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祭り

「ヴィサ、行ってきます」

「見られないように気をつけろよ」

「はい」


 街の学び屋に顔を出すようになって、数か月になる。

 週に一回くらい参加して、一緒に文字を書いたり、計算したり。

 ゴブちゃんが用意してくれたサンドウィッチを頬張りながら、みんなと話す。

 ヴィサとの魔法の練習も続けるようになっていて、転移魔法を習得してから、私が一人で出かけるようになった。

 ちょっと寂しいような、一人でできると誇らしいような不思議な気持ちだ。

 

「アンネ。祭りには来るんでしょう?」

「祭り?」

「屋台がいつもよりたくさん出て、みんなで踊ったり、楽しいぞ」

「ヴィサさんも連れてきたら?」

「ヴィサさん?見たい!」


 祭りというのは、一年に一回街で行われるもので、賑やかなものみたいだ。お肉を売っている店が屋台というもので、たくさん出ると聞いて嬉しくなる。

ヴィサと一緒ならいいかな。夜まであるみたいだし。

聞いてみよう。


その夜聞いてみたら、少し考えた後に頷いてもらえた。


次の週にそれを言うと、パートナーはどうするのという話になった。


「パートナー?」

「祭りでは男女で踊るのよ。その時一番好きな異性と踊るのよ」

「好き……」

「お兄さんはだめだからね」

「ああ、ヴィサさんと踊りたい」

「だめだめ。ヴィサさんは子供の私たちなんて相手にしないわ」


 夢みる女の子に、シルヴィがさらっと返す。


「普通は男の子から女の子に誘いをかけるのよねぇ。ドキドキするわ」


 なんだか今日は祭りのパートナーの話でもちきりだった。

 ヴィサが誰かを誘うのは嫌だなあ。

 祭りにはいきたいけど、ヴィサが誰かと踊るのを見るくらいだったら、参加したくない。

 その夜、そんなことを言ったら、ヴィサが嫌そうな顔をした。


「誰かと踊るわけないだろう。そもそも踊るなんて面倒だし。っていうか祭りにはそれがあるのか。面倒になってきたな」

「行きたくないよね?」

「お前が行きたいなら同行する。十六歳までは保護者だからな」


 十六歳……。

 最近聞かなくなった年齢のこと。

 私は一気に気持ちが暗くなった。

 あと一年とちょっとだ。

 祭りが終われば、十五歳の誕生日がきてしまう。


「ヴィサ。祭りに行こう。私と踊って」

「はあ?俺は踊らないって」

「いいでしょ?来年は十五歳だし、お願い」

「来年は十五って。来年踊ればいいだろうが」

「そんな保証はないもん」

「保証か。俺が保証するよ」

「本当?」

「本当だ」

「だったら、今年はいいかな。お祭り」

「はあ?お前、行くって言ったんだろう?そしたら行かないとおかしいだろうが」


 なんだかヴィサに背中を押される形で私は祭りに参加することになってしまった。

 もしヴィサが誰かと踊ったら邪魔してやるんだから。


*


「はい。アンネ」


 祭りの当日、ヴィサと一緒に街を歩いていると、シルヴィに呼び止められて花冠を渡された。


「綺麗……」

「よかった。アンネがこういうの好きかわからなかったけど、ほら、祭りに参加する娘はみんな被るから」


 シルヴィは特別にキャメロに作ってもらったらしく、袖が大きく膨らんだ、黄色のワンピースを着ていた。黒い髪は結われていて、しっかりと花冠を被っている。


「シルヴィの服、可愛い」

「服だけじゃないって言ってほしかったわ」

「服だけじゃないよ」

「わかってるわよ。そういうアンネも今日も可愛いわ」


 そんなこと言われると照れる。

 別の今日のために頑張ったわけじゃないのに。

 隣のヴィサを見たけど、ぼんやりと明後日の方向を見ているだけでがっかりしてしまう。

 そうだよね。


「さあ、行きましょう」

 

 シルヴィに手を掴まれ、引きずられるように連れていかれる。


「ヴィサ!」

「まあ、楽しんでこい。俺はその辺にいる」

「ヴィサ。誰とも踊ったら駄目だからね」

「踊るわけないだろう」

「もう、本当。アンネったら」


 前をぐんぐん歩いているシルヴィのそんな言葉が聞こえてきたけど、無視。

 いつも兄離れしてないとか言われるけど、ヴィサは本当に兄じゃないんだから。

 だったら何?っと聞かれると困るんだけど……。


「さあ、アンネ。着いたわよ」


 勢いよく進んでいたシルヴィの足が止まり、別世界に迷い込んだ気持ちになった。

 夕刻の広場の周りには屋台がたくさん出ていて、華やかな服に身を包んだ男女が歩いている。広間の中心では見たことがなかったけど、音楽隊と呼ばれる人たちがトランペットや、ドラムなどの音を鳴らしている。

 トランペットとドラムは本で見たことがあったけど、他の楽器はよくわからない。

 試すように吹いたり、叩いたり、喧騒の中でかき消されないのが不思議だ。


「音楽が始まる前でよかったわね。さーて、誰がアンネに声をかけるのかしら」

「シルヴィ?」

「私はすでにマイクから申し込まれているの。だからアンネ、誰が……」 

「私は踊らないもん。だって踊りとかわからないし」


 考えてみたら、ヴィサと踊りたいと思っていたけど、踊りなんて知らなかった。来年までは踊れるようにならないと。

 ヴィサは来年は踊ってくれるって言ったし……。


「シルヴィ。ここにいたのか」

「マイク!」


 いつものように寝ぐせたっぷりでなく、撫でつけた髪、着ているシャツは多分一番カッコイイ奴。ズボンも見新しい気がする。

 学び屋でふざけているのと全然違う印象で、マイクはシルヴィに手を差しだした。


「踊ってくれますか?シルヴィ嬢」

「な、なにを!」


 タイミングよく音楽が始まり、なんだか二人の世界だ。

 シルヴィは真っ赤になりながらマイクの手を取る。


「アンネ。ちょっと先に踊ってくるね」

「うん」


 踊りってどんなものが知らないし、ゆっくり見せてもらおう。

 気が付いたらシルヴィとマイクのような男女が広場に溢れていて、私はぼおっと見てしまった。

 軽快な音楽に合わせて、みんなが踊りだす。


「アンネ」

「先生?」


 声をかけてきたのは先生だった。

 先生も今日はいつもと違って、ちゃんとしていた。もじゃもじゃの癖っ毛の髪も自然にまとめられていて、何よりも眼鏡をかけていなかった。

 声で先生とわかったくらいで、不思議な感じだ。


「アンネは踊らないのですか?」

「はい。踊り方がわからないので」


 先生相手なので、言葉使いに気を付ける。

 これもヴィサに言われたことだ。ヴィサ本人は全然気にしていないけどね。


「私が教えてあげましょう」

「先生が?」

「ええ」

 

 教えてもらうんだったらいいかな。

 練習して来年はヴィサと踊るのだから。

 私は差しだされた先生の手を掴み、広場の中心へ足を踏み出した。


  


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