四番バッターに期待の中の投了
兎って本当によく飛ぶなあ。
必死に逃げる兎を追いかけるも元々距離もあった為か中々追いつけず、少し注意をそらした隙に待ってましたとばかりに視界から外れるように大きく飛ばれその後、完全に見失ってしまった。
そもそも、この世界の動植物は前世と違って身体能力や成長が早いようなのだ。ベットへ拘束されている間は外の事に関しては窓枠に収まる小さな世界が私の退屈さを埋める
大事な糧となっていた。
まず、ここの世界の植物は前世と同じく太陽の光や水、酸素を吸って成長するのは同じらしいのだがそれと同時に周囲の自然にある魔力を吸って成長しているのだ。なので、魔力の薄い土地では前世と変わらず緑が主となっているのだが魔力が濃い目の土地ではこの森のように白くなったりと、色に変化が起こる植物が多く存在する。
また、それらの木になった木の実や、同じく魔力を吸って育った草花を食べて成長する動物たちはもちろんそれらの影響を多く受ける。
基本的には身体能力や知力の向上が主だが、多大にその影響を受けてしまったために突然魔獣に変化することが、ある。多くは無いのだがこの世界における魔獣の発生源の三割程度を占める。
そういった理由から魔力の濃い森の深部には魔獣が発生しやすく、ただ、一定の魔力量を摂取し続けていないと魔獣は弱体化し果てには死んでしまうために森の浅い所で魔獣に会うのはほぼ奇跡に近いものでありそれによる被害も数十年に一度しか上がってこないのだ。
その他の七割はというと、ダンジョンによるものだ。この世界におけるダンジョンとは、自然災害と同意であり。その代わりと言っては何だがこの世界では地震や豪雨などの異常気象は数百年に一度あるか無いかというレベルであるそうだ。
さて、兎を夢中で追いかけて来たのはいいが。見失ってしまった事だし。兄たちのもとへ戻らなければ。
それに夢中で追いかけ過ぎてしまったのか太陽は身を潜め初め辺りは昼間のキラキラとした太陽の光を透かした白い木々とはうって変わり。今は夜の色をどんどんと吸い込んでいき、少し心もとない淡い月の光だけを奥に潜めたように私を深い闇の中へと引きずり込んでいくようでこれはこれで神秘的なのだが独りである不安の中では不気味としか言いようがない。
…少し…変ではないか?
森の不気味さにあてられてか。ふと、そう考える。
いくら、日が落ちて来たとはいえここまで劇的に変わるものだろうか。それに、私の居る場所辺りを境に後方はまだ、太陽の赤い光が広がるが前方に広がるのは闇ばかり。
それがこの世界の特性だと言われればそうなのか、と頷くしかないのだが少なくとも今日までの五日間程でこれまでにくっきりと昼と夜が分けられた光景は見たことが無い。
もし、この夜側が兄たちや大人たちが言っていた森の深部なのだとしたら…
「こ、これはちょっとまずいのかもしれない…」
私がそう呟くも周囲からの返答は無い。代わりにあるのは呻り声。
そう。呻り声が私を…
…......。
いや、待て待て待て待て。早まる鼓動を必死に抑え込み太陽の明かりのある方へと踏み出そうとしていた足をさらに踏みしめながらも意を決して呻り声の方へと顔を向けると、目があった。
目が合った。
目が合った事実から一度目をそらし少し前。そうフラグを立てたあたりからやり直すことにしてみた。
吸って―吐いて―。
「こ、これはちょっとまずいのかもしれない…?」
私がそう呟くも周囲からの返答は無い。あるのは真っ黒な体で牙をむき出しに呻る声…はやっぱり見間違えでも聞き間違いでもなんでも無い。誠に残念だ。
確定申告のように一段と低く魔獣が呻る。
「逃げなきゃっ…」
更に闇を広げつつある足場の悪い森の中を明かりのある方へと必死で駆け抜ける。半分現実逃避をしていたにも関わらず恐怖の中動き出してくれた自分の足と逃走本能に盛大に拍手を送りたい所だが後、もう少し頑張ってきて欲しいと願う。
が、七歳の足に期待するなど無理な話だ。
着実に迫ってくる魔獣の重い足音が一々響き、その度に心臓は大きくはね上がる。
「ハァッ…ァッ兄さんっ、兄さん!助けてっ。」
「ソフィッ‼」
向かう先の向こう白い森の中で銀朱の服を着た兄が見えた。
来てくれたと思うと同時に視界がふっと暗くなりドスンッと一際大きな足音が響いた直後、背中に激痛が走る。
「っぃあああああああ″あ″あ″」
「---ソフィーーーー!!」
痛い痛い痛いッ嫌だ、なに?!なんで!?
一瞬痛みに思考を持っていかれてすぐに、自身の足が止まっていることなど気づきたくもない事実に気付き思わずハッとして魔物が居る後ろを振り返る。
疑問をもってから魔物に追いつかれ攻撃されたのだと気付くまでの時間はそれほど長くなかったに思えたが、そこに居たのは恐れていた魔物の脅威ではなく
............兄さん?
逃げる先の向こう明るい森の中に居たはずの兄が息を荒く乱し、肩を大きく上下させる背中が見えた。。
兄の手には血に濡れた刃の反れた日本刀のような光を纏った剣が握られておりその先は兄によって直接は見えた訳ではないがおそらく魔物に突き刺さっているものと思えた。その証拠に魔物はビクビクと痙攣したかと思うとボトッと核だけのようなものを残し霧散して消えた。兄が魔物を殺したのだ。
「に、兄さん?」
呼ぶ声に気付いてくれた兄はゆっくりと私の方へ振り返る。
垂れた髪の隙間から見える兄の目は大きく開かれ、いまだ殺意が籠っていた。その瞳はギラギラと光っているようにみえ、前世私を殺した彼を彷彿とさせる。
その瞳にか前世死を思い出してか守ってくれたはずの兄に恐怖し一つ後ずさってしまう。
後ずさったのちにあったのは、引いていく傷の痛みと私を支える暖かな手。
「アーサー…。しっかりしろ、ソフィは大丈夫だ。」
ルアーノ兄さんは私を支える手に少し力を入れながらも兄をそう諭した。
兄はそれを聞いて一度息を大きく吸い込むとスッと瞼を閉じた。次に瞼を上げ見えた瞳に先ほどまでの殺意はなく、私がこの世界で兄と呼べる存在へと戻っていた。
「悪かった…」
「落ち着いたならもういい。それよりもソフィだ、僕が出来る治癒魔法は応急処置程度だ、限界がある。それに、この場所に居続けてはまたいつ魔物が現れるとも限らない。
ソフィ、痛みは?」
「あっ。大丈夫。あの、私…ごめんなさい勝手に一人で追いかけてしまって。」
「うん。そうだね。でも、その話は家に帰ってからにしよう。取りあえず痛みがちゃんと引いているなら歩けるね?早く森を降りて帰ろう。アーサー、心臓だけは取って置けよ。」
「うん」
「…。」
心臓とは何かと思ったが、悪かったと一言発してから黙り込んだままの兄が魔物が死んだ時に落とした核のようなものを拾ったのでその事だったようだ。
その後、治癒魔法では服までは治せないからと羽織っていた上着を貸してくれたルアーノ兄さん先導のもと森を足早に降りて行った。
私は一人で突っ走ってしまった罪悪感から、兄は何か落ち込んでいるのか、酷く落胆した様子で、それでも私を心配をしてくれているのか何度か様子をうかがうように目を合わせてくれてはいたが無言のまま足を進める。
段々と夜から夕方に逆もどりするような不思議な空間を抜けた後、先導していたルアーノ兄さんが歩みを緩めた。
一旦止まるのかと思ったがそういう訳でも無いらしくそのまま歩きながらも私が不思議に思ったのを感じたのか、今の所なんだったかわかる?とたずねてくれた。
「ううん。わからない。夜と夕方の境目みたいだったね。」
「そうだね。今の時間帯でいくとそうなるね。あそこは所謂この森のリズの境界だ。ソフィの言う境界の夜側“モーン”には魔物が出て、夕方の側“テーム”へは魔物は居ない。極まれにテームでも魔物はいるらしいけど数時間で心臓も残さずに消滅する。モーンも昼間は魔物の出にくいテームのような範囲はあるけど大体太陽が空の四分の三以降を沈み始めた時からモーンは広がってリズの境界の所で止まる。」
「じゃあ、私が入ってしまったのは昼のモーンって事?」
「そうだね、そして太陽が傾いたから完全なモーンとなってしまって魔物がでた。
リズの境界を今通った時空気が軽くなったような感じがしなかった?」
ルアーノ兄さんがそう尋ねてくれるが私自身兎を追いかけている時も今通って来た時も何も感じなかった。話を一応聞いていたのであろう兄もこれには不思議そうな顔をして空気って重さ変わるのか?とルアーノ兄さんに尋ねている。
さっきまでの落ち込んでいた兄は今ではそんな様子はなくルアーノ兄さんの言葉に純粋に疑問を持ったようで、私もこの世界ではそんな事もあるのかもしれないとルアーノ兄さんの答えを待つ。
だが、質問されたルアーノ兄さんも少し不思議な顔で何も感じなかったの?と質問で返してくるものだから兄と揃って大きく頷く。
ルアーノ兄さんを少し考え込むようにして
「うーん、もしかしたら二人は体内の魔力の量が高いのかもしれないね。普通はリズの境界から魔力が濃くなるからモーンに向かうときは空気が重くなったような感じがするし逆にテームに向かうときは軽くなったりするんだけどたまに自分の中の魔力が高いとそれが安定して自分の中にきちんと収められるようになるまでは周りの魔力変化が感じられない事があるんだって?」
自分の知識が正しいのかの自信が薄いのか最後疑問形になってしまったルアーノ兄さんだが私からすればその年でその年齢でつらつらとそんな情報が出てくるのが驚きでならない。
この世界では常識なのかもしれないが、私が記憶を失ったあと簡単なこの世界の常識を覚えているかの確認をしてもらっている際に、兄が時々初めて知ったという風に私と同じような反応をするものだからよく解らない。もっともそんな顔をする兄を毎度残念な物を見る目で見るのがウェンズリー家の皆々様であり、曰く何度も教えて貰っているでしょうとのことだ。
なので、兄の態度は参考になるものでは無い。あと、ルアーノ兄さんも勉学に関して日々才能があると祭りあげられているのでこれも参考にならない。
こう、ちょうどいい感じの常識人はいないものなのか。ウェンズリー家にお世話になっている以上周りからの目で浮いてしまったりしてこれ以上心労を掛けたくないのだが。
ただでさえ、記憶を失い魔物に襲われているのが現状なのだ私たちに寂しい思いをさせないようにとルアーノ兄さんと同じように扱ってくれる伯父さん伯母さん達はきっと必要以上の心配をしてしまうだろう、そんなのは申し訳なさすぎる。
これから、魔物に襲われた事を報告しなけばいけないと思うと心苦しい。あと、普通に怒られそうで怖い。
「あっ、街道が見えたね。遅くなってしまったし母さんも心配してるだろうから綺麗な道に着いたら少し急ごうか。」
そういったルアーノ兄さんの言葉通り伯母さんは心配の余りか家の前でウロウロしていてお付き侍女の家の中でお待ちくださいとの忠告も聞かずに最終的に伯父さんも一緒に帰りを待っていてくれた。
私達を見つけるなり笑顔になって迎えてくれ何気にしっかりと回収してきていたナーデ兎をみてお祝いムードになりつつも魔物の心臓と私の怪我を見るなり伯母さんは顔を真っ青にして私を抱きしめ。伯父さんは見たことない程に険しい顔をしていた。
10歳そこらの子供たちが魔物と対峙するというのは思った以上に深刻な問題だったらしい。
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