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アンスール・カデンツィア  作者: 借屍還魂
幼少期編
7/400

7.貴族の教育

6話の最後の一文が抜けていたため修正しました。

 王宮からの手紙は、カドガン侯爵家にとって重大なものであった。王子の側近候補となるためには、通常の貴族子弟よりも知識や技能、伝手が求められる。つまり、現在の教育では間に合わないのだ。

「……少し待っていなさい」

 父であるカドガン侯爵は手渡された手紙を確認した後に、何枚もの書状をしたため姉と自分には新たな家庭教師がつけられた。


「ねえフタバ、ケイトだけでは駄目なのかしら」

 新しい家庭教師たちによる授業が始まって一週間、姉のフローラはそう尋ねてきた。ケイトは乳母であり、今までは礼儀作法や文字の指導も全てケイトが行ってきた。

「ケイトは、お辞儀の仕方も、文字の書き方も、何でも教えてくれるでしょう?」

「そうですが…」

「なら、新しい人より、ケイトがいいわ」

 他の貴族女性に必要とされる教育は母親が行っていたので、急に完全な他人が教鞭をとるのは慣れないのだろう。子供らしい人見知りも、その発言の中には含まれているのかもしれない。

「専門知識が必要なのでしょう」

「でも…」

 ケイトは優秀な乳母で、礼儀作法にも詳しいが領地経営や社交界での細かな役割まで教えることはできない。母も料理や詩は得意らしいが、全ての範囲を完全に教えることはできない。

「姉上の嫁入り修行はケイトが一部受け持ちでしょう?」

「えぇ、でも、他の方の授業が多いのよ」

「仕方ないですよ」

 刺繍や字の練習は馴染みの顔が担当なだけいいと思う。他にも乗馬、料理、チェス、ダンス、歌、詩と歴史の教養の勉強など、それぞれに講師がついているので窮屈な気持ちはわかる。しかも講師となる女性は、他の貴族の成人女性なので家のためにも失態を晒すわけにもいかないのだ。

「失敗してしまったら、どうしましょう」

「大丈夫です、同じ失敗をしなければいいんですから」

 通常は七歳から教育が始まるが、自分は側近候補に選ばれたことにより一年繰り上げて勉強を始めることになった。因みに男子は馬術、マナーは勿論水泳や武術、政治や算術に天文学も学ばなければならない。文法などの文系科目は兎も角、転生しても理系科目から逃れられない現実に気が遠くなりそうだ。だからと言って武術などは全くできないが。

「歌も、昔はお母様に習っていたのに、急に有名な元歌姫になったのよ?」

「有名な方でしたね」

 確かに、姉は今までの教育課程が厳しくなったのは事実だ。恐らく、伝手を広げるために政略結婚する家の格が予定より上になったのか、それとも婚約を早くするのか。

「まあ、明日は馬術の授業で領内の町まで行きますし、悪いことばかりでもないでしょう」

「それは楽しみだけれども、やっぱり少し疲れたわ」

 そう、明日は馬術での遠乗りの練習がてら、領地の実情を把握するためにも城壁の外側にある町まで行くのだ。異世界とはいえ町の構造は中世ヨーロッパに近く、領主の城とその城下町は城壁の内側に、その外側に農村や港町がある。

「交易拠点ですし、何か面白いものがあるかも」

「見て回る時間があればいいけれど」

 今回は舗装された道で交易拠点の町、ミンガイルを目指す。一週間でどうにか振り落とされずに乗れるようになってきたので、先導されつつ長距離乗ることに慣れる練習をすることが目的だ。

「それに、フタバが途中で落ちないかが心配だわ」

「それは…、先生が助けてくれるでしょうし…」

「それもそうね」

 姉に比べて馬術の練習を始めたばかりなので自信はないが、習うより慣れるしかなさそうなので諦めて一緒に参加するが、自転車に乗れても馬には乗ったことがなかったので悪戦苦闘している。そして体幹保持のために腹筋が痛くなるのでしんどい。楽しみだといえる姉はすごいと思う。

「今日は、早めに休んだほうがいいですよ」

「そうね、そうするわ。ありがとう、フタバ」

 明日は身体的にはもっと疲れるだろうから、と姉に勧めると珍しくそのまま提案が受け入れられた。どうやら本当に疲れているらしい。次の社交シーズンの始まりまでほぼ丸一年ある自分と違い、姉の教育は随分と詰め込まれているような気はしたが、そもそもの常識が分からないので何も言わなかった。


 朝が来ない夜は存在しないわけで、一晩明けて今日は馬術の授業である。比較的運動のしやすい服を着て、朝食の後厩舎に向かうと既に教師である赤毛の男性が待っていた。先生に連れられて今日の馬と対面する。姉の馬は現在7歳の茶色い馬、自分の馬は黒い5歳の馬で、自分たちの髪の色に合わせたらしい。

「真っ黒だ…」

「仲良くなれそうですか?」

「はい!」

 馬との信頼関係の構築も重要なのでこれからは同じ馬に乗り、世話も授業で行うとのことだ。自分の相棒となる馬はきちんと自分で面倒を見る、というのが大事らしい。

「名前をつけてやってください」

「わかりました」

「はい」

 どうやら名付ける所からが今日の授業のようだ。これまでの馬は練習用の訓練された老馬だったらしい。道理で大人しかったはずである。それに比べて、この馬は鼻息も荒く、大変健康そうに感じる。

「じゃあ、ブラハード。よろしく」

「良い名前ですね」

「気に入ってくれた?」

 そう言って撫でてやると、嬉しそうにすり寄ってきた。目も黒く丸く潤んでいて可愛い。今日からお前が俺の相棒だ、ブラハード。艶々の黒いたてがみに見劣りしないように俺も髪の手入れはきちんとすることにするよ、と心の中で誓う。

「イーノルド先生!私、準備できましたわ」

「二人とも早いですね」

 姉が講師に楽しそうに宣言する。そうか、馬術の先生はイーノルドという名前だったのか。全く覚えていなかった。姉の好みの系統の顔であるし、若い先生なので覚えていたのかもしれない。貴族女性は娯楽が少ない反動で大抵ミーハーなのだ。

「それでは出発します。ついてきてくださいね」

「フタバは無理をしないようにね」

「大丈夫ですよ、姉上」

 イーノルド先生が先導し、姉が続きその後ろにつく。どうせ後方に護衛もいるので多少遅れても問題はないが、次に旭に会った時馬術で圧倒的に負けていたら立ち直れないので必死についていく。男には見栄を張りたい時があるのだ。

「ブラハード、一緒に頑張ろう」

 小さく、独り言のように呟いたつもりがブラハードには聞こえていたようだ。結構はっきりと。ブラハードは力強く嘶き、更に速度を上げ始める。

「ま、待って、もう少しゆっくりでもいい!」


 新たな相棒の力強さと、衝撃を受け下半身が麻痺してく感覚を感じながら、強く揺さぶられた視界は徐々に白くなっていった。


次回の更新は6月12日17時予定です。

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