


 ライカは着方を説明すると、脱いだドレスを片付けに衣裳部屋に行った。アレクサンドラはブラウスのボタンを留め、スカートをはいた。最後に太めのサッシュベルトを巻く。


「すごく楽なのね。コルセットがないと動きやすいし」

「靴はこちらのブーツを」


 くるぶしを隠す程度の長さのブーツを渡された。紐で編み上げており、とても可愛らしい。


「こういう靴も初めて。乗馬靴だともっと丈が長いものね」

「きつい部分とか、動きにくいところはありませんか?」

「大丈夫」

「では、ピアスもつけて下さい」


 促されて、今つけているピアスを外し、ライカから渡されたものに取り換える。ふわりと暖かな魔力が全身を包み込んだ。そっと首を振ると、下ろした髪が揺れる。


「まあ、本当に色が変わったわ。一体どういう魔法なのかしら?」


 自分の髪を両手で掴み、まじまじと観察した。艶やかだった金の髪は今はどこにでもある濃い茶色に染まっていた。一本一本まで茶色になっていて、驚いてしまう。


「目はどうなっているの? やっぱり茶色?」

「こちらをどうぞ」


 鏡を手渡されて、覗き込んだ。見覚えのある顔がアレクサンドラを見返していた。瞬きせずに至近距離から自分の目を見つめる。見慣れない色だが、それでもなかなかいい感じだ。


「琥珀色の目は面白いわね。角度によっては金色に見えるわ」

「庶民の色かと言われたらちょっと違う気もしますが……髪の色で誤魔化されるかと」

「色替えの魔法道具は初めて使ったけれども、印象がだいぶ変わるのね」


 ライカは大きく頷いた。そして小さな鞄をアレクサンドラに差し出した。


「さあ、支度ができたようですので出かけましょうか」

「案内、よろしくね」

「ええ、任せてください」


 ライカは胸を張って頷いた。



 比較的豊かな市民が暮らすこの区域は白い壁と赤茶色の屋根を使うことという決まりがあり、それぞれ個性的な建屋にもかかわらず統一感があった。その上、道も整備されており、大きな通りがいくつも作られている。


 貴族街以外での街歩きをしたことのないアレクサンドラは落ち着かない気持ちで辺りを見回した。行き交う女性たちと変わらぬ格好であることにほっとした。浮いてしまうかもしれないという心配が消えると、次第に周囲の様子が気になってくる。


 大きな道に沿って綺麗に並んだタウンハウス、そして通り沿いにある店、手入れが行き届いた街路樹。

 貴族の居住区域になると、大きな敷地内に屋敷が建っているのでこのように狭い敷地に建物が並ぶことはない。それがまた、アレクサンドラの目には異国のような雰囲気を味合わせた。


「お嬢さま、そんなに慌てなくても街は逃げませんよ」

「わかっているわ」

「でしたらもう少し落ち着いてください」


 呆れたような口ぶりで窘められ、アレクサンドラは歩く速さを意識して緩めた。


「ねえ、今まで来たことがなかったけど、みんな生き生きとしているわ」

「こんなところで驚いていたら中心街に行ったらびっくりしてしまいますよ」


 ライカはおかしそうに笑う。ライカの実家は男爵家で、どちらかというと富裕層の市民に近い生活をしていた。そのため、貴族街よりもこちらの区画によく買い物に来ていたそうだ。


 そんな話をしながら、時折、建物を指さして説明を求める。貴族が買い物に利用する場所は王から認められた商会しか店を出すことができない。そのためとても落ち着いた、高級志向の店が多い。

 ここは庶民が利用するということもあって雑貨などを扱っている店は小さめ。街路樹の下で菓子や飲み物を売っている人もいて、休憩所となっている広場にはベンチが多く置いてあった。


 足を止めがちなアレクサンドラをうまく誘導しながら、中心街へと向かう。中心街はまた違った活気があった。タウンハウスには住宅が多く、店はぽつりぽつりとだけであったが、こちらは店しかない。沢山の店が並んでいて、目に楽しい。


「今日は服を買い足しましょう」

「今あるものだけで足りるでしょう?」


 衣裳部屋にはそれなりの数の洋服が入っていた。イザドーラが気晴らしに買い求めたものだが、ほとんど使っていないらしい。好きに使っていいと許可は貰っていた。


「部屋に置いてあるものはイザドーラ様のお好みのものですからね。お嬢さまのお好みでいくつか揃えてもいいと思いますよ」

「でも、お金」


 自宅を飛び出してきてしまったので、ほとんど手持ちがなかった。貴族街で買い物するのであれば後払いもできるが、ここではそうはいかない。


「イザドーラ様からきちんとお預かりしていますから心配いりません」

「叔母さまが?」

「はい。十分に楽しんでほしいとおっしゃっていましたよ」


 イザドーラの華やかな笑顔を思い出し、思わず笑ってしまった。


「叔母さま、本当に大好きだわ」

「さあ、どこから入りましょうか? 時間もあまりありませんから、気になった店からどんどん見ていきましょう」


 ライカに促されて、アレクサンドラは目に入った雑貨屋を指さした。


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