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意識の変化


 街歩きはいつだって楽しい。

 そのはずなのに、アレクサンドラは今非常に困っていた。ちらりと隣にいるグレイの横顔を盗み見る。


 ロドニーの友人ということと婚約破棄したばかりというのもあって、あまり気にしたことがなかったが、こうしてじっくりと見るとかなり整った顔立ちをしていた。きっと髪も瞳もアレクサンドラと同じで魔法道具で色替えをしているのだと思う。


 本当の色は何色なのだろうと、つい彼の顔を見入ってしまう。


「どうした?」


 普段ならあれこれ聞いてくるアレクサンドラが黙って歩いているので、グレイが心配そうに足を止めた。まっすぐに目が合い、慌ててほんの少しだけ視線をずらした。いつもとは確実に違う自分を誤魔化すように、何でもない様子で昨日の出来事を話す。


「昨日、屋敷に帰ったの。久しぶりに両親とお兄さまがいて」

「ああ、そんなことをロドニーが話していたな」

「ちゃんと思っていることを話したら、もうしばらくは自由にしてもいいことになったの」


 お見合いが延期になったこと、自分で相手を探すことは言えなかった。どう考えてもグレイにそれを告げるということは、意識していると告げているようなものだ。自分でも説明のつかないこのふわふわした気持ちをまだ知られたくない。


 だから変わらぬ態度で接したいのに、グレイの顔をしっかりと見ることができないし、彼の心地の良い声を聞くと頭が熱でぼうっとしてしまう。これが異性として気になっている状態なのかと、愕然とする。


「自由ということは、まだ婚約は考えられないということかな」

「そうね」


 そう受け取るのが普通だと思い、頷いた。グレイは少しだけ考えるような目をしたが、すぐにいつもの柔らかな表情になる。


「それならまだ一緒に出かけてもいいのか?」

「あ! そういうこと」


 何を心配しているのかようやく理解する。気にしてもらえたことが嬉しくて、そしてすぐにでも会えなくなることになっても割り切れてしまえそうな彼の態度が悲しい。


 場合によっては今のようにグレイと一緒に出かけられない未来があることを自覚した。


「もし会えなくなるなら、教えてほしい」

「わかったわ。それで今日はどこに行くの?」

「サンドラに合いそうな店はほとんど見たから……見晴らしのいい場所かな」


 見晴らしのいい場所と言われて、くるりと周りを見回す。建物が整然と立ち並んでいて、高台は見当たらない。

 きょろきょろと高い場所を探していると、少し離れた場所にいるライカが目に入った。ライカはグレイと二人きりにするつもりはないようで、いつも一定の距離を置いて付いてくる。だが今は熱心に店先で話をしていた。


「……ライカ、また値切っているのかしら」

「彼女、しっかりしていそうだ」


 グレイも白熱している様子を見せるライカを見て小さく笑った。


「高台に行くなら、ライカにも言っておかないと」

「行き場所はもう言ってあるから、そのうち来ると思うよ」


 用意がいいなと思いつつ、ライカの注意を引くように手を振ってみた。ライカはこちらにも気を配っていたのか、すぐに手を振り返した。


「ちゃんとわかっているみたい」

「ライカの心配はいらない。さあ、行こうか」


 グレイはそう促すと、メイン通りからわき道に入った。途端に人通りが少なくなり、喧騒も聞こえなくなる。


「ここは不思議ね。表に出るとあれほど賑やかなのに。一本中に入ってしまえば、本当に静かだわ」

「居住区域は静かな方がいいからね。よく造られているよ」


 そんな他愛もないことを話しながら、二人は歩いた。しばらく歩くと、グレイがアレクサンドラを呼び止めた。


「あそこにある時計塔、見える?」

「時計塔? あれは教会でしょう?」


 グレイの指はこの街の中心部にある教会だった。教会は重厚な造りの建物で、他の建屋とは違った雰囲気がある。


「知っている人は少ないんだが、端にある高い塔が時計塔なんだ」

「……時計の針がないけど」

「今は使われていないからね。だけど、登ることはできる」


 この街のことをよく知っていることに、アレクサンドラは素直に感心した。


「本当によく知っているのね」

「ぺルラの所に行くことが多いから、貴族街よりもこっちの方が慣れてしまったんだ」

「ふうん」


 グレイについて、本当によく知らないなとほろ苦く笑う。アレクサンドラについてはロドニーが話しているからある程度の情報は持っているだろうが、逆にアレクサンドラは全く彼のことを知らない。

 昨日まではそれでもよかったが、彼を意識し始めると色々と知りたい気持ちが湧き出てくる。でもどこまで踏み込んでいいのかわからなくて、頷くことしかできなかった。


「さあ、時計塔に行こう」


 グレイはそう言いながら、アレクサンドラと手を繋いだ。ごく自然な仕草に、アレクサンドラは途端に落ち着きを失った。


 手汗、大丈夫かな……。


 自分の手のひらがじっとりしているのではないかと、心配になった。なるべく気が付かれないように、握り返す手の力を抜く。


「僕と手を繋ぐのは嫌か?」

「え! ち、違うの!」


 思わぬ問いかけに、アレクサンドラの体が跳ねた。ぶんぶんと顔を左右に振り、そうではないことを伝える。


「じゃあ、人も多いから、しっかりと握って」


 勘違いもしてほしくない、でも手汗も気になる。二つを天秤にかけて、アレクサンドラは泣く泣く正直に話すことにした。


「……手汗が」

「手汗?」


 グレイが目を丸くする。アレクサンドラは恥ずかしさに顔を真っ赤にした。


「男性と手を繋いでいるのだと意識したら急に恥ずかしくて」

「僕としては嬉しい限りだ」

「でも手汗が」


 手汗ばかりを連呼して可愛げがないと思いながらも、気になるのだから仕方がない。グレイはくすりと笑うと強く手を握りしめた。


「手汗は出ていないよ。さらりとして温かい手だ」

「あう……」


 精神的ダメージが大きかった。そのまま地面に潜り込んでしまいたいと思いながら項垂れる。そんな彼女を促し、教会へ向かって歩く。何か会話を、と思っても上手に話題が見つけられず二人は沈黙したまま進んだ。


 先ほどまではほとんど人はいなかったのに、集会でもあったのか、教会に近づくにつれて徐々に人が増えてくる。


「すごい人」

「丁度バザーが終わった時間のようだ。間が悪かったな」


 上手に進めなくなり、グレイはつないでいた手を離し、肩に腕を回した。しっかりと抱き寄せられて、アレクサンドラは頬を赤くした。

 目と鼻の先に彼の体があって、息が苦しくなってくる。服の上からではわかりにくいが、彼の体はとても硬く、見た目以上に厚みがあった。人の集団がこちらにやってきたのを見て、さらにぐっと抱き寄せられた。


「正面からは入れそうにないから、横から入ろう」


 恥ずかしさに顔をあげられずに、そのまま頷く。グレイはアレクサンドラの肩を抱いたまま、人の流れに逆らって進んだ。人込みから抜け出すと、グレイの腕から力が抜けた。それに合わせて、アレクサンドラもほんの少しだけ距離を作る。


 ほっとして顔をあげれば、目が釘付けになった。


 人込みの中に、ルーベンがいたように思えたのだ。特徴的な栗色の髪は見間違えるようなものではないが、ここは貴族街ではない。彼がうろつくには少し違和感があった。


「見間違い?」

「どうした?」


 一点を見ているアレクサンドラにグレイが声をかけた。アレクサンドラはグレイの方をちらりと見て、すぐにルーベンらしき人物に視線を戻す。


「ルーベン様に似た人がいて」

「ルーベン? ああ、君の元婚約者か」


 あまり彼のことをよく思っていないのか、少しだけ声が尖った。アレクサンドラは困ったようにグレイを仰ぎ見る。


「そう嫌がらなくても」

「話しか知らないが、僕の常識から外れる男だから許容できない」

「もしかして、ロドニー兄さまから色々聞かされた?」


 面識のない相手の悪口を言うのもどうかと思うのだが、ロドニーはかなり怒りをため込んでいたのだろう。アレクサンドラが過剰な報復をしないでほしいとお願いしているものだから、余計に怒りのやり場がないのかもしれない。


「何かしら? 様子がいつもと違うのよね」


 アレクサンドラはもう一度ルーベンへと意識を向けた。彼は誰かを探している様子だ。しばらく見ていれば、そのうち彼の元に一人の女性が近寄っていった。もちろん、婚約破棄の時にいた女ではない。遠目でしかわからないが、髪の色も雰囲気も異なっている。二人は親し気に話し、体を寄せ合うとそのまま雑踏の中へと消えていった。


「サンドラ、僕たちも行こう」


 グレイは強く手を握りしめると、引っ張るようにして歩き始めた。アレクサンドラは逆らうことなく足を動かしたが、何故かルーベンのことが気になって仕方がなかった。


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