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アンスール・カデンツィア  作者: 借屍還魂
入学編
31/400

31.反省の男子会

 キッドマン子爵令嬢は、大きく息を吸った後、全力でマーカスに向かって叫んだ。気持ちはわかる。今日が初対面で、しかも親の意向の確認も何もなくいきなり求婚するなんて、馬鹿以外やらないだろうから。

「第一ですよ、私、子爵家です。侯爵家となんて釣り合いません」

「その辺りは、こちらがいいと言えば、問題ないと思う…」

「侯爵家に釣り合うだけの、教育なんて受けていません」

 そこには言い返せないのか、マーカスは黙った。流石に幼少から、次期王、第一王子の婚約者候補だというだけで王宮に集められ、毎日マナーの稽古や言語・歴史の勉強を詰め込まれてきた女子たちを見ているからである。

 王家とは比べられないが、一応マーカスは侯爵家。爵位持ち同士と言えど、領地を持つ伯爵から上とその補佐となる男爵・子爵、さらに下の階級となる騎士の間の差は大きい。彼女は、領地を持つ夫の支えとなれるような教育は全く受けていないのである。

「………すまない、失言、だった」

 しょんぼりと下を向いたマーカスの手を、彼女は振りほどいた。マーカスは動かない。流石に心が痛んだのか、彼女は若干戸惑いながら声をかける。

「別に、良いですけど、不用意な発言は、控えた方がいいですよ」

「あ、ああ!ありがとう、ミナト嬢!」

「急に元気にならないでください!」

 マーカスは、良くも悪くも素直である。そして、一度それを知ってしまうと、悪気がないことが分かっているのでむげに扱うこともできなくなるのだ。


「天然って怖いよね」

「怖いですよねえ」

 独り言のつもりだったのだが、隣に移動していたミフネ嬢が相槌を打ってきた。正直急に視界に入って来たのでびっくりした。

「さて、アサヒさん。アイリーンさんにも言われましたし、行きましょうか」

「はい。じゃあ、フタバ、私少し行ってくるね」

 ミフネ嬢は何故かアサヒを連れてマーカスの方へ歩き始めた。マーカスはすぐに近づいてきた二人に気付き、話しかけたがミフネ嬢が何かしらを言うと、再び停止した。ちょっと話しかけている方向的にも全然何を言っているのかはわからない。

 ミフネ嬢がマーカスを追い払うようなジェスチャーをすると、ずぶ濡れになった子犬の幻覚と共にマーカスは戻ってきた。

 一方でミフネ嬢とアサヒはキッドマン子爵令嬢を取り囲み、両側から挟み込むように並んで歩いてどこかへと去っていった。

 去り際にアサヒはこっちを向いて少し手を振った。振り返したら笑顔を向けてくれた。後ろを見ると、サティと王子も手を振っていた。今の、俺に振ったと思うんだけど。


「マーカス」

 女子が完全に見えなくなると、ユーリスは低い声で名前を呼んだ。若干気まずそうに顔を上げたマーカスと目が合うと、ため息をつき眼鏡を押し上げた。

「な、なに?」

 恐る恐る尋ねるマーカスに対して、既に堪忍袋の緒が切れているユーリスは早口で一気にまくしたてた。

「何じゃない!家と、王家の許可も取らず何勝手に求婚してるんだ!お前は第一王子の側近候補で、未来の騎士団長候補なんだぞ?キッドマン子爵令嬢が良識があったからいいものの、言質を取ったからと無理やりにでも婚姻が勧められたらどうするんだ?彼女がいい人だからって、親族の調査もしてないんだぞ、軽率な行動はよせ!僕たちにも、お前の家にも、それに彼女にだって迷惑かけるんだぞ!」

 ユーリスが言っていることは全面的に正しい。他の面子も頷きながら聞いている。マーカスは体を縮ませて、俯きながらでも、とかぼそい声で言った。

「でも?でも何だっていうんだ?」

「こら、ユーリスも言い過ぎだよ。マーカスも、ちゃんと反省してるでしょう?」

 小さな言い訳にも勢いよく噛みつくユーリスに、やりすぎだと王子が窘める。ユーリスも言い過ぎの自覚はあったのか、反論はしなかった。

「……考えなしだった、すみませんでした」

 真面目に謝られると、これ以上怒る気はなくなったのかもういい、とだけユーリスは言う。結局ユーリスも王子もマーカスには甘いのだ。男子の中で最年少だからという理由もあるだろう。

「それにね、マーカス。私もユーリスも、誰かを好きになったり褒めることは止めないよ」

 ただ、その思いが叶うとは限らないだけで。家のために違う人と結婚することになっても、かけがえのない思い出になるなら、それはそれでいい事だと思う。

「ねえ、ユーリス」

「え、あ、そうですね。別に、問題さえ起こさなければ…」

「ありがとうございます、殿下」

「別に、他の皆も学生の間くらい恋愛しても私的には構わないのだけどね」

 おっと、急にこっちに流れ弾が飛んできた。もしかして、王子は冗談を言っているのだろうか。確かにアサヒ達婚約者候補と違って、側近候補は誰と恋愛しようが婚約しようが不利益にならないならいいのだ。

 恋愛という言葉への反応は様々で、サティは素敵な子がいたら、と笑い、ニールはあまり興味がないと答え、ユーリスは顔を真っ赤にし、モミジはそうですね、と考え込んだ。俺は見守る方が好きだからな、と思うだけだった。


「じゃあ、今から反省会とかしようか」

 その一言で、女子会ならぬ男子会が行われ、王子からそれぞれ探りが入るのだった。俺は他人の新たな恋の予感を感じて楽しかった


次回更新は7月6日17時予定です。

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