学び屋
それからも、なぜかヴィサが積極的に私を街に連れて行く。
お留守番のゴブちゃんが退屈そうだと言ったら、なぜかヴィサが家に戻って私を夕方迎えにくるという話になってしまった。
「アンネ。大丈夫。たまには女の子同士遊ぼうよ」
シルヴィにそう言われ、私は仕方なく頷く。
ヴィサは笑顔で去っていき、それがなんだか物凄く悲しかった。
「アンネは本当、お兄ちゃん子だね。私もお兄ちゃんがいたらそうなるのかな?うーん。ヴィサさんがかっこいいからかな」
シルヴィはちょっと夢見がちに呟く。
ヴィサにも言われていて、私とヴィサは兄妹で、二人で森で暮らしているという設定だ。もちろん魔法のことは言わない。薬を売って暮らしていることになっている。
「アンネ?大丈夫。大丈夫。そんな心配そうな顔しなくても、私はヴィサさんに憧れているだけだから、そんなちょっかいとか出さないから。……でも、ヴィサさんもてるだろうなあ」
「もてる?」
「たくさんの女性に好かれることだよ」
「それは嫌だな」
「アンネって本当、お兄ちゃん子ね」
呆れたように言われたけど、構わない。
ヴィサが女の人と一緒にいるとやっぱり好きじゃないもの。
「そんなアンネちゃんのお兄ちゃん離れを進めるため、この私が手を貸しましょう」
「そんなの必要ないよ」
「いいから、いいから」
シルヴィは少し強引だ。
でもヴィサがいい娘だと言っていたから、一緒にいったほうがいいのだろう。
私はシルヴィに、ある人の家に連れていかれた。
「あ、シルヴィ!」
「誰だよ。その可愛い子」
そこは家ではあったけど、ただ一部屋あるだけで小屋という表現が正しいかもしれない。数人の私と同じ年くらいの男女がいて、机の上に紙を置いて何かを書いていた。
「シルヴィ。今日は来ないと思ってましたよ」
その中に一人、ヴィサと同じくらいの背丈の男の人がいて、シルヴィに話しかけてきた。
「先生。ちょっと、この子も仲間にいれて!」
「仲間……。遊びではないのですよ」
先生と呼ばれた男の人は苦笑しながら、私に目を向ける。
茶色のもじゃもじゃした髪に、青い瞳。丸い眼鏡が特徴的な人だった。
「えっと、君の名前は?」
「……アンネです」
「アンネね。ここは文字や計算を勉強するところなんだ。君も参加したいかい?」
「文字、計算……」
ヴィサに教えてもらったことだ。
だから必要な……
「アンネ。楽しいわよ。一緒に勉強しよう」
「今から勉強なんて遅すぎるよ」
「そうそう、足手まといになるだけだよ」
シルヴィの誘いに反して、他の子たちは嫌そうだ。
なにか嫌な感じ。こんなの……
「皆さん。何を言うのですか。勉強はいつから始めてもいいのですよ」
丸い眼鏡の先生がぴしゃりというと、文句を言っていた子たちは口を閉じた。
とりあえず、一回だけ参加してみよう。
嫌だったら次回から来なければいいのだから。いくらシルヴィが強引だからと言って、彼女は本当に嫌なことは勧めたりしないから。
そうして私は一回だけ授業というものに参加することになった。
「アンネは凄いですね」
やってみたら、足手まといどころか私の方が出来がよかった。
文句を言っていた子が悔しそうな顔をしていてちょっと気持ちよかった。
「アンネはどこで習ったの?ヴィサさん?」
「うん。ヴィサに教えてもらったの」
「ヴィサ?ヴィサって誰だよ」
「アンネのお兄さん。めちゃくちゃかっこいいんだから」
なんだから授業の後半はヴィサのことでもちきりになってしまった。先生も教えることはもうしないみたいで、みんなの話に加わっていて。
それで、最後にはヴィサをみんなに会わせることになってしまい、キャメロさんのお店の前でヴィサを待つことに。
「な、なんだ?!」
当然ヴィサは驚き、嫌そうな顔をした。
「わー。本当かっこいい」
「頭もいいんでしょう?」
「アンネ、いいなあ」
最初は嫌だと思っていた子たちに口々に言われ、私はなんだからくすぐったい気持ちになる。当のヴィサは見世物になったみたいで心底嫌そうな顔をしていたけど。
「あなたがヴィサさんですか?私はこの子たちに読み書きと計算を教えている者です」
それまで黙っていた先生がふいにそう言って、ヴィサが顔をそちらに向ける。
「アンネも今日は教えてもらったのか?」
「うん、えっと」
「アンネは優秀ですね。私が教えてることなんて全然ありませんでしたよ」
「そうか」
ヴィサはちょっと照れたように笑って、私も少し赤くなる。
「この子たちにとっても刺激になりますので、アンネがよければまた参加してください」
「そうそう。アンネ。最初はごめんな。お前はすごいわ」
「私もごめんなさい。なんか綺麗な子でびっくりしたこともあって」
急に謝られたりして、戸惑ってしまう。
「まあ、私が許してあげるわ。これからはアンネと仲良くやってよね」
シルヴィが偉そうにそう言って、一気に笑いが広がる。
「お前は関係ないだろう」
「私はアンネに謝っているのに」
どう口を挟んだらいいか迷っていると、ヴィサが手をぎゅっと握ってくれた。
「……よかったな。友達が増えて」
「う…ん」
囁かれた声は優しかったけど、ヴィサの表情はちょっと寂しそうだった。




