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アンスール・カデンツィア  作者: 借屍還魂
幼少期編
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6.合否の通知

 お茶会から暫くしたある日、カドガン侯爵家宛てに二通の手紙が届いた。一通目はホーソーン伯爵家から、もう一通は王宮から出されたものだ。

「…ホーソーン伯爵家からは兎も角、王宮からも?」

 フタバはそう思いつつも、その二通の手紙を自室に持ち帰ることにした。


 ホーソーン伯爵家特有のスヴェルの盾の印章が捺されているそれは、旭が書いてくれたものである。もう一通は王家の印章で、石に刺さった聖剣が表されている。

「聖剣って、国家危機にしか抜けない王家の象徴なんだっけ…」

 建国王は、この剣で魔物を倒し、この地を安全にした。そして、救国王は石に刺さったこの剣で国を襲った竜を退けたという、伝説の剣である。

「王様と剣って、セットが多いよね」

 呟きつつも、王家からのものは要件も見当がついているうえ、印章の色からして緊急のものではなさそうなので後回しにする。

「急ぎじゃないなら見たくはないからな…」

 緊急なら紫の蝋が使われているはずだ。今回はどちらも赤い蝋が使われているので緊急性はないものだとわかる。

 アサヒからの手紙を丁寧に開き、声に出して文章を読む。

「挨拶が遅れて申し訳ありません、理由を説明し手紙を出すまで時間がかかりました」

 最初の二行に目を通し、気付いてしまった。『あ』いさつ、に『り』ゆう。縦読みすると文章が出てくるという古典的な遊びである。できるだけ不自然な改行にならないように気を付けているのが分かる。旭はこのような言葉遊びが好きだった。

「これは、返事を頑張らないと拗ねるな」

 元々、この遊びを教えたのは自分であり、実践して思い出したことを伝えたかったのだろう。年の近い男に手紙を出すことを変に勘ぐった家族に手紙を検閲される可能性を考慮して、かつ記憶が戻ったことを伝える有効手段だ。ただ、縦読みしたところで出てくる文章は『ありがとう』である。

「次からは…、お、な…、文章になってないな」

 最初の五行で用件を伝えることはできているので、その後は普通の手紙になっていた。お茶会の後、何故か中央神殿からミサへの誘いが来たこと、近々用事があるのでカドガン侯爵家を訪れること、兄に習って馬に乗る練習を始めたこと、武術で学ぶ武器を決めきれないことなど、内容は盛りだくさんだった。

「情報量がかなり多いんだけど…」

 隣の領地とはいえ通常なら手紙を出してから相手の手元に届くまでは丸一日はかかる。早く返事を出さないと次の手紙が来てしまいそうだ。

「姉上に令嬢に送るのに相応しい紙を貰おうかな」

 ざっくりと返事に何を書くかメモを作る。こちらの家に来るのを楽しみにしていること、武術の練習では無理をしないでほしいこと。メモを取りつつ手紙の最後の行に辿り着く。

「は?」

 最後の行には、若干インクが滲んだ字で書かれていた。

「王宮から手紙が届いた?」

 王宮から、手紙が届きました。同じものがそちらにも送られていると思います。手紙は、その文章で終わっていた。


 旭から送られてきた手紙の最後の文章を読んで、最悪の予想が頭の中によぎった。嫌な予感を振り払ってくれることを期待しつつ王宮からの手紙の封を切る。

「……後で謝ろう」

 本来ならば父に宛てられたものであるが、自分も関係しているので注意されるだけで済むだろう。

「こういう文章、本題までが長いんだよな…」

 無駄に長い折々の挨拶を斜め読みし、本題の書き始めを探す。差出人は王妃様、内容は先日のお茶会について出席したことを感謝するもの、そして、数人の貴族子女を王子の側近候補又は婚約者候補として来年から社交シーズンの間王宮で教育することのお知らせであった。

「つまり、第一試験の合否発表、てことか」

 自分の子供が側近候補や婚約者候補に選ばれなかった貴族たちに諦めさせる意味でも書いているはずだから、参加した者すべてに送られているだろう。それだけで旭が手紙の最後に書くとも思えないが。

「……もう一枚、なんか入ってる」

 同封されていたもう一枚の紙は、カドガン侯爵家嫡男フタバ殿、と書かれた王宮での勉強会への招待状だった。旭も運悪く婚約者候補に残ったのだろう。家柄的に微妙なため、お茶会の時に目をつけられたと考えたほうが自然である。

「そんなに目立つことはしてなかったと思うけど…」

 問題児と認定されていたら速攻で候補から落とされているだろうから、なにかしらの長所が評価されたという点では悪いことではないのだが。お茶会のことを思い出しているうちに、そういえば王子が俺の発言の後、微妙な表情をしていたことを思い出す。

「と、なると、俺が旭を巻き込んだ?」

 旭は特に問題を起こしていない筈だ。それこそ、誰が見ても大人しい令嬢に見えるくらい。

「王子の問いかけにも、俺が代わりに返事したし…」

 王子の言動から指名されたのは自分であり、旭は一緒に派閥に取り込んでしまおうと思われたのだろうか。態度から旭に肩入れしていることは分かってただろうから、おそらく原因は自分である。

「ごめん旭…」

 落ち込みながらもう一度旭からの手紙に目を通すと、追伸として候補には選ばれたものの数合わせであると考えられること、貴族院に入る前に教育を受けることができるのは安心だと書かれていた。自分が落ち込むことを見越して書いているのだ。

「旭には敵わないな」

 せめて、一緒に勉強するのを楽しみにしていると言っている旭の期待を裏切らないようにしよう。決意を新たに王宮からの手紙を父に、旭に手紙を書くための紙を姉上に貰いに部屋から出た。


 大量の手紙に手を塞がれた状態で、ゆっくりと廊下を歩く。

「姉上、ついでに雑用押し付けたな、これ」

 部屋が近かったので先に姉のフローラの部屋によると、父上によろしく、と大量の手紙をまとめて渡された。お茶会で王子との接触こそしていないものの年の近い貴族子息とはお近づきになれたらしい。

「王子と年が離れてる子供も、呼ばれた意味はあったのはわかったけど…」

 手紙の殆どが縁談だと笑っていた。縁談は親が決めるものなので、読む必要がないという主張は理解できるが弟に運ばせるのは違うと思う。本人は便せんを選んであげた正当な対価だと主張していたが。

「父上、いらっしゃいますか」

 三回ノックの後呼び掛けると入室の指示がでる。大量の手紙を見て若干眉間に皺を寄せたが関係なしに手紙を机に置く。

「フローラの縁談か」

「そのようです」

 関係ないので私はこれで、と退室しようとすると止められた。その手が持っているのは王宮からの合格通知であった。持つときは一番下にあったので、完全に油断していた。

「既に封が空いているのだが」

「私宛かと思ったので、開けてしまいました」

 次からは気を付けるように、と低い声で釘を刺される。やっぱりお叱りはあったか、と若干反省しつつ部屋を出る。扉が閉まる直前、背中に声が掛けられた。

「まあ、よくやった」


 初めての誉め言葉に、胸が少しだけ温まる心地がした。


 親からすると良くやった出来事でも、俺からしたら失敗なのだが、単純に評価されたことは嬉しかったのだ。

次回の更新は6月11日17時予定です

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