魔法使い
小さい時から私は運がよかった。
始まりはいつだったのか。
そう、始まりは、両親が事故で亡くなった時からだ。
突然暴走した馬車が崖に転落した。
御者と乗客だった私の両親とそのほかの人は亡くなって、私だけが助かった。
その時私は三歳で、はっきりとした記憶はない。
だけど、落下していく中、誰かが私を抱きしめてくれたことは何となく覚えている。
最初は、母か父かと思っていた。
その身をもって私を庇ってくれたのかと、でもそれが違うと確信したのは、三度目の事件の時だ。
親戚をたらいまわしにされた上、私を引き取ってくれたのは、母方の親戚で、評判の悪い地主だった。仕方なく引き取られた私は、まだ三歳だったので使用人として働かされることはなかったが、ちゃんとした世話をしてもらえなかった。
食事を忘れられることは日常茶飯事で、同じ服を着ていた。
だけど不思議と限界までお腹がすくと、食べ物が突然与えられた。身体も虫が寄ってきそうなくらい臭くなったら、なぜか眠くなり、起きたら新しい服に着替えさせられていた。
引き取ってくれた屋敷の主の命令で、誰かが私の世話をしていると思っていたら、そうではなかったらしい。
食事を与えられなくても元気で、しかも時折新しい服を着ている私は、屋敷の使用人からますます距離を置かれた。
私を引き取ってくれた地主も、死ななければいいと思っていたくらいなので、そんな扱いも放置していた。
四歳になり、二度目の事件が起きた。
屋敷に強盗が入った。
屋敷の者は皆殺しにあって、金品が奪われた。
……皆殺し、これは間違っている。
私だけが生き残った。
夜中家畜たちと納屋でいつも通り寝ていると、屋敷の方で音がした。目を覚ましたつもりだったのに、気が付くと朝日が昇っていて、周りが一変していた。
家畜はいなくなり、屋敷へ歩いていくと無残に殺された使用人の死体が転がっていて、私の伯父さん達も殺されていた。
残された私は、引き取り手もなくなり、孤児院に入れられた。
私は五歳になっていて、やっと人間らしい生活が送れるようになった。
食事を規則的に与えられ、定期的に体を洗う機会が与えられた。服も古着であったが、毎日一度は着替えることができる。
それまで子供と接することがなかったのだが、この孤児院で初めて「友達」という存在を知った。
けれども、そんな生活も二年しか続かなかった。
院長先生が変わり、孤児院の雰囲気が変わったのだ。
食事や入浴などに関しては変化はない。他は知らないけど、私は満足していた。
変化は、私より少し上の子供たちが怯えるようになったことだ。
夜な夜な、私より少し年上の子供が院長の部屋に呼び出された。
朝方戻ってきた時、どんよりとした表情をしていて、接触を嫌がるようになってしまった。新しい院長先生は優しい人だった。けれども夜に院長先生の部屋に呼び出される子たちは、院長先生にとても怯えていた。
私や私より下の子たちは、なぜかわからなかった。
わかったのは、一年後。
私の番が来てからだった。
それは同時に今までのことがすべてわかった瞬間でもあった。
院長先生が昼間の仮面を脱ぎ捨てて、気持ち悪い笑みを浮かべ私に触ろうとした時、その人は現れた。
黒い服を纏っていて、黒髪で、全部真っ黒だった。
あ、肌は私と同じで黒くなかったけど。
「本当、面倒。もう面倒。お前、俺のところへ来い」
院長先生を踏み倒し、その上に座りながら、その人は驚いている私にそう声をかけた。
そして、私は気がついた。
この人が、今まで私を助けてくれた人だと。