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アンスール・カデンツィア  作者: 借屍還魂
アサヒ編
229/400

229.受け継ぐ家訓

 放課後、普段なら静かなはずのヴィヴィア先生の部屋の扉を叩く。ノックをして、俺達が名乗るよりも前に嫌そうな入室を促す声が聞こえた。

「……入れ」

「失礼します。カドガンです」

「クローネ」

「ユースシスです」

「…ホーソーンです。お時間大丈夫でしょうか?」

 一応、言わなくても足音の数とノック音、其の他諸々の要因から俺達であることは分かっていただろうけど、最低限のマナーとして名乗ってから入室する。

「で、今度はどんな厄介事だ?」

「俺達への評価が酷い」

「事実だろう。顔色を見る限り、ホーソーン絡みか」

 ヴィヴィア先生は俺達の顔を一通り見てから、アサヒを見ていった。大当たりである。アサヒが申し訳なさそうに書類を取り出し、先生に両手で渡した。

「学内会議申請書か…、久しぶりに見たな」

「滅多に提出する人いないんですか?」

「当然だろう。中々に禍根が残るからな」

 お互いの家の面子を守るためにも、大抵は親を通しての示談が行われ、ある程度の権利や金を賠償して済ませることの方が多いそうだ。

「不備はない。あの分かりにくい提出方法をよく読み解いたな」

「その辺りは…、確かに、分かりにくかったですけど」

「五人で解読したら意外と何とかなったよね」

「五人…、フォンクライスか」

 流石に、俺とアサヒは何かと書類が多い日本を大学まで生きていたので、なんとなく必要とされている項目は分かる。後は、この国の書類を見慣れているユーリスに教えてもらいつつ、見落としがないかを二人に確認してもらったという訳だ。

「此方が証拠音声になります」

「これは魔導士塔の最新魔術道具の筈だが?」

「ニールに借りました」

 先生がため息をついた。師匠が把握しているということは、提出先が別の教師でも最終的な担当は自分に回ってきていたことを察したのだろう。

「……証拠としては十分だが、公表するつもりか?」

「あくまで証拠として、貴族院外に出すつもりはないです」

「そうか」

 この証拠を公開するだけで、彼女の信頼や実家の名声は地に落ちるだろう。それだけ、録音音声は決定的だった。そこまですると、彼女の家の労働者や取引先から恨まれてしまう。

「誰も反対しなかったのか?」

「寧ろ、正式に行った方がいいとの判断です」

「確かに。相手側は金と物資なら幾らでも融通するだろうな」

 ベイカー男爵家は商家だ。金や物を賠償で払ったとしても、大した痛手ではない。俺達が危惧しているのは、令嬢の影響と男爵、黒幕の思惑だから、そちらに対して効果が薄い。

「…ベイカー男爵令嬢に関して、お願いがあるのですが」

「流石に私刑は禁じられているぞ、ホーソーン」

「いえ、情状酌量して戴きたいのです」

 ヴィヴィア先生が、目を丸くした。予想外の言葉だったらしい。先程の私刑禁止の発言からしても、アサヒを何だと思っているのだろうか。

「…あの、報復は倍以上に、が家訓のホーソーン家が?」

「そんな家訓あったの?」

「……黙秘権を行使します」

 あるらしい。でも、伯爵もアレックスも、そのような印象は抱かなかったのだが。末っ子のアルの頬を摘まんだら、後から引っ張られたことはあったけど。

「何の考えがあってだ?」

「単純に彼女の事情を考慮して、とは思われないのですね…」

「当然だ。今までのことを考えると、そんなことを言い出すやつが存在するとは思えない」

 素晴らしく信用されていない家である。それだけ、過去に問題を起こしたことが窺える。こういう所が、貴族院の特徴ともいえるんだろうけど。

「単純に、彼女が全く身動きが取れない状況は都合が悪いからです」

「ほう」

「無自覚に利用されてきた人間ですから、此方も利用しようかと」

 アサヒも、純真無垢な女性アピールは無駄だと思ったのか、あっさりと考えている事を話した。先生もその発言で納得したのか、小さく頷いている。

「だが、情状酌量したところで好意的になるとは思っていないだろう?」

「勿論です。寧ろ、恩を売った、という事を強調して不信と反発を煽ります」

 彼女の行動原理は単純。好いているフィッシャーや実家の為か、嫌っているアサヒを蹴落とす為かである。つまり、アサヒは完全に嫌われている方が行動が予測しやすい。

「つまり、泳がせたいと?」

「はい。煽って、孤立させて。最終的に『誰に』頼るかを知りたいんです」

 アサヒは、片手を顔の横に沿えて、優雅に微笑んだ。が、細められた目からは隠しきれない炎が見えている。俺は息が止まりかけたし、流石の先生も一瞬表情が引き攣った。

「滅茶苦茶怒ってるね」

「普通、殺されかけて怒らない人間いないだろ」

「いや、フタバもニールも良くそんな感想出てくるね」

 僕、滅茶苦茶怖いんだけど、とサティは言った。俺としては、本気で許す人間の方が人外みたいで怖い。どんな罪も神による贖罪をこなせば許されるというサティとは発想が違うんだろう。

「成程、分かった。此方としても調査が進むのは都合がいい。要望を通すべく動こう」

「ありがとうございます」

 先生はそう言って、俺達の目の前で受理の印鑑を押した。去り際、部屋の中から見た目が大人しくてもホーソーンか、と聞こえたのは気のせいだと思いたい。


次回更新は1月20日17時予定です。

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