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アンスール・カデンツィア  作者: 借屍還魂
幼少期編
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1.扉の先

初投稿なので誤字脱字等ございましたらご指摘いただけると嬉しいです。

 学部の境の長くもない廊下の先の扉を開くと、そこは異世界であった。


 国立大学人文学部所属、角川双葉。地元の小中高校を卒業後実家から通える最寄りの国公立大学に幼馴染と一緒に入学した、家庭のお財布に優しい至って普通の男子大学生である。

 そんな一般人が講義室に向かうための廊下に出たつもりがアンティーク調の家具が置かれた部屋に入っていた、というあまりの非現実的状況に、一度思考停止してしまったのは仕方ないだろう。

「急に立ち止まったりして、どうかしたの?」

 背後から声が掛けられるが、気の利いた反応を返す余裕はない。どんな相手に対しても問題がなさそうな、無難な言葉を発する。

「なんでもないです」

 当たり障りのないように敬語にしておいたが、取り敢えず正解だったようだ。声をかけてきた相手が不審に感じた様子はない。内心ほっとする。とにかく、状況判断をしようにもこの場を切り抜ける必要がある。

 基本的に敬語で壁を作っているように感じるから彼女ができないんだよ、と幼馴染に言われた苦い経験はあるものの習慣はいざという時に役に立つものだ。

「そう、ならいいのだけれど」

 そう言って、一旦話題が途切れる。今のうちに考えられることは考えておこう。

 状況を正確に表現するならば、今この瞬間に異世界に移動したわけではない、と思う。移動前の最後の記憶が扉を開いた瞬間だったこと、そして記憶が蘇ったのが扉をくぐり部屋に入った瞬間であったから、そう錯覚したんだろう。夢で高い所から落ちた時に現実でも浮遊感があるのと似たようなものだ。

「で、話なのだけど、近いうちに王宮で催し事があるそうよ」

 暫し、これは夢ではないかと考えた。しかし、その考えはすぐに打ち消される。昔から頻繁に覚醒夢をみる体質であり、夢の中では思い通りに行動し、世界を変え、気の向くままに飛ぶことだって可能だった。

 現在、夢なら今すぐ覚めろと強く念じても視界や地面に変化はなく、自分が望んでいないにも関わらず何時の間にか背後にいた女性、記憶が正しければ現時点での姉が、一方的に話をしていた。

「フタバ、ちゃんと聞いているの?」

「聞いています」

 聞いてませんでした。不快にさせないためにも姉の話に相槌を打ちながら、今の自身が置かれている状況を考える。

 恐らくは小説などで度々読んだことのある、異世界転生というものをしたと仮説を立てる。しかし今呼ばれた名前は馴染みのあるものであったため、もう少し判断する材料が必要ではあるが。


 此処が異世界であるという根拠は二つ、まずは部屋の中にある家具がどう見ても中世ヨーロッパ貴族の屋敷の調度品に似ている。しかし自分は中世ヨーロッパに対して詳しくもないのに家具の装飾は緻密に再現されている。これは夢であるというならば自身の記憶以上のものは出てこないはずであるから、現実であるという理由になる。

「今回は、王妃様が主催されるそうよ」

「王妃様が?」

「ええ」

 二つ目、先程から話しかけてくる姉らしき人物の顔にまったく見覚えがなく、現実で出会ったことはないと言い切れる上、彼女の瞳の色はどうみてもファンタジー配色であるオレンジ色で、現実には実在しない色だった。髪の毛は普通の茶髪である。

「貴族の大多数が招待されているみたい」

「規模が大きいんですね」

「こんなに大規模なお茶会は久しぶりらしいわ」

 以上の二点から、ここは異世界であると仮定する。あまりに現実味のない話だが思ったよりも頭の中は落ち着いていた。家族関係などの状況把握を速やかにしなければならないという焦りは心の中にあるものの、安堵感が感情の大部分を占めているのが大きな理由かもしれない。取り敢えず命の保証はされていそうだ。

「我が侯爵家にもお声がかかったわ」

「そうですか」

 取り敢えず自分は侯爵家の一員らしい。貴族制度があるということは家具が中世ヨーロッパ風だと感じた審美眼は信用してもよさそうだ。

 不審に思われないよう気を付けないといけないが、自分の身の安全が分かると、少し肩の力が抜けた。そして、自分に余裕がでると、他人が心配になってくる。

「…大丈夫かな」

「留守のことなら大丈夫よ」

 つい声に出ていたらしい。留守番するのが不安だという発言に受け取ってもらえてよかった。実際は違うけど。

 扉を開ける前まで一緒にいた大事な幼馴染。放課後合流する予定だった彼女を一人にするのはとても心苦しいが、こんな事態に巻き込まれなくてよかった。偽善と言われるかもしれないが、数少ない友人の無事は本当に重要なことだった。

「我が家の使用人たちはしっかりしているもの」

 幸いにも異世界に転生するような小説はたくさん読んだこともあり、何より一番重要な適応力は高い自信がある。ちょっと異世界転生してみたいな、と思って中世ヨーロッパの常識を調べたこともある。

 硝子の心を持った幼馴染と違ってこの世界を楽しめる余裕はあるので、きっと自分は魑魅魍魎の蠢く貴族社会でもそれなりに生きていけるだろう。

「それに、私達はお父様についていくだけでいいもの」

「わたし、たち?」

「そう。フタバも私も呼ばれているのよ」

 幼馴染には、強く生きてくれと祈りを捧げておくことにする。伝わるかわからないけど。こっちも、いきなりお茶会に参加するそうですが、頑張ろうと思います、という決意を込めて。


「だから、準備を忘れずにしておいてね」

「わかりました」

 姉の話を要約すると、来月の王族主催のお茶会に参加するので支度をするように、とのことだった。それならば話を簡潔にしてもらいたいものだが、子供相手に言っても仕方ないと諦めることとした。

 お茶会に参加することはとても名誉なことであり、殆どの有力貴族が出席する予定だそうだ。

「フタバは今年で5歳だから、第一王子とも年が近いわね」

 粗相がないように今から頑張らなくちゃね、と悪戯っぽい表情で姉はウインクした。現在の年齢が分かったのでお茶会に少し感謝した。因みに第一王子は6歳らしい。会話からある程度わかったが、自分の個人情報探しとこの世界の情報集めを本格的に始めなければならない。


異世界での貴族生活の始まりに、若干心を躍らせつつ、翌日からお茶会に向けての厳しいマナー指導や教養をつけるための授業が始まる現実から目をそらした。


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