死にたがりの魔法使いの願い
「よく来てくれましたね」
扉を叩くと両手を上げて歓迎され、お茶を出された。
なぜか拉致されたはずのゴブちゃんが給仕役だ。
「今日がいよいよ対決の日なんですよね」
「なんでお前が知ってる」
「なんで先生が知っているんですか?」
先生に詰め寄ってみるが、挙動不審のゴブちゃんの様子からその理由はすぐにわかった。
「ゴブちゃん、なんで先生に話したの?」
「だって、この人事情よくわかっていたみたいだし」
「だからって!」
私とヴィサはゴブちゃんに詰め寄ってしまった。
「まあ、まあ。お二人とも落ち着いて」
にこやかに笑う先生はちょっと前の先生と雰囲気が違った。
何かどこかで感じたような雰囲気で、記憶を探っているとヴィサが大きく息は吐く。
「やはり、お前がテオドル本人だったか」
「テオドル?!」
え?あのヴィサの友達だったテオドル?
……先生は不老不死じゃないよね?ってことは私と一緒?
「思い出したのは一年前ですけど。二人と話した時は、まさか先祖のテオドルが自分の前世なんて思いもしなかったですよ」
先生はテオドルのように笑う。
「記憶を取り戻して思ったのは、アンネのことです。あなたがアデルミラであることはすぐわかりました」
「触るな」
先生――テオドルが私の手を触ろうとしたので、ヴィサがその手をはたいた。
「ヴィサもようやく生を終えるわけですね」
先生はあっさりとそう言ってお茶を飲んだ。
「ああ。嬉しいだろう?」
「嬉しいですね。アデルミラ、いえアンネとあなたなしで付き合うことができそうです」
「それはお断りします」
「アンネ……」
先生は先生で、そういう対象じゃない。テオドルだってただの友達だった。
「いいですよ。今は」
「あきらめが悪いな。まったく」
「それが私のいいところですよ」
「悪いところだろう」
二人は千年前に戻った時のように言い合っている。
あの時も二人は嫌い合っているのか、どうなのか、こんな軽口を叩き合うことが多かった。
「で、わざわざゴブリンを出しにして俺たちを呼び出しのは何のためだ?」
「えっと暇つぶしですかね」
「なんだそれは!」
先生……なんてはた迷惑な。
テオドルだってこんな破綻した性格じゃなかったのに。
「冗談ですよ。このゴブリンのスケルトン。私に譲ってくれませんか?」
「は?」
「え?」
ゴブちゃんを?
ゴブちゃんはどうなの?
ゴブちゃんは承知の上らしく、先生の横で頷いている。
それがなんだかとても悲しい。
ヴィサを選ぶならわかるけど、私じゃなくて、先生だなんて。
「……ゴブリンはそうしたいのか?」
「はい」
ゴブちゃんは私を見ることなく頷いた。
泣きそうになったけど、ゴブちゃんが傷つくかもしれないので、私は我慢する。
「本当か?アンネじゃなくてか?」
「はい」
ゴブちゃん。
なんで……。私はヴィサを失って、そしてゴブちゃんまで。いや消えるわけじゃないけど、私の傍にいないんだ。
「使い魔の意志を尊重しよう」
少し間があって、ヴィサと先生の間で使い魔の譲渡が行われた。
私は遠目にそれを見る。
ゴブちゃんは私を見ることはなかった。
何がいけなかったの?
ゴブちゃん。
「それじゃ、次は俺たちだな」
ゴブちゃんは先生の使い魔になり、ヴィサは私に向き直る。
嫌だ。
なんで、こんなことばかり。
でもヴィサは生を終えることを望んでいる。
「……ヴィサ」
「森に戻ろう」
私とヴィサは先生とゴブちゃんに別れを告げて森に帰った。
*
「もうこんな時間か」
太陽は真上から少し西に傾いていた。
気が付けばお腹もすいている気がする。
「ヴィサ。お昼をすませてからでいい?」
何度も引き伸ばしている気がするけど、私はもう少しヴィサと話しをしたくてそう願う。
彼が頷き、家に戻り昼食を作る。朝焼いたパンにハムとチーズを挟み、昨日作ったスープの残りを温めた。
会話も少なく昼食を終え、いよいよその時が来る。
「……ヴィサ。一つだけ聞いていい?」
「答えられるものなら」
「アデルミラのこと嫌いだった?」
「嫌いじゃなかった。でも愛していなかった。だから、不老不死の呪いなんてとんでもないと思った」
「そう……」
嫌われていなかった。
それだけでも喜ぶべきなんだけど、やはり正直愛されていなかった事実は堪えた。
「ヴィサ。ごめんなさい」
私の謝罪に彼は答えない。
そうだろう。
千年はとても長い。
私は小剣を取り出すと柄を外した。
「今、あなたを呪いから解き放つ」
「剣を使うのか?俺は横になったほうがいいじゃないか?」
確かに、立ったままだと心臓を狙えない。
なるべき痛みを与えたくない。
だから……。
「ヴィサ。ベッドに横になってもらってもいい?」
おかしな話だ。
今から殺される人にそんな事を請うなんて。
でも彼は頷き、寝室に向かう。
彼の寝室は毎日綺麗にしていたので、埃一つ落ちていないはずだ。
ベッドに横になった彼に近づけば、胸が痛みを訴え始める。
小剣を持つ手が震える。
――殺したくない。
どうして?
ヴィサはどうして死にたいの?
私と一緒に生きて行ってくれないの?
「アンネ……。お前と過ごした日々は楽しかった。ありがとう」
「ヴィサの馬鹿!」
こんな時にそんなこと言われたら決心がつかなくなる。
「アンネ。これは俺の願いだ。俺の人生を終わらせてくれ。アデルミラ。俺はあなたを恨んだ。あなたのせいで孤独でたまらない人生を送ることになった。辛かった。終わらせてくれ」
黒い瞳は私を食い入るように見つめていた。
「ヴィサ」
私は小剣を握りしめると彼の胸に向かって降ろした。
*
「詐欺だ。詐欺」
銀色の髪に琥珀の瞳をもった美青年は先ほどからずっと文句を垂れ流していた。
それを受けるのは漆黒の髪と瞳を持つ少女……の私だ。
「呪いを解くことが死につながっているわけじゃなかったんだね」
美青年……ヴィサは不満そうだけど、私はとても嬉しい。
「でもお前は神に俺を殺すと宣言したんだろう」
「まあ、そうだけど。私が幸せならいいんじゃないかな」
「なんて適当な……」
ヴィサは頭を抱えている。
彼はまだベッドの上だ。
心臓を狙って剣を差したら光に包まれた。
私も、ヴィサも。
気が付いたら、彼は元の銀色の髪に戻っていて、私は黒髪の黒い目になっていたみたいだった。
黒髪は気が付いたんだけど、瞳の色はヴィサが教えてくれた。
「そういえば、お前が代わりに不老不死になったのか?」
「……うーん。どうかな。だって私にはそんなこと言わなかったもの。もし不老不死になっていたら、ずっと若いままヴィサの傍にいれるね。ヴィサ。これからも、私と一緒に生きてくれる?」
「……嫌だ」
「なんで?」
「そういう押しの強いところが昔から苦手なんだ」
「だって好きなんだもん」
ヴィサは私の告白に心底嫌そうな顔をした。
「今度はヴィサの嫌がることしないから。もしヴィサが本当に私のこと嫌になったら、先生の所にでも行くから。お願い!」
「先生?テオドルのところか?それはだめだ。絶対」
「なんで。ヴィサが嫌だったら、先生ところに行くよ。先生はテオドルだし、魔法のこともよく知ってるし、ゴブちゃんもいるし」
「……そういうことか」
ヴィサは天井を見上げると首を横に振る。
「……アンネは俺と一緒に暮らせばいい」
「ヴィサ?」
今、うれしい事言ったよね?
だけど、ヴィサは二度と同じ言葉を言ってくれることはなかった。
それから私とヴィサは前のような生活に戻った。
時たま先生がゴブちゃんを連れてきてくれるんだけど、いつも二人は軽口をたたき合っていて、じゃれ合いみたいだ。
学び屋にも再び顔を出すになったら、シルヴィに泣かれてしまった。
ごめんね。シルヴィ。
私は、アンネとして今の人生を楽しんでいる。アデルミラの夢を見ることもなくなって、彼女の想いに引きずられなくなってきている。
それでもヴィサのことは好きだけど。
ヴィサに振られたらいつでもおいでって先生が言ってくれるし、ゴブちゃんも大きく頷いてくれる。
でもなぜかヴィサは怒るんだけど。
死にたがりの魔法使いの願いを、私は叶えてあげることができなかったけど、少女と魔法使い(ヴィサ)はまあまあ仲良く暮らしている。
(終わり)
読了ありがとうございました!