休日の怠惰
食料難を救うのは虫らしいですね。
さて、月日が沢山周り試験の日です。
とは、いっても学園の試験まではまだ半年あって今回はナーデ兎を捕まえに行くのと指定された薬草の採取。最後に森の泉の奥にある水晶を森の中から試験官の元に飛ばす。
ナーデ兎は前に見ているから大丈夫だし、水晶を飛ばすのもまあ大丈夫だろう。問題は薬草の採取。草は草だろうくらいの認識しかなかった私は座学でこれを教わっている時、実物を比べさせられたが同じ草にしか見えなかった。
その後ルアーノ兄さんにくどくどとこっちの葉は少し細くて先が尖っていて裏の筋がまっすぐでこれは丸みを帯びたのが特徴でといろいろ説明してもらったのできっと…多分大丈夫だ。
「ソフィ、大丈夫?」
「え、あーうん。えっと葉っぱか丸くて花が赤くて花びらが五枚何だっけ。」
「そうそう。あと、根には毒があるから触らずに袋に入れる事。」
試験の事を考えて難しい顔をしていたのかルアーノ兄さんが心配そうな顔をして確認してくれた。
今回フェルナーデの森に行くのは私とミリアだけだ。試験を受けるのは二人一組が一般的なのだが私は時期を早めているので一緒に組める人はいなかったし合格済みの兄たちに頼むわけにも行かなかったのでぼっち試験インミリアだ。
前回魔物に襲われた事もありどっちか一人を連れて行ってもいいと試験官に言われたが何となくずるしているみたいだったので丁重にお断りしておいた。前回はリズの境界を越えたからああなっただけで越えることさえしなければ危険はないのだ。
そうは、いっても心配は心配らしくリズの境界をきちんと把握できるミリアを付けてもらった。ミリアはこの領地の出身ではなくこの試験は受けたことが無いのでずるにはならないだろうという事だ。
フェルナーデの森に行くのは魔物に襲われた時以来になるので大体一年半ぶりになるだろうか。
あの頃は記憶が戻ったばかりだったし魔力も安定していなかったが、今はこっちの世界にもだいぶ慣れて魔力も少しずつウェンズリー夫妻に戻して貰ってしっかりと安定している。
魔物に襲われた時の恐怖も完全になくなった訳ではないが薄まってはいる、案外私の神神経も図太かったのだな。
うん。大丈夫そうだ。
「じゃあ、行ってくる。ミリアよろしくね。」
「お任せください!ソフィ様。アーサー様もルアーノ様もそんなにソワソワしないでください、緊張がソフィ様に移ってしまいます。」
「ああ、悪かった。僕たちもちょっと落ち着くよ。」
「無理!無理だ!落ち着ける訳がない。やっぱり俺がついて行った方が」
よほど心配なのか私達の周りをウロウロしていた兄がミリアの言葉に立ち止まりさらに顔を青ざめる。
ウェンズリー夫妻も朝お通夜のような顔をしていたからそれに影響されたのもあるのだろう。
「大丈夫、誓ってミリアに傷一つ付けないよ!かわいいミリアは私が守る!」
「ソフィお願いだから自分の事をもう少し心配しろ。」
今回ばかりは言葉選びを間違ったのだろうミリアもルアーノ兄さんも不安そうに呆れたようにこちらを見てくるし兄に至っては私の両肩に手を置いて死にそうな顔をしてまっすぐとこちらを見てくる。
今の私なら魔物にも勝てそうな気がしているし、今迄の努力をその結果の実力を兄たちが一番よく分かっているはずなのにそこまで心配するかとも思うが、まあそういう物なのだろうと思い兄から離れミリアの手を引き笑顔で兄たちに今度こそ行くね!と手を振る。
無理やり家を出て意気揚々と森に向かう。森に向かうには街を通る、窓からはそう遠くは思えないのに歩いて行くとやはり遠い。
前は、兄に着いていくだけだったが今回は慣れからか少し余裕があり辺りを見渡す。
まだ、早い時間だからか街の人々は店支度をしている。たまに行く雑貨屋の奥さんと目が合うと手を振ってくれる。人に手を振るのって恥ずかしくて苦手だけど嬉しいなと何とも微妙な気持ちを抱えながらも控えめにだがしっかりと振り返す。
相変わらず伝統服を着ているのは私くらいでミリアは侍女服のままだし。
この辺りの町はフェルナーデの森の木材を使っているから白い建物が多くたっている。
前世とは違った白い木目や石道に少し目立つ服。領主の娘なんだと思い直し少し背筋を伸ばす。
普段は家で試験の勉強だからなあ。
今日の試験が終わったらもう少し街に行く機会を増やして貰おうかな…
次来た時にどこに行こうかとキョロキョロと辺りの店をお見ていると、ふとミリアの鷲色の瞳がこちらに何か訴えるように見てくるのが目に入る。
「なあに?」
「…いえ、よろしかったのですか?アーサー様の事」
少し申し訳なさそうにそういうミリアに付いてきて貰っている上に気を使わせてしまってこっちこそ申し訳ない事したなと反省する。
「まあね、そもそも兄さんが二年で学園に入れなんて言うから時期早々に森に行く嵌めになった訳だし。困らせるのも些細な嫌がらせだよね。」
「ソフィ様がそのようなお考えなら何も言いませんが。その代わりソフィ様には私が傷一つ付けさせませんからね。リズの境界なんて持っての他です!」
ふんっと少し怒った様にいうミリアに頼んだよと声を掛ける。
魔力が安定してから何となくだが魔力の濃い薄いが分かる様になった。感じ方は一般的に重い軽いだったりするのだけど私は匂いだったりする。
人によって匂いは少し違うのだけど兄は雨の香りだったしルアーノ兄さんはシトラスのような爽やかな香りがした。匂いまで王子のようなんだなとその性格とのマッチさに鼻で笑った時に軽く雷を落とされたのでもう笑わないと誓った。
あと、ミリアはバニラの甘い香り。ウェンズリー夫妻は揃って花の香りがした。ジュール兄さんは柑橘の香り。シャルロッテは海の潮の匂いに近い。
みんな、いい匂いなのだが私自身がどんな匂いがするかはいまいちわからなくて少し不安だったりする。やっぱり自分の匂いと言うのは分からないものなんだなと思うと同時に私と同じように匂いで分かる人が学園には居るかも入れないとあったら聞いてみるというのがひそかな目標だったりする。
ミリアのようなバニラの香りなどの前世で覚えている香りをつたえても物によっては伝わらないのが難点だが。
柑橘類は伝わるんだけどな。ここら辺はこっちの世界にもあるものと無いもので線引きが難しい。
兄はといえば、重さでも匂いでもなくて“何となく”だそうだ。それで、事実魔力の量や得意な系統が分かってしまうのだから兄の勘のようなものも馬鹿にできないなと思う。
ふと、草木の香りと共に雨の匂いがした。
「??」
鼻をスンッとして辺りの匂いを嗅ぐ兄かとも思ったが少し違うもうちょっとなんというか湿ったような匂いだ。
「どうされました?森に着きましたよ?」
「あ、もう着いたんだ。」
ミリアにそう言われて辺りを見回すと本当に着いていて相変わらず白いその森にやっぱり私の知っている森は緑のイメージが強いから違和感あるなと感想を抱く。
「兄さんよりも湿ったような濃い雨の匂いがするんだよね。」
「あら、もしかしたらそれがリズの境界の香りなのかもしれないですね。空は乾いていますし私も少し空気が街に通って来た時よりは重く感じます。」
これが、リズの境界の香り…
森に踏む込み進むたびに匂いが強くなっていくきがした。
「ソフィ様は、どちらの試験からなさるんですか?水晶は最後ですし。」
「うーん。取りあえず、餌は撒きつつ薬草探す方がメインかな。私餌撒きには自信あるんだよね!だから後回し!」
「そういえば、ソフィ様の餌撒きはなぜか食いつきがいいとルアーノ様がおっしゃっていましたね。」
そうだろう、そうだろう。私は餌撒きのプロフェッショナルなのだ。
ホレっと魔力を込めながら餌を撒く。撒きながらも薬草の生えやすい環境を思い出しつつ赤い花とナーデ兎を探す。
「ソフィ様、ソフィ様。」
いくらか進んだところでミリアが少し引き攣った声でこちらを呼び止める。なにか見つけたのかなと後ろに居たミリアを振り返ると顔をも引き攣ったミリアと沢山の動物たち。
沢山の動物たち。
「わあお。たっくさん。」
即座にミリアの手を引き走る。勿論動物とは逆の方向へ。
「ソフィ様、あと一歩でリズの境界です!」
「あっぶな。」
走っている途中、夢中になりすぎたのかリズの境界まで来てしまい急ブレーキをかける急に止まれなくてシールドを張って体当たりした状態だが。
ちょっと痛い…
スンッと匂いを嗅ぐまでも無く、確かに街や森の浅い所とは比べも無く濃い雨の匂いがして少し眉間にしわが寄る。
「ひとまず、動物達は追って来ていないようですしここは離れましょう。」
「うん…そうする。」
先ほどとは違い真剣みを帯びたミリアの声に即座に匂いの薄い方へと歩く。
「はあ。なぜ、あんなにも寄って来たんでしょうね。ソフィ様どんな餌の撒き方したんですか。」
「え、どうって魔力ちょっと込めてほおり投げてただけだけど。あ、ナーデ兎もいたからちょっとは狩った方が良かったかなあ。迫力負けしちゃったけど獲物は獲物だし。勿体無いことしたね?」
「…。」
「え?ミリア?なにそのルアーノ兄さんみたいな目。凄い残念な物を見る目。やだ、久しぶりのようなデジャヴのような。じゃない、え、私またなんかしたの?」
あ、ミリアがため息ついた。辛い。
「ソフィ様」
「あ、はい。」
「動物たちは普段空気中の僅かですが魔力の籠った木の実等々を食べて生活しています、魔力の多く籠った木の実は早熟ですし身が大きい事も多く動物たちは好んで食します。ここまでは習いましたね?」
「習いました…あっ。」
「気が付きました?あっ、じゃないですよ餌はただでさえ引き付けられやすいように少量の魔力が籠ったものなんですから。もう、魔力込めるの禁止ですよ?」
「返す言葉もございません…」
つまりはそういう事だ。私は餌撒きのプロフェッショナルなどではなくいや、プロと言えばプロなのだが。魔力多いし、その分寄ってくるし。あ、すいません。調子乗ったからそんな目で見ないで!ミリアさんっ。
兄たちについて行った餌撒きの時も無意識に魔力込めて投げてたんだろうな…と遠い目をする。おっ赤い花発見。
無駄に力込めてたからな…あ、やっぱあれだよね。
深く反省しつつ薬草を取り根っこを触らないように袋に入れる。
「何、しれっと薬草とってるんですか、まあいいですけど。」
拝啓、兄さん
なんだか侍女のミリアが冷たくなった気がします。あ、いえ、嫌われた訳ではないと思うのですが。なんだか、ルアーノ兄さんの同じ匂いを感じます。きっと兄さんは私側だと思います。
敬具
そうして、そのまま泉に向かいザパアッと潜り水晶を取って魔法で自分を乾かすのと一緒に試験官の先生のもとへ送りました。
兎?それは、もう泉に向かう途中に沢山いましたよ。撒きまくってましたからね改めて撒く必要なんてなくてそれはもう、がっぽがっぽ。なんなら、帰り道にも沢山いました。
今日は兎祭りですね兄さん。
****
「ただいま」
「ただいま戻りました。ソフィ様私は料理長とアリシア様に渡してきますね。」
「うん。アリシア伯母さんの手料理久しぶり。私も後で手伝いに行くって言っておいて。」
「了解しました。では、お気を付けてくださいね。」
ガッ‼
「っ。ソフィッ!」
ミリアの気遣いもむなしく後ろの扉に頭をぶつける。
「おかえりソフィ。大丈夫?」
「ただいま、兄さんルアーノ兄さん。ちょっと、だいぶ痛い。」
「えっ、どこか痛いのか!?どこ?どこが痛むんだ?ルアーノが治すよ?シャルロッテ呼ぼうか?」
「いや、アーサーお前のせいだよ。」
「兄さん、勢いが…あと肩も痛いから。」
こんな形で壁ドンを果たすとは。
抑えられた両肩とぶつけた後頭部に痛みを覚えながら、兄と兄越しに見えるルアーノ兄さんと会話を続ける。
「試験終了、今回は水晶がこっちに帰って来たら合格だよね?」
「うん、水晶と一緒に薬草とナーデ兎送ったから、薬草が合っていれば直ぐに返ってくるはずなんだけど。うおっ」
「ああ、それならさっき伯父さんが受けっとったから伝えといてくれって。」
先に言えよ。そして、体持ち上げないで変な声出しちゃったよ。
重要な言葉をあっけらかんと何でもないように言う兄にルアーノ兄さんと共にため息をだす。
「兄さん、降ろして自分で歩けるから。どう考えても大事にしてる妹持つ持ち方じゃないよね。なんで俵担ぎ。」
「たわらが何かは分からないけど、僕もそれはどうかと思う。それに、合格知っていたなら先に伝えないとソフィも不安になっただろうに。」
そうだ、そうだー
うっっぷお腹痛いし酔ってきた。
「それは、ごめん。ソフィが無事か心配で。」
「無事も無事。過去最高にナーデ兎が大量だよ。なんで、あんなにあったの。」
「うっ、どこでそれを」
「さっきミリアとすれ違った時に」
あ、そっか。
返ってくる途中に領民に配っては来たんだけど…それでもおかしな量あったな。一年分の仕事をした気分だ。
餌を撒くのに魔力を込めていた事を伝えるとルアーノ兄さんは成る程ねそれでと納得してはいたけどやっぱりそれ以上に残念そうな、というかもはや憐れむような視線を投げて来た。
受け止めきれずにお腹の痛さを和らげる事に意識を向ける事にした私をよそに兄は“何となく”感じてはいたらしくこちらも納得していた。
ふと兄たちが足を止め、扉を開く。
入って行ったのは兄の部屋らしくルアーノ兄さんが相変わらず何もないなと呟いていた。
兄にソファに降ろされ、部屋を見渡すが確かに何もない。ベッドと私がいま座っているソファのみ。クローゼットの中には服とか入っているのだろうが、鏡も小物の類は一切ない。
机も無く生活感が感じられない。食事も勉強も別の部屋でやっているから趣味の類を除けば誰でもこうなるのだろうが机と本の一冊くらい置けばいいのにと思うが兄が大人しく机で本と向かい合う姿が想像つかなくて考えるのをやめた。
慣れたように部屋の明かりをつけるルアーノ兄さんに私の膝に小さめの箱を置く兄。
「これ、なに?」
「開けて?」
「う、、うん。」
この世界の箱の類は魔力で消え魔力で再び現れる。
慣れないんだよなあ。と思いながらも箱に魔力を注ぐ。パリンッと軽く割れる音と共に手の平に箱のひとかけらとネックレスが現れる。
細い金属が連なった紐の先に朱銀色のリング。
「試験の合格祝い。そのリング魔力を込めた人によって色が変わるんだ。今はアーサーのだね。物を選んだのをシャルロッテだけど。」
僕たちは物を選ぶの苦手だったみたいと微笑むルアーノ兄さん。
「ソフィの魔力も今ので少し入ったみたいだ。良かった俺の消えなくて。」
そういった兄の通りに朱銀色だけだったリングの中心に白い線がスッと入る。それを見る兄にどう?と顔を覗き込まれる。
「ソフィ?」
兄の心配する声に、顔を上げると不安そうにこちらを伺う兄と、笑うルアーノ兄さんと目が合い、ネックレスを握る手に力が籠る。
「これ、嫌い?」
サプライズなんて、物は嫌いだ。
求められる反応が分からなくて、皆が隠すから嫌い。
まあ、でも。お礼くらいは言ってやらんでもない…
「あ、ありがとう…」
そんな、上からの心意気で言った礼は素直な兄は素直に受け取って、にっこりと笑うのだから嫌になる。同じ腹から産まれたのにも関わらず、どうしてこうも違うのか。
兄と違って、性格がひねくれているのは前世の私がいるからだ。
「ちゃんと、お礼入れて偉いな。ソフィ」
そう、言って私の頭を撫でる兄に甘やかすこの人にも責任があると思う私は悪く無いだろう。
兎はもうしばらく食べたくなくなった。
最後の方変更しました。
迷走中。迷走中。