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アンスール・カデンツィア  作者: 借屍還魂
幼少期編
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5.選考の裏側

 お茶会終了後、王妃の賜る宮の一室にて。第一王子セドリックは本日のお茶会について話し合う為、母親に呼び出されたのであった。


 部屋にセドリックが通され、侍女が二人分のお茶を用意する。向かい合って座り、セドリックが一口紅茶を飲むと、王妃は小さく手を振り、人払いをした。

「気になる子はいた?」

 王妃は実の息子の前だからか、少し砕けた口調で問いかけた。その手元には本日参加した貴族たちの情報を記した書類が束ねられている。

「はい、母上。何人かはいました」

 セドリックは母親の手元を少し確認したのちに、困ったように笑った。手元の書類が何を意味しているか、わかったからである。

「それで、誰が気になったの?ああ、サティ達は数に入れないでね」

 サティや、テーブルまで移動の催促をしに来た青髪の男子、ユーリスは既に側近候補として内定している。お茶会の前に決定していることなので、改めて評価する必要がないからである。

「わかっています」

「一応聞いておくけど、外してほしいってことはない?」

「ないですよ」

「そう、よかった」

 王妃にとって彼らは20年前の国家危機に立ち向かった仲間の子供であり、友人の子である。信用しているし、子供同士が仲が良い事は喜ばしい。

「今回のお茶会で様子を見たけれど、どの子を選んでも問題はなさそうよ」

 危険分子はいなかった為、残りの選考基準はセドリック個人との相性だけとなる。相手に嫌われていれば忠誠を得るのは不可能であるし、セドリックが信用できると思える人物でなければならない。

「では、後は…」

「あなたが信用できるものを選びなさい」

 だからこそ、最後は本人に決めさせるのだ。セドリックは、考えている途中に、頭の中に浮かび上がった二人の名前を口にした。

「側近の候補に、カドガン侯爵家嫡男と、ストックデイル侯爵家三男を」

「ストックデイルは分かるけれど、カドガンは何故?」

 ストックデイル侯爵家は、国内派閥の中でも現国王たちと同派閥の王権派である。政治的にも年の近い三男を味方にしておくことは重要だろう。

「嫡男だからという訳ではないんでしょう?」

「はい、理由は別にあります」

 しかし、カドガン侯爵家は一応王権派といえども中立の立場を示している。どうしても側近に置く必要性はないのだ。

「その理由は?」

「随分頭が良さそうだったので。クッキーから産地を当てていました」

「先に捕まえておきたいのね、わかったわ」

 王妃は手元の羊皮紙に何かを書き込んでいく。セドリックはその様子を満足そうに眺めていた。書き物が終わると、王妃は紙の束を半分ほど纏め、机の端によけた。


 手元に残した半分の紙の束を整理しながら、王妃はセドリックに向き合い、真剣な表情で言った。

「側近はもういいわ。次は、婚約者候補だけれど」

 自分で言った後、王妃は少し黙った。小さく息を吐きだし、セドリックの両手を取った。そして、小さくごめんなさい、と呟いた。

「私が言えたことではないけれど、ある程度の家柄がある子でないと許可できません」

「わかっています」

 王妃は元々宮中伯の家系だった。しかし、20年前の国家危機での活躍が認められたこと、また当時の現国王が第三王子だったことから正室になることができた。

「家柄だけを見るわけではないけれど…、低かったら、苦労するのは相手です」

「母上…」

 その後の神によるお告げで現王に譲位が行われた後、政治的な問題や禍根は残らなかったものの、王妃はセドリックを産むまでに苦労したらしい。

 親子二世代に渡って国内事情を余り鑑みていない結婚をするわけにもいかない。王妃の言葉は、息子を王族として扱った発言だった。

「候補は5人程度残すわ。18の貴族学校の卒業時に正式に発表する予定よ」

「18歳…、その時、選ばれなかった方はどうなるんですか?」

「側妃になるか、側近候補をはじめとした、臣下に嫁ぐか…、場合によるわ」

「そうですか…」

 国内の事情が変わる可能性もあるため、候補を減らしすぎるのも良くない。王子の婚約者候補に選ばれていれば、正妃になれずとも側妃候補の筆頭であり、他の貴族からも引く手あまたであるから18歳までは正式決定しなくてもなんとかなるらしい。

「取り敢えず、ボイエット公爵家、ランシー侯爵家、ファラデー侯爵家が候補ね」

「……あまり聞かない家名ですね」

「貴方は普段、中央貴族としか関わる機会がないからでしょう」

「地方の貴族なのですか?」

「そうよ…、選んだのには、他の理由があるけれど」

 ボイエット公爵家とファラデー侯爵家は国教派、ランシー侯爵家は軍事派の家である。どうやら妃候補は別派閥から選び、懸け橋とする予定のようだ。

「王権派の家は男の子ばっかりなのよね」

 あまりにも同世代で家柄の釣り合う女子が少ないのか、王妃は本日のお茶会の参加者リストをセドリックに手渡した。残りは、セドリックが良いと思う人を選べという事だろう。

「…一応、横に爵位は書いてあるから」

「わかりました」

 伯爵家以上ならギリギリ釣り合うらしい。簡単なプロフィールを斜め読みているうちに、青の目がある一点で止まった。

「母上、こちらの家はどうでしょうか」

 それは、侯爵家の一つ下の欄。伯爵家の中で一番大きな家だった。

「問題はないけれど、気になる所でもあったの?大人しい子だと思ったけれど」

「いえ、カドガン侯爵家の嫡男がとても気に掛けていたので」

 セドリックが指し示したのはホーソーン伯爵家。北の国境付近を治める中立に近い軍事派の辺境伯爵家である。実際の領地規模だけでいうと下手な侯爵家よりも影響力があり、国境防備にあたっている為保有する軍も精強である。

「…そう、この子、サティと同じテーブルにいたのね」

「はい、よく似た色合いでした」

 王妃は、改めてホーソーン伯爵家の資料を見る。カドガン領とは隣接しており、それぞれの長男と長女の婚約が噂されている。なので、カドガン家の嫡男が気に掛けていても不思議ではない。

「気に掛けている令嬢が私の傍にいれば、側近の話も受けると思いませんか?」

「確かに、受ける確率は上がるでしょうね」

 随分とカドガン侯爵家嫡男を気に掛けるセドリックに王妃は疑問を残しつつも、息子の提案を受け入れた。

「セドリック、他に何か理由はあるの?」

 王妃は、ずっと胸元のペンダントを握っているセドリックに問いかけた。何か思うことがあると、ペンダントを触る癖があるのだ。

「あの二人がいると、なんというか、握っているところから、温かくなるような気がするんです」

 セドリックが触っているのは、王妃が5歳の祝いの品として渡した水晶のペンダントであり、普通のものではない。珍しい相手と関わることで体温が上昇したのか、それとも、ペンダント自体が発熱したのか。

 王妃の脳内に、二つの可能性が浮かぶ。

「……そうなの?」

「はい。本当に、じわじわと、あたたかいんです」

 王妃はセドリックの言葉を聞いて暫し思案した。

「母上?」

 そう声をかけられ、ハッと我に返った王妃はセドリックに笑顔を向けて言った。

「そのことに関しては私が聞いておくわ。二人にも打診しておくから安心しなさい」

「はい、母上」

「陛下にご用事ができたから、私は行くけれど。一人で戻れるかしら?」

「大丈夫です」

 セドリックが返事をすると、王妃はすぐに部屋を出ていった。その後ろ姿を見送りつつ、セドリックも自身の部屋へと戻り始めた。


 この時、セドリックは勘違いをしていた。フタバとアサヒが候補に残された理由は、その将来性によるものであると。ペンダントに熱を感じたのは、自身が彼らを気に入ったからであると。


次回更新は6月10日17時予定です。

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