ヒューリとララ
ヒューリの話です。
フューエル国には4人の王子と2人の姫がいた。陛下と妃の仲もたいそう良く、フューエル国は平和の国として栄えている。
ヒューリは、この国の第5子。王位継承は4番目の王子として育った。
立派な兄や姉の姿を見て育ち、将来は兄や姉のサポートをして生きていこうと決意。外交官として働くのも楽しいだろうな、と幼いながらに感じていた。
性格は穏やかで争いは好まない。艶やかな黒曜石のような髪は、家族の誰とも同じではない。末の妹がグレーで色味が似ているが、みんなブラウンだ。この国では黒髪はふつうにいるが、母方の曽祖母と同じでヒューリも気に入っていた。
14歳の頃、とある夜会でヒューリは運命の女性と出会った。
彼女の名前はカルナ・マイヤー。代々外交官をしている公爵家の令嬢であった。
気が付けばお互い意気投合し、他国の話だとか、同じような価値観を持っていることも影響し、あれよあれよと婚約へ。
フューエル王国では13歳でデビュタントし、16歳には成人として扱われる。
これは、フューエル国に初めて誕生した妖精の愛し子が、16歳で愛し子として目覚めたことに由来していた。
愛し子の扱いに関しては、各国で取り決めがされている。
ある国では愛し子は王族と婚姻を結ぶことにより、その血を受け継いでいく…ある国では愛し子は禁忌の子とされ、王家管理の元隠れて暮らす…ある国では愛し子が危険に晒されないように王家が見守り、人権を尊重したうえで国の手助けを願う…
フューエル王国では、愛し子は神殿にて保護され、不自由なく暮らすことになる。が表向きは綺麗に聞こえるが、実際は国の象徴の一人・無垢な存在として、高潔であるべきとされ、神殿に身をささげて神殿で一生を過ごす。籠の中の鳥とも言われていた。
尚、神殿と王家は別であり、王家は愛し子の扱いについて異議を申し立てているが、神官長が頑なに拒否しているのだった。現在愛し子は40代の女性で、出自が劣悪な環境だったため、本人にしてみれば神殿に囲われる環境は悪くないようだった。
他国の愛し子の話を聞く限り、自国の対応に関しては悪くはないのだが、どうにかより良い方向に向かえばと思うところが本音だった。
もともと結婚年齢の早いフェール国。ヒューリもカルナも成人の歳に婚姻を結んだ。カルナが公爵家を継ぐ予定でいたため、ヒューリは継承権を返上し、公爵へと下ったのだ。
その後すぐに女の子が生まれた。
名前は、ララ・マイヤー。シルバーブロンドに、朱色の瞳。ヒューリにもカルナにもよく似た、愛らしい女の子であった。
ララはすくすく育ち、周囲に興味関心が生まれた生後5か月頃のことだ。
ララの周りに、光の粒子がよく出現することに気づいた。妖精たちが可愛い娘を祝福しているのだ、そう思っていたヒューリたちだが、ある時妖精が人型になってララをあやしている様子を見て、度肝を抜かれた。
『ララ』
『あかちゃん』
『ぼくらのかわいいこ』
「きゃは」
ララは小さな手で妖精を追いかけたり、捕まえて舐めようとしたり、とても楽しそうにしているのだが、急に不安が押し寄せた。
もしかして、ララは妖精の愛し子なのか?
その日を境に、妖精たちはララの周りによく集まるようになった。ララも楽しいようで、身振り手振りで遊んでいる。
以前は、妖精の光しか見えなかったのに、愛し子である影響なのか、ヒューリとカルナも妖精が人型に見え、時にはララと妖精の会話も聞こえるのだ。
「ヒューリ、もしかして」
「ああ。確実にララは愛し子だ」
「では、ララは神殿で一生を終えるの?」
カルナの瞳に困惑が映りこんでいる。そうだ、カルナだってこの国の愛し子の対応に疑問を感じている一人なのだ。なのにわが子が愛し子となってしまうとは…
ヒューリはすぐに、王である父と兄に相談をした。可愛い孫娘・姪っ子が神殿に囲われる…この国の繁栄のためとはいえ、どうしても二つ返事で神殿へ預けよう、とは言えなかった。
度重なる話し合いの末、ララを国から出すことになった。ヒューリの昔からの友人であるゴードン・アカシアに預けることとなったのだ。アカシア辺境伯は、隣国プレネス国との国境に位置している。プレネス国とは友好関係を築いており、ヒューリは幼い頃から兄たちについて外交も学んでいたので、よくアカシア辺境伯領にも行っていた。
ゴードンはヒューリより6歳年上で、結婚して2年たつ。しかし原因不明で子宝に恵まれていなかったのだ。そこでヒューリが隣国で唯一信頼をおける、アカシア夫妻に愛娘を託すこととなった。
父である国王は内密に隣国の王にもその旨を相談し、ララを妖精の愛し子として保護することを取り付けた。
「ララ、可愛い娘。あなたはこの国で誰よりも幸せになるの」
カルナは眠るララの頬に唇を寄せる。
「きっと父や兄…僕だってこの国の愛し子の在り方を変えて見せる。それまではゴードンが君を愛し、育ててくれる」
ヒューリは、ララの瞼にそっと手をかざした。
「私のこの朱色の瞳は、王家につながる瞳と感づかれるかもしれない。その時がくるまで、瞳の色は…そうだな、ゴードンと同じくアメジストにしよう。きっとあいつは喜ぶぞ」
「ヒューリ、この国では愛し子は愛され保護されるけど、もう少し、何も知らないまま育つことってできないかしら」
「気休めにしかならないけど、妖精が人型になる、会話ができる、その記憶を沈めよう。私たちの記憶もだ。次に目覚めたら、ララは、ララ・アカシアとして、このアカシア辺境伯の皆に愛されて育つことになるんだ」
ヒューリはララの額に唇を落とす。可愛い娘ララ。君は愛し子として誰よりも愛される必要がある。まずはこの国で。時が来れば、フューエルで。
その後ララは物静かな父ゴードンと、正反対で快活な母ビアンカと平和な日々を過ごした。周囲には、子どもに恵まれなかったので養子を迎えたことにしておいた。
ヒューリとカルナはゴードンの友人として、度々ララの成長を見にアカシア領へやってきた。ひとしきり可愛がって甘やかして、ララと離れる。最初はそれが悲しくてつらいカルナだったが、ララがなついてくれるので、少しずつ平気になった。
ララが3歳になった歳に、ゴードンとビアンカの間に待望の男の子のテトラが生まれる。同じくして、カルナとヒューリにもキースという男の子が誕生した。ララは人知れず二人の弟ができたのだ。
それから五年後、テトラの怪我をきっかけに、ララの愛し子としての能力が開花したと知らせを受ける。
ヒューリはプレネス王国と連絡をとった。愛し子を保護する名目で、事情を知る第一王子が定期的にアカシア辺境伯領を訪問し、平和に暮らしているかを確認、危険は排除するように、とお達しが出たのだ。
それから数年後、ララは美しい令嬢と育った。妖精たちと一緒に育ち、天真爛漫な性格で、そこは少しカルナに似てるな、とヒューリは感じた。
16歳の誕生日を前に、ヒューリとカルナはララにアクセサリーを贈った。黒と赤の石に華奢なチェーンをあしらったシンプルなもの。実はそれは魔道具である。ララが学院に入ってから、妖精たちの様子がおかしい時があったのだ。万が一を考えて、石に魔除けの呪文を施しておいた。きっとララを護ってくれるだろう。
そしてその万が一は的中したのだった。
ヒューリ「わが子ながら、すごくかわいい!」