コミケ
室内に立ち込める熱い熱気。
これだけ広い会場内でも見渡す限りの人、人、人ばかりの中だと息苦しさを感じてしまう。
そんな中にいるのにマスクを付けたままの私って何なんだろう?
でも、これは絶対に外せない!
私がここにいるって誰にも見られたくないから。
今私は年に2回行われる、同人誌を配布・頒布・販売する集会…って何か堅苦しくなってしまった。
つまり省略して言うとコミケに来ているのだ。
私が一番好きなこのイベント。
このイベントのために生きていると言っても過言ではない。
そんな大好きなイベントだから、ウキウキ気分で洋服もサンダルも新調してきてしまった。
私の周りはこの文化を理解してくれる人が全くいない。
私がこんなとこに来てるなんて知られたくない。
周りに合わせる事で自分の居場所を確保している私がアニメが好きな事誰にも知られたくない。
私はいわゆるオタクです。
オタクもオタク。三次元の人間なんかに全く興味が無い。
誰かが誰かと付き合ってるとか、リア充で羨ましいとか、そんな言葉どうでもいい。
中学三年の時、自分の進路決める際近場の高校なら楽だろうと安易な気持ちで受けたこの高校が後々私を奈落の底に突き落とす事になるなんて思ってもみなかった。
みんな自分の事だけで精一杯隣の子が何してるのかも関係ない、頭にあるのは次のテストの事ばかりの進学校なんかを選んだあの日の私をぶっ飛ばしてやりたい。
さてと最近はまっているBL冊子を散策して早く帰ろう。今日は私の推しの作家さんも出展してるから楽しみ。
しかし…、真夏にマスク…この熱気。
さ、さすがに気持ち悪い…。
「つ、次はどこのブース回る?」
歩を止めて向きを変えた瞬間どもった野太い声と共に黒の大きなリュックが私に襲いかかってきた。
その威力の凄まじい事。
弱っていた私を突き飛ばした。
「痛、いた」
勢いよく飛ばされ体制を崩した私はその場に無様な格好で倒れてしまった。
な、なんなの、一体?
お尻も腰も痛いし。それに何より恥ずかしい。
だから三次元なんて大嫌い。
二次元ならこんな時…。
「大丈夫?」
そそ、こんな風にイケボの人が手を差し出してくれる。
ん?ん?ん?
白くて細くてしなやかな指をした手が私の目の前にあるものだから、目線を少しづつ上にずらした。
黒くてすっとしてるマユ毛の下の大きな二重の目が心配そうな顔で私を見ている。
端正な顔に浮かぶ眉間のシワまでが絵画のように美しく見える。
美しい…。何て美しいんだろう?
まるで人間国宝。
「あ…え、と」
「立てる?」
一瞬別の世界に迷い込んでしまった幻想はすぐに騒がしい声にかき消された。
これは現実。
現実の異性の手になんて触れられない。
「だ、大丈夫です」
慌てて立ち上がると足首に鈍い痛みが伝ってきた。
転んだ時足を捻ったらしい。
「…つっ」
「大丈夫?」
思わずよろめいてしまった私の体は突如現れたイケメンに支えられた。
あー、何ていい香りなんだろう?
ふわふわとした気持ちで見上げてはっとした。
わ、私ったら何を。
「あ、あ、あ、大丈夫です」
慌てて離れるから不完全なバランスでまた倒れそうになりまた彼に助けられた。
「大丈夫じゃないでしょ」
そう言ったかと思うと体が軽くなるのを感じた。まるで宙を舞う感じ。
え?え?え?
私の体はひょいと抱き抱えられていたのだ。
え?え?これってまさかまさかお姫様だっこー?
行き場を失った足がぶらぶらと宙を駆ける。
「ちょ、ちょ、ちょ、ちょっと降ろしてください」
「…足腫れてるよ」
確かに。右足首がビミョーに赤見を帯びて腫れている。
慣れないサンダルなんて履いて来なければ良かった!
足が腫れているのばれずにすんだのに!
「拓海、ちょっと彼女を救護室に運んでくるからここで待ってて」
「え?ぼ、僕も一緒に行くよ!」
大きなリュックの人は彼の友達だったらしい。
そう、友達…。
にしてはちょっと彼にくっつき過ぎでは無いだろうか?
不自然なほど肉付きのいい体を彼にくっつけていた。
「僕を置いていくなんてひどいよー」
「おい。だいたい拓海のせいで彼女がこうなったんだぞ。ちゃんと謝れよ」
「…。悪かった…ね、てか、やっぱりずるいよ、僕だって葵にお姫様抱っこされた事ないのに」
うんうん、確かに彼のリュックのせいでこうなったんだから謝罪は受け取っておこう。…え?今何て言った?
「…うーん、そうだな、じゃ今日帰ったらしてやるから取り合えず彼女を救護室に」
さっきからこの人達何の会話をしているの?
こんな会話、BL同人誌しか聞いた事ない!
ん?まさか、まさか?
「あのー、お二人はどんな関係ですか?」
恐る恐る尋ねてみる。
すると…。
「うん?彼氏彼女だけど…」
何言ってるの?と言わんばかりに普通に答えられた。
ぶは!
マジでか?鼻血が吹き出しそうになり手で口元を抑えた。
リアルBL。
何て何て…何て素晴らしいんだろう!