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アンスール・カデンツィア  作者: 借屍還魂
ユーリス編
100/400

100.打算と好意

百話です。読んでくださりありがとうございます。

 ユーリスは、机を叩くなんてことはしなくて、それでも、握りしめた拳には力が入っているのが分かった。

 ミフネ嬢は、そんな様子を静かに見ていた。

「一回くらい、すぐ取り返せばいいと思ってました。でも…」

「でも、どうしたんです?」

「幾ら勉強しても、勝てない…」

 授業ごとに行われる、小テスト。もちろん、予習も復習もしっかりしているユーリスは、基本的に満点である。

 しかし、例えば、授業中のちょっとした豆知識のような、本人の知識を問うような質問では詰まることが稀にある。

「何の授業だったんです?」

「…禁忌魔法」

 そこは、ニールの得意分野だ。そもそも、禁忌魔法は基本的に文献には残されておらず、授業で習うのもごく浅い知識だけだ。

 身近に禁忌魔法を使える人がいるニールに、ユーリスが勝てるわけがないのだが、ユーリスはそのことを知らない。ミフネ嬢も。

「…負けて悔しいのは、わかります」

「………はい」

「でも、禁忌魔法の専門知識って、宰相に必要ですか?」

 ミフネ嬢は、首を傾げながら言った。俺とアサヒは目を見合わせた。確かに、宰相に、専門的な魔法の知識、要らない気がする。

「………それは」

「最低限、禁止されている種類は知ってないといけないと思いますよ?」

「そう、ですけど」

「その辺りは、覚えているんでしょう?」

 前回の授業でやった範囲だ。確か、蘇生や降霊を含む死霊魔法、呪術など触媒が必要で相手を呪う黒魔法、毒を生成する毒魔法だったはずだ。

 禁忌魔法を使うと、使った時点で犯罪者になるって法律で決まっている。

「……覚えています。使った種類・動機により減刑されますが、基本は、極刑です」

「なら、それ以上は知らなくても、問題ないと思います」

 だって、宰相はそこまで知らなくても、専門の人に任せればいい。すべてを一人で網羅しなくてはいけないわけではないのだ。

「ユーリスさんは、自信を持っていいです」

 一番、王子の頼みを聞いてきて、王子の傍に控えて一緒に考えてきたのは、ユーリスとマーカスだ。マーカスは頭を使うのは苦手だから、問題の解決策を考えてきたのは殆どユーリスだと言っても間違いではない。

「今まで、あんまり失敗したことなかったでしょう」

 王子の側近に選ばれるのも、学年の中でトップクラスの成績を修めるのも。ユーリスにとっては当然のことで、求められている以上の結果を残してきた。

 今回のことは、トップクラスからは転落していない。側近として、恥ずかしい点を取っている訳でもない。ただ単に、ユーリスが一位じゃなかったという事を、気にしているだけ。

「別に、一位じゃないと、殿下の役に立たないってわけではないじゃないですか」

 マーカスさんなんて、座学はほぼ真ん中じゃないですか、とミフネ嬢が言うと、ユーリスはそれもそうだと真剣に考え込んだ。その様子に、俺達はつい笑ってしまった。

「一回くらいで何です?次は叩きのめしてやればいいんです」

「そ、それは、過激すぎでは…」

「いいですか?負けて沈むならそれまでです。次勝てばいいんです」

 総合成績は、一年生の時からの合計なので、いまだにトップはユーリスである。ニールはかなり点数にムラがあったので、総合での逆転は中々難しいだろう。

「何なら、わたしが、分かるとことは助けましょう」

 まあ、得意な範囲は限られてますけど、とミフネ嬢は小声で言った。

「ありがとう、ございます…」

「いいんですよ」

「それにしても、なんでミフネ嬢は、そこまで僕に親切に…?」

 その言葉に、ミフネ嬢はあっさりと返した。

「ユーリスさん、わたしに、本を貸してくれたでしょう」

「あの魔物図鑑ですか?」

「そうです。家にまで呼んで、読ませてくれたでしょう」

「そのくらい、別に大したことじゃ…」

「それなら、教えるのも、大したことじゃないです」

 おっと、急に言い合いのようになってしまっている。ユーリスは、何故ミフネ嬢が優しいのかが納得できない。ミフネ嬢は図鑑のお礼と言っているが、持っているものを他人に分けるのは当然、という富裕層独特の意識をもっているユーリスからすると普通のことだったのだろう。

「納得できないです!」

「ただ単に、ユーリスさんを手伝いたい、ってだけじゃだめですか!?」

「え?」

「殿下に仕えるのに理由ないでしょう?わたしにだってないですよ!」

 これは、ミフネ嬢の勝ちだろう。ユーリスは、赤面したまま停止した。

「えっと、それは、どういう…」

「ユーリさんのこと好きですし、助けるのは当然でしょう?」

 純粋な好意。宰相という立場を目指して、他人を動かすためにはどうすればいいか、交渉材料となるものは何かをいつも考えているユーリスにとって、予想外な回答だろう。

 確かに、この世界では、というか貴族生活では、基本的に打算はつきものだ。でも、俺やアサヒ、ミフネ嬢はそうでもない生活をしていたからこういう発想になる。

「だから、頼ってくださいね」

「………はい」

 ミフネ嬢の、完全勝利という形で、説得は成功した。


次回更新は9月13日17時予定です。

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