#0 終わりの始まり
――まさに理想郷。
そこが現実か仮想かなんて、どうでもよくなるほどに。
0と1の世界、というと簡素で空虚なものに聞こえるが、そんなことはない。
今まで過ごしてきた現実こそが仮想だったのではないかとも思わせる、現実と同等以上の世界。
まさに異世界。
現代に現実として存在する、異なる世界。
もしかしたら僕たちがいるこの世界も、今どこかでプレイしている「人生」という名のVRゲームの中なのかもしれない。
こう考えると、そもそも現実ってなんだかわからない――。
世界人口97億人が期待した没入型VRゲーム、その名は「Different・World・Summons~異世界に召喚されし者たち~」。
発表から数日で、瞬く間に全世界が魅了された。
大々的な報道から4年、ついにアーリーアクセスが開始される。
完成度の高さに全プレイヤーが驚きの声を上げ、人類は皆VR世界の虜となった。
ゲームがやりたくて買う他にも観光目的や未知の食事目的で訪れるなど、用途は多岐に渡り始める。
家から一歩も出ずとも現実世界よりすばらしい世界を見放題なのだから、これ以上に便利なツールはないだろう。
空前のVRブームの訪れ。
一億総ゲーマー時代の到来により、日本は「娯楽の監獄島」と揶揄されるようになるのだった……。
◆◇◆◇
~サービス開始より二週間後~
2066年3月14日 12:01
《――異常なエナジー量を観測――》
《――魔物不可侵結界が破れらました――》
《――観測対象、解析開始――》
検出結果――――種名【エンドロギアス】の特徴と一致
能力値測定――――測定限界到達
危険度測定――――危険度:S
特例依頼申請―――――申請却下
ワールドイベント申請――――申請許可
ルール設定――――協力レイド式を構築
報酬設定――――ランキング制、ダメージ量制を構築
救済設定――――最高レベルの救済を要求。『___』に神託を送信します
《――ワールドメッセージ、ワールドメッセージ――》
《――このメッセージは全プレイヤーに向けて送信されています――》
《――2066年3月14日12時01分、現時刻を持ちましてワールドイベントを開始します――》
◆◇───-–- - -
ワールドイベントが強制施行されました。
全プレイヤーは早急に対処してください。侵攻方角は北エリアです。
▶対象:【エンドロギアス】
▶勝利条件:対象の討伐 or 撃退 or 封印
※残り救済回数 4回
※破壊対象 第一拠点【フォルツァンド王国】 残存耐久度:100%
(イベント期間中に破壊されたオブジェクトは自動修復されません)
※残り時間 13日 23時間 59分 59秒
- - - –-───◇◆
◆◇◆◇
~サービス開始より1か月後~
2066年 3月 28日 11:56
~{王国:王城のふもと}~
街中に侵入した巨体は、もはや誰も止めることはできない。
「あんなの……あり得ない……。
お婆様の昔話にだって……こんなの出てこなかった……ッ!!」
NPCたちはうろたえた。
両手で頭を抱え、歩むことも困難なほどに混乱していた。
「くっ……くっはははは!!
こんな話、王国書庫のどんな本にだって載ってなかった!
……馬鹿げてる。
ば、馬鹿げてるよぉおおお!
俺は死にたかねえよぉぉおおお!!」
NPCたちは理不尽の押し付けに憤りを感じた。
目には涙を浮かべ、必死の懇願も人ごみの喧騒に消えて虚しくかき消される。
「ハハ……もうダメだこりゃ。
この王国はお仕舞ぇだ。
こんな時に、おとぎ話の【三英傑】が1人でもいてくれたらな……」
NPCたちは絶望で諦めた。
から笑いをして、視界に映る嘘のような現実を受け入れた。
「ママー! ママー!
置いてかないでよ、ママー!」
NPCたちはプログラムされた行動を忘れた。
母親も置いて行ったつもりではないのだろう。この人混みだ、はぐれてしまっても仕方がない。
人々は泣き叫びながら王国の奥へ、奥へと歩を進める。
喧騒。
阿鼻叫喚。
地獄とはまさにここじゃないか。
自らの命がかわいくて、それを必死に手放さないよう、他者をないがしろにする。
これを地獄と言わず、何と言う。
「落ち着いて行動してください! 前の人を押さずに、落ち着いて!!」
避難誘導を行うプレイヤーの声は、果たしてNPCの耳に届いているのだろうか。
《――残り時間が5分を切りました。皆様どうか諦めず、最後まで全力を尽くしてください――》
ワールドメッセージが全ての勇者たちの脳内に響き、視界に直接映る。
それは、この戦に終わりを告げるものだった。
「支援系スキル、遠距離攻撃スキルの使い手、それと初心者!!
王城からとにかく離れて!!
龍の身体から吹き出す炎のスリップダメージだけで死ぬわ!!」
イベント終了ギリギリにやってきた初心者や、前に出過ぎた後方組に向けて、火耐性の装備でかためた緑髪の女騎士が叫ぶ。
素直に従った者は助かったが、聞こえていない者、聞かなかった者は瞬間的に噴き出すマグマに溶けていった。
アバターは光のポリゴン片となりその場から消え去る。
「「「ウォーター――」」」
「「「アイス――」」」
「「「ボオォォゥルッ!!!」」」
接近戦を行う者の背後には、魔術師のようなローブを着た者がズラッと並んでいる。
虚空に魔法陣が複数展開され、幾千もの水の塊や氷の塊が現れては投げられ、現れては投げられ。
空に彩られた打ち上げ花火のように展開されたそれらは、標的に向かって間を置かずに延々と撃ち放たれる。
焔が立ち上っていた敵の皮膚が音をたてる。
「後方組ありがとよォ!
お前らァ、ここが正念場だアアァァァ!!」
間髪入れずに、火が消えて攻撃が通るようになったポイントを狙って、近接組が剣で切りつける。
濡れた皮膚からは炎が止み、攻撃が通りやすくなっていた。
「おっしゃあああぁぁぁぁ!
最後まで気合入れていけえええぇぇぇぇ!
野郎どもおおおぉぉぉぉ――!!」
「「「――ぅぉぉぉおおおお!!」」」
声を振り絞り、手に持った刀を振り掲げる。
それに続いて声を合わせ、一斉に突撃していく。
その人数は百を超えている。
「俺らのクランも負けてらんねえぞおおおぉぉぉ!!
後に続けえええぇぇぇ!!
ここが命の、張りどころだあああぁぁぁ!!」
負けんとばかりに、続く集団が剣を振りかざす。
同じ目標に向かっているのは何百、何千、何万……何百万もの人間が同じ目標めがけて攻撃を加える。
定番の長剣や短剣に限らず、トンファーや三節混や鎖鎌、人の背丈の二倍はある大剣や太刀、死神が持つような大鎌や、自動車も一発で廃車にできそうな巨大ハンマーやハルバードなど、各々が様々な武器を担ぎ、渾身の一撃を振るう。
王道ファンタジーの主人公のような勇者風の鎧、戦国時代の武将のような恰好、西洋風の銀の鎧をまとった騎士、蛮族風の骨で出来た衣装、ビキニアーマー、などなどコスプレのような防具を身にまとって、全員が必死に奔走する。
それらは、戦場と化した王国をただひたすらに駆け巡る。
竜巻を召喚して当てる者、津波を起こして攻撃する者、龍の形となった落雷をぶつける者、光の熱光線で撃ち抜こうとする者、闇の瘴気で犯そうとする者、激しい衝撃波を繰り出すもの。
天変地異、阿鼻叫喚。
世界の終わりのように、止まない攻撃が続く。
◆◇◆◇
かつて人類が栄える前の大昔に、地球を支配していた超巨大生物――恐竜。
シミュレーションシステムは、太古の幻獣すらも復元することに成功し……制御に失敗した。
王国を襲う圧倒的な質量。
迫りくる物体は、一歩を踏み出すたびにその地に業火と爆風と地震を起こす。
歩み過ぎ去った後には、一筋の瓦礫の道が出来ている。
空気を揺らすその咆哮はあらゆるものを震わせ、恐怖で空間を支配する。
きっと龍から見たら、僕らは蟻。
比喩ではない。実際にそうなのだ。
頭の先から尾の先が一目で見えない。
勇者がいようと全く気にせず、ただひたすらに、歩いていた。
目的地はこの王国の中心、王城。
なぜ王城を目指しているのか?
王城こそが、勇者が無限に湧いてくる地だから。
ここを潰すことさえできれば、勇者はもう来ることがなくなる。
ここを潰さなければ勇者が永遠にやってくると知ってしまったから。
一心不乱に突き進む。
邪魔する者はなぎ倒していく。
いや、邪魔にすらなっていないのかもしれない。
――【種族:龍】の究極進化形、その種名を「エンドロギアス」。
規格外の魔物。
ブラキオサウルスやディプロドクスなどの竜脚獣を模した巨体は、もはや生物ではない。
それの足元にいたら、ここに建造物が建っているんだと勘違いするだろう。
間違っても生き物だとは到底思わない。
――これほどまでに強大な存在であるのに、このゲームの運営が10億の賞金をかける“魔王”とやらではない。
果たして、ラスボスに位置する魔王とはどれほどの力なのか。
プレイヤーたちは目の前の化け物と、いつか現れる未来の災厄に思いをはせ、戦慄していた。
「みんな、離れろおおぉぉぉぉ!!」
誰かが、喉がはちきれんばかりの声量で叫んだ。
しかし人々はその言葉に反応するまでもなく、ただ茫然と立ちすくむ。
視線はレイドボスに集中し、それ以外を見る者はいない。
――エンドロギアスは王城の目前で立ち上がった。
二足で立ち上がると、王城の本殿の高さを越すほどでかい。
勇者たちの奮闘もむなしく、時計塔の鐘は轟音を響かせる。
時間は待ってくれなかった。
時計の針が希望を撃ち抜いた。
《――終了時刻となりました――》
無慈悲にも終了の合図が全勇者に伝えられ、立ち上がった龍は前方に倒れる。
――あぁ、王城が潰される。
一千万人がそう確信したときはもう遅い。
あるプレイヤーは驚きのあまり、目をつむった。
あるプレイヤーは悲観のあまり、涙を浮かべた。
あるプレイヤーは絶望のあまり、顔を伏せた。
龍は倒れ、王城は跡形もなく潰され――――
――――なかった。
北門にむけて設置された王城の見張り塔から、一人の影が飛び上がる。
彼は空高く、高く、何もない虚空を蹴って飛び上がる。
まるで満を持して打ち上げられたアポロ11号のように、多くの観衆に見られながら垂直にただ上へ、上へと飛ぶ。
その先は、今まさに王城を質量にて押しつぶそうとしていたエンドロギアスの頭だ。
ソニックブームを巻き起こす勢いのまま龍の顎を越え、ついに最高点に達した。
彼は武器を抜き、振りかぶる。
その武器は日光に反射して、宝石のように輝いていた。
「…………っ」
刹那。
龍は死を覚悟した。
全勇者が見守るなか、目に見えぬ速さで、龍を頭から何度も何度も絶え間なく切り刻む。
空中で不安定な中、重力に引かれて地に落ちることからあがくように、しかし一閃一閃は乱れずに切り刻む。
その剣筋はただものではなかった。
並みの人間には物理的に不可能な、神の所業。
それこそが、スキルの発動。
だがそのスキルは、今までの勇者が使用したスキルとは格が違った。
エンドロギアスは王城を押しつぶす寸前で、頭から微塵切りにされていく。
龍の必死の叫びも虚しく、声ごと断ち切るかのように。
肉の破片は光のポリゴン片となって空に昇華されていく。
一瞬のうちにその姿を消し、王城の前に残ったものは何もない。
「――すまんな」
その言葉は、消えていった龍に手向けられたのだろうか。
それとも他のプレイヤーの努力をないがしろにするからだろうか。
聞き取ったものは誰一人いなかった。
王国にいた勇者たちは、呆気にとられ、ただただ立ち尽くすしかなかった。
《――ワールドイベント終了です、お疲れ様でした――》
………
……
…
龍の断末魔は、世界の端まで響き渡る。
エンドロギアスの最期の叫びに呼応するように、復讐を誓う魔王は目を覚ました。
《――異常なエナジー量を観測――》
《――観測対象、解析開始――》
検出結果――――解析不能
《――異常発生、異常発生――》
異常検出――――魔王個体の特徴と一致
能力値測定――――測定不能
危険度測定――――危険度:SSS+
特例依頼申請―――――申請却下
ワールドイベント申請――――申請却下
魔王依頼――――申請許可
ルール設定――――魔王依頼設定を構築
報酬設定――――魔王依頼設定を構築
救済設定――――最高レベルの救済を要求。『___』に神託を送信します
《――ワールドメッセージ、ワールドメッセージ――》
《――このメッセージは全プレイヤーに向けて送信されています――》
《――2066年3月28日12時05分、現時刻を持ちまして魔王の侵攻を確認しました――》
《――魔王依頼、開始いたします――》
◆◇───-–- - -
魔王依頼が強制施行されました。
全プレイヤーは早急に対処してください。
▶対象:魔王
▶勝利条件:対象の討伐 or 撃退 or 封印
※残り救済回数 3回
※破壊対象 第一拠点【フォルツァンド王国】 残存耐久度:95%
(クエスト期間中に破壊されたオブジェクトは自動修復されません)
※残り時間 364日 23時間 59分 59秒
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◆◇◆◇
社会現象を巻き起こした、DWS初のワールドイベント。
開催期間が告知から二週間しかないということもあり、プレイヤーの中には会社や学校を休んだ者、寝る間も惜しんで没頭したせいで病院に運ばれた者もいたという。
なぜそんなにも熱心になるのか?
そんなの、ゲーマーなら当たり前だ。
「報酬がおいしいから」
これ以外に理由なんていらない。
それはネイティブを助けたいとか他人に貢献したいなんて綺麗事より、よっぽど高尚で信用できることといえる。
この動きは、のちに世界経済の衰退、あらゆる世界貨幣相場の下落を引き起こした歴史的事件「VRショック」の前触れと語り継がれることになる。
そしてVRショックの引き金こそが……次に起こる「魔王依頼」だった。
猶予期間はたった一年。
これまでの比にならない数の人間が、VR没入機の購入を焦った。
初イベントで学校を休んだ者たちは、次の日から不登校となり学校から姿を消した。
初イベントで会社を休んだ者たちは、次の日に辞表を提出した。
初イベントで身体を壊した者たちは、二度と不健康で強制ログアウトがなされないように、身体に管を繋ぎ生きる屍と化した。
なぜそこまでするのか?
――運営の提示したラスボス、それこそがこの「魔王」だからだ。
サービス開始からたったの1か月、あまりに早い宣戦布告に誰もが驚いた。
まさかこんなにも序盤でラスボスがのこのこやってくるなど、誰が予想できただろう。
魔王依頼の開催宣言と同時にGM神崎はサービス開始時にも口にした言葉を、今一度ゆっくりとかみしめて確認するかのように、生放送で全プレイヤーに言い放つ。
『世界を牛耳る【魔王】。
プレイヤーが討伐した際、君たちには10億Gを贈ろう。
轗軻なるゲーマーの諸君。
今、大志を、抱け――
――10億円の争奪戦だ』