ジュナと愛し子
ジュナ・マリオット男爵令嬢の視点です。
なんて都合の良い話だろう、とジュナ・マリオットは思った。
ジュナは、幼いころからその愛らしさから、ちやほやされて育ってきた。ピンクベージュの髪は使用人が手間暇かけて手入れするので、艶がありふんわりしている。高級な化粧品を使用しているので、化粧乗りもよく、大きな瞳に涙袋。強すぎないリップカラーで、たいていの男性はジュナに釘付けになるのだ。
楽しいこと大好き。退屈はきらい。
しかし、ジュナには魔力が少なかった。正直魔力がないからといって生活に不自由さはない。だって全部使用人がするから。
自分は常に美しさを保ち、おいしいものに囲まれ、素敵なものであふれる世界にいれば良いのだ。
だから、男爵である父が美しいアクセサリーを用意してくれたことにも、何の疑問を持たなかった。
「お父様、こちらは何という宝石ですの?」
ジュナは真紅の宝石があしらわれたネックレスを使用人につけるよう命じ、父を見る。
男爵は蓄えた口ひげをなでつけながら、可愛い娘を見た。
「これは魔道具だ。可愛いジュナ。この瞬間からお前は妖精の愛し子となるのだよ」
「愛し子ですって?だって、わたし魔力もないから妖精の光すら…」
見えたことがないわ…と、声はだんだん小さくなった。
なんと、ジュナの目の前に光の粒子が集まり、少しずつ増えていくではないか。
男爵はその光景に歓喜の声をあげた。
「ジュナ!これが妖精だ!この魔道具は完成したぞ!」
「これが妖精なのね…美しい光だわ…。でも、妖精が見えるだけでどうしたらいいの?」
「今まで通り何もしなくていい。ジュナは妖精の愛し子としてこれからこの国の繁栄の中心となるのだ。かってに周囲が動いてくれるよ。まずは学院へ通うことになるだろう。準備は私が整えておこう」
何もしなくていい?家庭教師から習った愛し子については、確かにその存在は保護される必要があるが、これといって大きな功績を残したような文献はなかったはずだ。
ならば自分にもできるのではないだろうか。
ジュナはにっこり微笑んだ。光の粒子を優しく包むように抱きしめる。
「学院には第二王子も通っていたわよね。お近づきになれば、わたしも王族の仲間入りかも…!」
学院では、今まで魔力の素養はなかったが、誕生日をきっかけに妖精の姿を捉え、会話ができるようになった、という設定にした。
まあ、会話はできないけど、この魔道具のおかげで姿は見られるようになったことは事実だ。
愛し子かもしれない、ということでアレックスのクラスへ転入となり、ジュナは願ったり叶ったりの展開に浮かれていた。学院のことをあれこれ尋ねても、アレックスは嫌な顔一つせずに優しく答えてくれるのだ。クラスの友人たちも、ジュナにとてもやさしい。妖精たちとは会話できていないが、ジュナの周囲をぼんやり浮かんでいるようだった。
思いがけない学院ライフを楽しんでいたジュナだったが、ある時アレックスと他のクラスの女子生徒が仲良く話している姿を目撃する。
シルバーブロンドにアメジストの瞳…傍にはユリア伯爵令嬢がいることから察するに、アカシア辺境伯令嬢か?と。
アレックスはジュナにいつだって優しかったが、あの令嬢に向けるような砕けた笑顔は見たことなかった。
ジュナの心にどす黒いなにかがわいてくる。傍にいた妖精たちの光も、それに反応して鈍くなった。
「なによ、アレックス様の隣はわたしなんだから…」
大きな瞳が険しく細められる。
アレックスとララが離れたところでアレックスを呼び止めた。
「アレックス様、今度の夏の妖精祭なのですけど…」
「ああ、すまないが…」
え?このわたしの誘いを断るの?
その瞬間、妖精たちの光がぶわりと暗くなる。そしてアレックスにとまり、吸い込まれるように消えた。
それに反応してかアレックスの碧の瞳に影がさし、じっとジュナを見つめる。
「夏の妖精祭、ぜひ君をエスコートしたいのだが、受けてくれるだろうか」
「まあ!わたしで良ければ喜んで!」
アレックスの態度が変わったことに、もちろんジュナは気づかなかった。
本当、学院での生活って楽しい!ジュナの毎日は充実していた。
妖精の姿は見えるが、魔力はそのままの低い数値である。父がうまく学院に説明してくれたようで、魔法の実技は免除されていた。他の授業も貴族向けのものが多いし、学ぶことは嫌いではない。ジュナはとても楽しかった。
このまま、アレックスと良い仲になってしまえば…!
今すぐ高笑いしたいのを、ぐっとおさえこむジュナだった。