表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アンスール・カデンツィア  作者: 借屍還魂
幼少期編
8/400

8.領地の視察

 ブラハードが張り切りすぎて先生を追い越しかけたり、途中で落ちそうになったもののどうにかミンガイルに到着した。人々が行きかう活気溢れる町である。


「さて、ここからは領地の勉強もします」

 護衛のうち何人かに馬を任せ、町の中を徒歩で歩くことになる。地面の感覚が懐かしく感じた。揺れていないとは何とも素晴らしいことである。

「カドガン領の特徴はなんでしょうか?」

 先生の問いかけに姉と二人で悩む。カドガン領は国境に面している訳ではないので、そこまで軍需産業は活発ではない。そして北側に位置するので作物も豊かというほどではない。ただ、王都から国境に面しているホーソーン領とランシー領に行く際には必ず通るので、宿などは多いのが特徴である。

「宿の利用が多い?」

「間違ってはいません。そこから発展させてください」

 つまり宿に関係があることということだ。宿で提供するサービスと言えば、温泉に食事偶にマッサージがついている気がする。

「食事ですか?」

 姉が先に答えてしまった。正解だったようで、先生は深く頷いた。そういえば、カドガン侯爵家の印章はエルドフルームニルの鍋である。北側に位置しており、作物が豊かではないため昔から狩猟が比較的盛んであり、国境沿いの領地に比べて食事をゆっくりととる余裕はあったため、肉料理が特に発展していったらしい。

「そういえば、食事には必ず肉料理があるような…」

 毎日の献立を思い出すと、特に鹿肉が多い気がする。猟で狩ったものだろうか。干した肉をスープに入れてあったり、焼いたものが出てきたりと色々あった気がする。

「干し肉は保存食になるので、他領によく売れるんですよ」

 先生が説明してくれる。つまり、特にホーソーン領とランシー領は戦いが厳しい時期は狩りをする暇もないので、砦などに貯蔵しておける手軽な食材は必要なのだろう。そこから、保存食づくりに力が入るようになり、次第に畜産なども行うようになったらしい。若干涼しくても育つ穀物種を人間が食べる為ではなく家畜の餌にし、南側の領地に肉を売り香辛料など此方で手に入らない食材を買う。そして味付けをした干し肉や燻製肉を北側の領地に売っているらしい。

 日本でいえば「天下の台所」大阪のような感じなのだろう。交易の際に必ず通る地理と料理に手をかけることができる軍事的環境が、結果的にグルメな土地を生み出したのだ。出身地のご飯が美味しいことは良い事である。食事は生きる上で欠かせないもので、記憶が戻った今、前と比較して食欲が減退する可能性も否めない。美味しく食べられるのが一番だ。

「今日は、庶民的な肉料理を食べます」

 丁度お昼御飯ですから、と先生は笑った。同時に姉と俺はガッツポーズをした。


 旅行者や商人が利用する、宿ではなく食事だけを行う大衆食堂に入る。レストランなど飲食店は珍しくない環境に生きていた自分と違って、姉は大衆食堂の利用は初めてのようで、店に入ってから忙しなく周囲を見回している。

「ねえ、たくさん人がいるわね」

 名前を呼ぶと身分が割れる可能性があるので、注意したうえで小さめの声で姉が話しかけてきた。先生からはお嬢様とお坊ちゃまと呼ばれることになった。

「そうですね、机も沢山ありますから、もう少し増えるかもしれません」

 現在は昼時より少し早い。そのことも相まって利用客は少なく感じるが、今までの貴族的な食事と比較すると、いつもの食堂よりも狭い場所に家族と給仕の合計よりも多い人数いるのだ。たくさん、という表現は正しい。大阪の某テーマパークには負けるが。

「注文しないと食事がこないのですね」

「そうですね、注文するので待っていてください」

 先生が軽く手を挙げて店員を呼び止める。注文をしているようだが、よく聞こえなかった。

「来てからのお楽しみ、ですよ」

 奥の調理場の方に意識を集中させると、肉が焼ける音、胡椒のような香辛料の香り、注文を指示する声など様々な情報が五感から入ってくる。姉も目を輝かせて調理場を食い入るように見つめていた。ふとした際の行動が一致するのは血のなせる業だろうか。

「あ、来たわ!あれかしら」

 大きな皿を持った店員が此方に近づいてくる。周りのテーブルには既に料理が届いているので自分たちの食事だろう。

「熱いのでお気をつけて召し上がってください」

 大きな鉄板の上に置かれた鳥の丸焼きのようなものだった。焦げ目はきれいについており、周りにはローズマリーのような香草が散らされている。上に黒胡椒がかかっていて、スパイシーな香りが食欲を刺激する。

「ナイフとフォークはないの?」

 テーブルには人数分の食器はなく、切り分けるための大ぶりなナイフが一本、そして各自が使用するお皿が一枚ずつあるだけだった。素手でかぶりつけ、ということなのだろうが貴族的な食事に慣れている身からしたら品がないかもしれない。

「これは食器を使わずに食べるんです、お嬢様」

「そ、そうなの…」

「取敢えず食べてみましょう、姉上」

 先生が切り分けてくれたので、姉は恐る恐る、自分は意気揚々と肉を手に取る。かぶりつくと肉汁が口の中にあふれて美味しい。香草は鳥独特の匂いを消すために添えてあったのだろうか。美味しいローストチキンである。家で出るものより簡素であるが素材の良い味が出ている。

「美味しいわ!」

「はい、とても美味しいです」

 ニコニコと姉と微笑みあう。最初の様子はどこへやら、姉はしっかりと自分の肉を食べ切った。


 食事を終えると、帰途につくことになった。どこが授業だったのだろう、と首を捻りつつ揺られていると先生が言った。

「これで、香草や料理に興味を持てましたか?」

 姉のためだったのか、と少し不服に思っていると先生が笑った。

「フローラ様だけでなく、フタバ様も、これで領地経営への興味は持てたでしょう?」

 実際に見てみることは大切ですから、と先生は言う。他の先生たちとの話し合いの結果、今日の特別授業に踏み切ったらしい。


百聞は一見に如かず、実際に見て回ることで、まだ馴染みのないこの領地を大事にしていける気がした。


次回の更新は6月13日17時予定です。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ