ようせい
視点が変わります
こんなはずではなかった。とジュナは思った。
午後一の魔法の実技演習で、火の魔法からランプに灯りを灯すという簡単な実技で、少量の魔力があったジュナでもできると思ったから、演習に参加したのだ。
なのに、なぜこんな、大規模な爆発がおきてしまったのだろうか。
演習場とはいえ、ここは講堂。しかも建物内には防御魔法がかかっているはずだ。なのに机と椅子は衝撃で壁にぶつかり大破している。講堂のランプやガラス窓も粉砕され、その辺に散らばっていた。
ジュナ自身も、魔法を使おうとかざした右手が、やけどのように赤くただれていた。
きろり、と動かぬ四肢の変わりに視線を動かす。クラスの友人たちはどうだ、無事だろうか、そう思えば、魔法にたけた数名やアレックスが防壁の魔法で怪我のないようにしてくれてはいたが、一瞬の出来事のため、怪我人は出た。
腕や頭から血を流す人、窓際の人たちはガラスの破片の中にうずくまっていた。
ちがうちがう。
こんなの自分の魔力のせいではない。
ちがうちがう。
わたしは…
わたしは、ただこれがあると、みんながわたしを好きになって優しくしてくれる、それだけでよかった。
いや、これがあればみんなわたしの思うよう動いてくれて、気持ちよかった。あの人も、意のままだった。
だから、ちょっと魔法を使っていいところを見せようと思った、それだけなのよ。
ああ、これか、妖精のせいじゃないか。こんな魔道具のせいで、妖精たちが勝手に変に力を貸すから。
周囲が騒がしい。誰かが治癒魔法にたけた教員を呼びに走ったようだ。
ジュナは胸元から、父から贈られた魔道具のネックレスを引きちぎり、床に打ち付けた。
「こんなもの!妖精なんて!!!」
ジュナが叫んだ瞬間、魔道具の中心にあった真紅の宝石が、鈍く黒くなって割れた。すると、周囲を飛んでいた妖精たちの光も、黒くなっていった。
「なんだ!?妖精の力が消えていく」
「これじゃ治癒魔法をかけられないぞ!」
「外部から医者を!」
「血が止まらないの!おねがい!たすけて!」
ジュナはその場にへたり込んだ。そう、これは悪い夢だ。
わたしは何も知らないし、何も悪くない。
そしてそのまま気を失った。
*****
「アレックス様!」
「ララ!妖精の力が発揮できない。誰も魔法を使えないようだ。」
ララも妖精の気配が薄れたことに気づいて駆けつけてみたが、なんという惨事であろうか。周囲を見渡してみても、妖精の光がない。
ララは怪我人に応急処置をしているアレックスの横に屈みこんだ。
「アレックス様。わたしは治癒魔法を使えます。念じれば自室でお菓子を食べている妖精たちがすぐに現れるはずです」
「いや、そこまですれば、ララが特殊であることが…」
「良いのです。だって、そのための愛し子でしょう」
「そうだね。僕が責任を取るよ」
ララはにっこり微笑んだ。そして目をつむり、開いた瞬間に見慣れた、暖かな妖精の光が現れた。賑やかな妖精たちは、この環境下でも人型を保っている。これが愛し子の力なのだ。
『ララ、たいへん』
『みんなきえた』
『でんかだ』
『けがしてる』
「みんな、力を貸して。怪我している人たちに治癒魔法をかけるからね」
怪我をしている人たちに手をかざし、その場で治癒魔法を施した。その様子を見ていた治癒魔法が使える教員は、ララの呼んだ妖精の力をかりて、どんどん魔法をかけていく。
『おれ、すごいだろ』
「妖精が人型で…会話できるのか」
『ララ、えらい?ほめて』
周囲の生徒たちは目の前で起きていることに驚きを隠せない。いつも光の粒子としてしか見えない妖精が、自分の意思をしっかりと持ち、人間と対等に会話しているのだ。
そして自分の仕事を終えた妖精たちは、どんどんララの周りに集まっていく。
「あれって、アカシア辺境伯令嬢よね」
「彼女、治癒魔法が使えるって高等技術じゃ…」
「妖精が人型なのと関係あるの?」
「人型の妖精って、魔力がかなり高いとか、そういうの関係してなかった?」
「愛し子ってやつ?」
ざわつく講堂内で、妖精に囲まれて会話を楽しむララが神々しいものに見えた。シルバーブロンドは、妖精の光できらきら輝き、妖精と一緒にほほ笑む姿は、女神のようだった。
ひと先ずこの場は落ち着いた。ララのおかげで怪我人たちの怪我も癒えた。ララが連れてきた妖精たち以外の妖精たちも、少しずつ戻り始めているようだ。
この場は教員とアレックスによって他言しないように、と解散になるが、人の口に戸は立てられぬ。きっとこの魔力の暴走の件と共に一気に広がるだろう。
アレックスとララは、その晩に王城へ呼ばれることとなる。