プロローグ 愚痴を呟いて異世界渡航
女神様の膝枕スタート。
世界は、残酷だ。
優しさは美徳であると言うが、それは言葉の上でいかに美しかろうと過酷な現実の前にはあまりにも儚い。
狭間真。
36歳独身、顔はそれなりには整っており、器用に生きることが出来ていれば所謂「勝ち組」になっていたかもしれない。
しかし、真はひどく不器用な男だった。
20代前半。
若さゆえに想い人と仲たがいをしたわけでもないのに些細なすれ違いから破局。
その後も交流こそあるものの、友達以上には戻らなかった。
シンは優しいから。
そう言って悲しそうな笑みを浮かべていた彼女の顔が今も彼を縛る。
20代後半。
その後に惚れた女性もいたが、親友の想い人だった事を知り、身を引いてしまう。
「…シンなら、いいよ。」
潤んだ目で、見上げるようにそんなことを言われながら。
踏み出す勇気は彼にはなかった。
だって、そうしたらこの心地よい関係がなくなってしまうから。
30代前半。
「…ウソつき、ウソつき、ウソつき、ウソつき!」
次に出会ったのは他人を支配し、依存しながら相手を傷つける類の精神的DVを日常的に行う女性だった。
「ごめん、ごめん、ごめん、俺が悪い、俺が情けないから君を救ってやれないんだ、ごめん、ごめん…」
その女は、最後は全てを裏切り、姿を消した。
後に残ったのは何もない。
ただ、心に深い傷を残して女は居なくなった。
風の噂では遠くで歳上の男をつかまえてあらたに依存先を作り上げているらしい。
「……いったい何をしてるんだろうな、俺。」
現実にいい事なんか殆ど無い。
友人にこそ恵まれてどうにか今まで生きてきたがそれももう、限界に来ていた。
心が、軋んで、罅割れていく。
「……楽しみと言えばゲームくらいか…昔はいろいろしたのにどうしてかな、今は何もする気も起きないな、はあ。」
深いため息をつき、独りごちる。
「いっそ死んだ方が楽になるのかなぁーー」
本気ではなかった。
ただ、愚痴ていどに溢れた言葉にしかし。
答える者が居た。
「ダメですよ、命を粗末にしちゃ。」
「は?」
視界が白く染まる。
眩しさに目は眩み、目が回る。
あ、不味い。
そう考えた次の瞬間には身体は地面があると思しき方向に倒れていく。
「…そんな事を言う方は、こうです。」
ポスン。
未だ戻らぬ視界、後頭部に柔らかな感触。
「え、え?」
ぼんやりと戻り始めた視界に最初に写ったのはひどく美しい女性の顔だった。
自分を見下ろす、エメラルドグリーンの瞳、サラサラと流れるような金色の長い髪。
顎先は豊かな胸元に隠れているが、その瞳の美しさに吸い込まれるような錯覚を覚えた。
「えっと…だ、誰?」
どうやら自分はこの綺麗な人に何をどうしてか膝枕されているらしい。
真がそう気づいたのは数秒後。
「はい、私は憂いと優しさの女神、ナスターシャです。」
「えっ、と…憂いと優しいって文字、似てるよ、ね?」
暖かさと優しさと、いきなりな事態への混乱から、口をついて出たのは意味不明な言葉だった。