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アンスール・カデンツィア  作者: 借屍還魂
卒業編
399/400

399.年度の終わり

 王妃様との会議が終わり、時間も遅くなっていたので寮に帰ることにする。アサヒと別れ、男子寮に入ると、入り口付近の談話スペースに、ニール、サティともう一人、見慣れない人物がいることに気が付いた。

「……珍しいですね、ラング子爵」

「会議中の応接室付近の見張り役が終わった後、ニールに呼び止められた」

「本当に珍しいね」

 堂々とソファに腰掛けていたのは、竜騎士団長であるラング子爵だ。国王陛下と王妃様の移動は魔法で済むので道中の警護は不要、とはいえ、会議中は一応騎士団が応接室付近を見張っていたようだ。王宮に戻れば王宮騎士団がいるので、今日は会議が終われば業務終了だったところを、ニールに呼ばれ寮まで来たようだ。

「ご令嬢の方に行かなくていいんですか?」

「……リュシーなら、暫く話しかけるなと言われた」

「あぁ……」

 自分と同じ歳、正しく言うと、自分より数か月生まれたのが早い異母兄がいるという事は、中々許せることではなかったようだ。ついでに、さらに夫人に頭が上がらなくなったらしい。その辺りは、全面的に子爵が悪いので放っておくことにする。

「ニールが子爵に用事って、内容一つしか思いつかないけど……」

「その通りだ。今日リュシーから聞いたが、アサヒの婚約者候補に俺を挙げたらしいな?」

 本日あった出来事を振り返って、ニールが子爵に確認したいようなことは、それしかない。ニールは子爵に詰め寄って聞いた。赤色の瞳が攻撃的な色に見えたのは気のせいだろうか。

「父親に対する口調か?それ……」

「あんたのことは敬ってないからな」

 バッサリと言い切られ、子爵は半ば落ち込んだ様子で説明を始めた。元々、令嬢の方から相談を受け、アサヒの婚約者に相応しい騎士団員がいないかは探していたらしい。そして、令嬢との会話中、丁度魔導士長様から月に二回の食事の誘いが届いてしまったらしい。

「リュシーは母親に似て勘がいいのか、何故魔導士長様から招待が来るのか、問い質してきてな……」

「女性特有の勘って、結構当たる時多いよね」

「そうだね」

 そして、子爵夫人に手紙のことを報告、夫人も疑念を抱いたのか、食事会のことを聞くと偶には招待する側に回ればどうか、と言ったらしい。そして、子爵が今回は魔導士長様だけを招待しようと思ったら、当日、ナーサリーさんとニールも子爵邸に訪れたらしい。

「手紙で魔導士長様だけを招待する、と送った筈だったんだが……」

「夫人から、いつも食事会をなさっている方全員でお越しください、と送られてきたからな」

「一枚上手だね」

 馬車から三人が降りてきた瞬間、子爵が泥沼を覚悟したらしい。が、ナーサリーさんは馬車を降りると即座に夫人に事情説明し、謝罪。夫人も子爵とは契約結婚なので気にしていない、とあっさり謝罪を受け入れ、令嬢に継承権があることを確認すると、すぐに意気投合したらしい。

「ナーサリーは元々、結婚当時に祝いの言葉もくれていたし……」

「夫人の方も、本命がいるとは思っていたが、子供がいるとは思っていなかった、とだけ言っていた」

「筒抜けだったんだね……」

 その後、子爵にとっては針の筵な食事会で、令嬢とニールも父親の愚痴を共有する形で意気投合。家族と言えるかはわからないが、互いにいい関係を築いていけるとは思えたそうだ。

「食事会が終わる頃には、ニールも正式に子爵家の一員と認めることにしたんだが……」

「権利と財産分与の話が終わったから、俺とおじい様は先に馬車に戻った」

 ナーサリーさんは夫人ともう少し話をする、という事で遅くなったらしい。どうやら、その時に令嬢がナーサリーさんにも意見を求めたところ、ニールの名前が出たそうだ。

「ナーサリーがアサヒ嬢を予想以上に気に入っていたようでな。ニールではどうだろう、と聞かれたんだ」

「聞いていない」

「魔導士長様からはすぐに知らせが来たから、帰りの馬車で話していると思ってたんだ」

 ナーサリーさんは失踪したりしていたので、ニールの結婚等に関する責任者は魔導士長様。子爵だったとしても、どちらも承知していたようだから手続き上の問題はない。

「一応、話し合ったんだが、一番条件に合致するものだから」

「そこの話をしている訳じゃない」

 そう言うと、ニールは先程までの攻勢とは打って変わり、黙り込んだ。恐らく、ニールは家族内で自分だけ情報が共有されていなかったことを気にしているのだろうが、感情の機微に疎い子爵は気付きそうにない。

「……事情は理解した、もういい、引き止めて悪かった」

 ため息を吐いて、ニールは部屋へと戻っていく。子爵は慌てて呼び止めようとしたが、サティがそれを制した。

「直ぐに次の食事会があるでしょう?理由が分からないのに呼び止めた方が怒りますよ」

「だが……」

「混乱してるだけですし、ニールは大丈夫。本気で嫌いなら、声掛けないと思うので」

 そうして、サティは子爵を寮から追い出した。扉が閉まった瞬間、階段から足音が僅かに聞こえてきて、俺とサティは顔を合わせて笑ったのだった。


 この一年で変わったことは多い。変わらないことも多いけど。節目である今は、考えることが必要な時というだけだ。俺も、アサヒも、みんなも。

次回更新は7月9日17時予定です。

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