400.扉の先は
様々なことがあった二年生の一年間に比べて、最高学年である三年生の期間は短く感じた。貴族院での授業は専門性を増し、過半数は選択授業となったので全く顔を合わせなくなる相手も多かった。
行事の準備などは、一学年下の第二王子殿下とその側近が中心となって行うようになり、俺達は各自の能力を伸ばすこと、また、俺は王宮図書館、サティは神殿、ニールは魔導士塔、ユーリスは王宮の文官棟、アサヒは何故か騎士団で所謂インターンをしたりするうちに、あっという間に卒業式の日になってしまった。
「卒業式も、去年と違って何事もなく終わったし、なんか、拍子抜けしたな……」
「魔導士とかだったら移動魔法で出て来られそう」
「魔導士塔の最上部は魔法が使えないから出られないし、早々次があってたまるか」
「今回は僕が仲間外れにされることもなくて良かったよ」
「もはや自分で言うようになったよね、ユーリス」
俺、アサヒ、ニール、ユーリス、サティで話ながら卒業式の会場を出る。因みに、アサヒのエスコートをしているのはニールである。結局、ニールを超える条件の男はいなかった為、貴族院在学中は暫定的に婚約者と言うことになり、この後、家族会議が行われるらしい。
「ユーリスはすぐ帰る?」
「その予定で馬車を呼んだよ」
「僕達との別れを惜しむ時間は?」
「どうせ王宮で顔を合わせるだろう……」
「明日は私達も呼ばれてるお茶会の日だね」
全員、王太子殿下の側近なのだ。招集が掛かればすぐに集まることになる。それを抜きにしても、王宮ではかつての婚約者候補も誘ったお茶会が定期的に開催されている。そのため、卒業と言う特別感もあまり感じることなく貴族院から立ち去ったのだった。
卒業式から二日後、去年の今頃は医務室から一歩も出ることなく必至で魔術道具を握りしめていたころ、俺は、全く別の理由で屋敷の私室から一歩も出ることができない状況にあった。
「一年間、結局、婚約者ができなかったことは申し訳ないとは思ってる……」
アサヒの婚約は正式に決定し、次はお前だぞ、と両親や姉上、更にはアレックスにまで言われてしまった。確かに、もう卒業するというのに、候補も決まっていないというのは中々に世間体が悪い。
「昨日のお茶会でも、散々言われたから、本当にやばいなとは感じてる……」
王太子妃であるサナエ嬢主催のお茶会では、卒業したばかりの俺達の話題が中心となった。実は昨日の解散後にサティの婚約が決まっていた話とか、ユーリス達の今後の予定とか、そんな話の最後に俺が相手がいないことを危惧する言葉を何度か投げかけられたので、結構不味いのではないかと思い、今日から頑張ろうとは思っていたのだ。
「だからと言って、ここまでする……?」
だが、俺が行動するより前に、心配した姉上から先程渡された手紙の山を見て、ため息が出た。俺から精力的に動いたことはなかったが、セドリックの側近に正式に決まっており、かつ侯爵家の血を引く俺はそれなりに魅力的な物件らしい。代り映えのしない文面の手紙たちに渋々目を通す。
「王太子殿下の側近に抜擢のこと、まことにおめでとうございます……、はいはい」
殆どの手紙は、予想の通り、当たり障りのない挨拶や俺を褒めるような内容で、最後は前向きにご検討ください、と締めくくられていた。面倒になってざっと手紙の差出人だけ見て、内容は流して読んでいく。
「あ」
そんな中に、一つだけ、良く知った名前が記されているのを見つけた。その人の名前が紛れ込んでいることがあまりにも意外で、俺は思わず差出人の名前を二度見してしまった。
「字、綺麗だな……」
幼い頃からの練習の賜物である、美しく整った丁寧な文字。インクや紙も、質のいいものを使っていることが分かる。久しぶりに目にした見知った文字に、なんだか少し心が穏やかになる。椅子にきちんと座り直して、アサヒ特製のペーパーナイフで封を開ける。
「それにしても、彼女が婚約者がいないとは思えないんだけど……」
姉上のことだ、女性の名前で書かれている手紙は全てまとめたのかもしれない。中を見ると、季節の挨拶から始まる至って普通の近況報告、友人に出す手紙と同じ内容だった。
「……混ざったのかな?」
近況報告をするほど会っていない訳でもないが、まあ、手紙ならではの話は読んでいて楽しいものだ。やっぱり間違いか、それでも、久し振りに穏やかな気持ちになったな、と最後の行に目を通す。
「ん?」
最後の行には、今日、此処に訪問することが記されていた。
「え?」
耳を澄ますと、窓からは馬の嘶きが聞こえる。音の方角と、音が段々と大きくなっていることから、今から出発するのではなく、来客が着たことが分かる。
「姉上、態と混ぜたな。と、なると、さっき手紙の束を渡したのも計画内か!!」
貰った手紙の山を順番に読んでいって、今、一番下に置いてあった手紙を読み切ったところだ。手紙を読む時間と、順番を態々変えないであろうことを見透かした上で、先程手渡してきたのだろう。
「ああもう!!」
文句を言いながら、俺は自室から飛び出し、応接室に向かって走り出した。
屋敷の長くもない廊下の先の扉を開くと、そこには笑顔を浮かべた手紙の差出人の姿があった。
その人の笑顔を見て、俺は、言おうとしていた文句も全て頭から飛んで行って、ただ笑顔を返すことしかできなかったのであった。
本編終了です。400日間お付き合いくださりありがとうございました。
フタバの話は終わりですが、別の視点でこの世界の話は続く予定です。
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追記・次回(関連作)更新は7月10日17時予定です。
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