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王家の庭園


「ふわあああああ! もしかしてロドニーの精霊姫!?」

「……」


 両手を握りしめられ、キラキラした目で見つめられた。アレクサンドラは彼女の興奮に圧倒され、思わず後ろに下がった。

 艶の少ない薄い栗色の髪の彼女は大きな眼鏡をかけており、膝下まである白い上着をドレスの上に着ていた。顔立ちはとても整っているが、雰囲気が独特過ぎて接し方がわからない。


 思わず助けを求める様にグレイの方へ視線を動かした。彼は彼女の挙動に慣れているせいなのか、とてもにこやかに、もっといえば微笑ましいものを見るかのように目を細めていた。


「あの」

「ああああ、ごめんなさい。名前がまだだった」


 彼女ははっと我に返ると、慌てて手を離した。取って付けたような咳ばらいをすると、きりっとした表情を作る。


「ようこそ! わたしはぺルラ。気軽にぺルラって呼んでちょうだい!」

「初めまして。アレクサンドラ・シーグローヴです。どうぞサンドラと」


 アレクサンドラはスカートを少し持ち上げて、挨拶をした。ぺルラは嬉しそうに頷く。


「うんうん、すごく綺麗だ! だけど、そのアクセサリーは邪魔だね。君の美しさを損ねている」

「邪魔?」


 言われている意味が分からなくて首を傾げる。ぺルラはぐっと顔を近づけてきた。


「この魔法道具はロドニーが作ったものだね。ここは安全だから解いてしまおうか」


 そう呟くと、彼女はアレクサンドラの耳についている魔法道具に触れた。ふわりと暖かなものに全身が包まれる。


「な、何?」

「慌てなくても大丈夫。ちょっと魔法を封じただけだから」


 魔法を封じたと言われて、驚いた。魔法についてきちんとした知識を持ち合わせていないアレクサンドラであったが、多少のことはロドニーから聞いている。


 研究バカなロドニーは気分が乗ると、アレクサンドラを相手に持論を展開する。ただし、アレクサンドラが理解できるのは最初の方だけで、しばらくするとまったく何を喋っているのかわからない。アレクサンドラはどんなにちんぷんかんぷんであっても、ロドニーの熱は冷めることがないので適当に相槌を打っていた。


「魔法道具の魔力を封じることができるなんて初めて聞きました」

「普通は難しいし、壊れてしまうからやらないかな?」


 笑いながらぺルラは言った。補足するようにグレイが会話に混ざる。


「ぺルラは少し特殊でね。他人の魔法に干渉できるんだ」


 感心して頷けば、ぺルラが手を伸ばした。元に戻った金の髪をそっと掴むと、指で優しく撫でた。肌を撫でられているわけではないので、くすぐったさはないのだが、ひどく落ち着かない気持ちになる。


「本当に春の精霊色だ。これほどまで素晴らしい金色を見たことがないよ。それに目だって晴れ渡った空のように真っ青だ」

「春の精霊色?」

「うん。お伽話に出てくるのを知らない?」

「お伽話……王子を助けた精霊の王女のお話ですか?」


 昔、読み聞かせをしてもらった絵本の内容を思い出しつつ、口にする。ただし、精霊の王女はたしか銀色の髪と緑の瞳だった。だからロドニーが精霊姫と呼んでいると知った時に似ても似つかないのにと思ったのだ。


「創世記あたりのお伽話だよ」

「ごめんなさい、知らないわ」


 申し訳なさそうに首を竦めれば、ペルラはぎゅっと両手を握りしめ、勢いよく距離を詰めてきた。


「じゃあ、わたしが教えてあげる!」

「今日はぺルラのお茶を飲みに来たんだ。用意してもらえるかな」

「あ、そうなんだね!」


 苦笑するグレイに頷くと、すぐに奥の方へと引っ込んだ。慌ただしいその後姿を茫然と見送る。


「ちょっと距離感がおかしいと思うけど、悪い女性じゃないから」

「悪いとは思っていませんが……普段と勝手が違うので、少し戸惑います」


 言葉を選んで答えれば、グレイはそうだろうと同意した。遠くでぺルラの賑やかな声が響いている。どうやら侍女たちにあれこれ指示をしているようだ。


「座って待っていようか」


 グレイは椅子を引いた。少しだけ迷いながらも、椅子に座る。グレイも隣に腰を下ろした。アレクサンドラはこの場所をゆっくりと見まわした。


 王家の庭園と言われていたが、綺麗に整えられた貴族の庭よりも少し雑多な雰囲気がある。馴染みのない庭の作りがとても不思議で、そして何故か気持ちがたゆんでいく。


「不思議ね。すごく落ち着くわ」

「そうだろうね。ここは自然に近くなるように手入れがされているんだ。王家直轄の研究所の持ち物なんだ」


 ロドニーの研究は時々聞かされているが、その中に庭や草花の話は出てこない。どちらかというと道具を便利に使うための魔法陣の話がほとんどだ。


「ロドニー兄さまは魔法道具の事しか話さないので、庭園に関係するような研究があるのは知らなかったです」

「うん? 魔法について体系的には勉強しないのか?」


 不思議そうにグレイが言うので、少し困ってしまう。

 この国の貴族女性は嫁ぐことが幸せだと考えられていて、学問を究めることはごくまれだ。学園に行くのは主に貴族子息で、令嬢達は教養やマナーは家庭教師に学び、社交性を高めるために成人していない子女のためのサロンへ通う。気に入ったいくつかのサロンへ通い、派閥に関係ない人の繋がりを作っていく。


 そのため魔法についての最小限の知識はあっても、学問としての学びはない。当然、最小限の魔法を使う練習はするが、それ以上は不要だと考えられている。男性のような実践的な魔法を学ぶのは、身分が低い証拠とまで言われてしまうのだ。


「グレイ、あまり無茶を言ってはいけない。この国の貴族女性は結婚して、夫を盛り立てていくのが最大の幸せなんだよ」

「は?」

「信じられないのはわかるけど、それを彼女にぶつけてもどうしようもないこと」


 準備が整ったのか、ワゴンを押す侍女を従えてぺルラは戻ってきた。そして困っているアレクサンドラの代わりに、グレイの疑問に答える。


「――これが国の違いというやつか」

「そうだよ。わたしがここで好き勝手に研究ができていることが奇跡なんだ」


 ぺルラは侍女と一緒にテーブルの準備をする。手際よくケーキの乗った皿とお茶の入ったカップを置いた。ケーキは小さめにカットされていて、飾りにバラの花のように幾重にも重ねて丸めた果物が乗っている。

 その可愛らしさにアレクサンドラの意識がすっとずれた。


「さあ、どうぞ。こちらのケーキには果物が使われているの。とても美味しいから食べてみて」

「何の果物かしら?」

「食べたことはないかもしれない。この国では取れない果物だから」


 この国では流通していないことを知って、がっかりする。とても美味しいものだったら、兄のカルヴァンに言って輸入してもらえるように交渉しようと決めた。


 フォークで花びらに見立てた果物をひと切れ、口に入れた。


「美味しい。甘いのにほどよい酸味もあって」

「食感もさくさくしているでしょう?」

「ええ」


 もう一切れ、口に入れてゆっくりと咀嚼する。よく煮込まれているように見えたが、しっかりとした歯ごたえが残っていた。


「お茶も飲んでみて。さっぱりしているから」


 勧められるまま、薄い黄緑色のお茶の入ったカップに口を付けた。渋みはほとんど感じず、爽やかな甘みが広がる。自然と笑みを浮かべれば、ぺルラは嬉しそうに目を細めた。しばらく無言でケーキとお茶を堪能した。何かから解放されたような、心地よさがあった。


「お茶のおかわりはどう?」

「頂きます」


 断ることなくすぐに答えれば、ぺルラは侍女にお願いする。こぽこぽとお茶の注がれる音を聞きながら、ほうっとため息をついた。


「とても落ち着きます」

「ここが落ち着くのなら、サンドラは精霊と相性がいいということだよ。きちんと学べば精霊の力を使えるかもね」

「精霊の力ですか?」


 よくわからないと素直に伝えれば、ぺルラは嬉々として説明を始めた。


 魔法とはまた別の力、それが精霊の力で、精霊と同じ色を持つ人間がその力を借りやすいそうだ。今まで知ることのなかった色々な情報がぺルラの口から飛び出してくる。


「サンドラの持っている眼の色も髪の色もこの国に出やすい色だけど、これほど鮮やかな色が二つ揃うのはとても珍しいんだ」

「確かにこの髪は母の色で、目は父方の祖母の色ですね。兄の髪は同じ金ですけれども、目は緑ですし」

「そうでしょう! ロドニーも似たような色だけれども、少し薄いしね」


 そんな色の話から、徐々に魔法の理論とか、精霊の力の理論とか、過去の精霊の力を使った人々の迫害されてきた歴史へと次から次へと話題が飛んでいく。当然、アレクサンドラについて行けるわけもなく。


「ぺルラ。そこまでだ。サンドラが目を回している」

「え、あああ!」


 グレイに注意されてようやくアレクサンドラを置き去りにして話していたことにぺルラは気が付いた。しゅんとしたぺルラにアレクサンドラは優しい笑みを向ける。


「わたしは専門的なことは全くわからないので……」

「そうだよね。この国の貴族女性の立ち位置を知っているのに、つい暴走しちゃって」


 悪い人ではないのだろう。

 ただ研究者であるから、自分の専門の話になると周りが見えなくなるだけで。


 ぺルラの話は不思議としか言いようがなかった。初めて聞く内容だからというのもあるが、別のものを見ているような、そんな違いを感じる。


 それでも。

 キラキラした目で好きなことを話しているぺルラはすごく輝いていて、アレクサンドラは自分の価値は何だろうと考えてしまう。


 貴族夫人としての立ち回りも結局は醜聞で終わった。後悔はしていないが、自分に何も残っていないことに漠然とした不安を覚えた。


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