#13 考察
2066年 3月 28日 19:20
~{個人礼拝堂}~
食事をすませたあと、ふたたびログインする。
あいかわらず荘厳な礼拝堂には、外界とはまったくちがう落ち着いた空気が漂っている。
ログインして早々、2件のメールが届いていたことに気づく。
「メールって誰からだろう……あぁ、運営か。
ついに誰かに通報されて、このボーナスも消えるのか。
ゲームの通貨はお遊びのお金だからいいけど……レアアイテムがなくなるのはもったいないなぁ」
落ち込みながらメールを開く。
しかし、書かれている内容は予想外のものだった。
◆◇───-–- - -
件名:今回の終焉龍イベントのランキング結果について
差出:GM
宛先:全プレイヤー
平素より大変お世話になっております。
この度は、私共の不手際によりこのような事態が発生したこと、および対応の遅れについて多大なるご迷惑をおかけいたしました。
運営が調査しましたところ、どれも仕様の範囲内で再現性のある、偶発的に起こった正常な動作ということが確認できました。
これらはすべて私共の落ち度であります。大変申し訳ございません。
プレイヤーの皆様にはお詫びとして【100,000G】とオリジンの進化に必要な素材【終焉龍の耐熱鱗×500】をプレゼントいたします。
対象者は終焉龍イベントの終了までにユーザー登録をされていたプレイヤー全員です。
この度は誠に申し訳ございませんでした。
以降、ランキング等での名前公開の匿名選択を追加しましたので、ご利用ください。
今後ともDWSをよろしくお願いいたします。
- - - –-───◇◆
「【プレゼントボックス】!
……あった、これか」
どうやら自分にもお詫びの品は届いていたようで、画面をタップすると取得したメッセージが流れた。
《――100,000を獲得しました――》
《――称号【資産王】を獲得しました――》
《――【終焉龍の耐熱鱗×500】を獲得しました――》
「まーた、新しい称号が手に入っちゃったよ……。
どうなってんだこれ」
もう驚きもせずに呆れている自分がいる。
慣れとはおそろしいものだ。
続けて2件目は、ぼく個人に送られた専用のメールだった。
◆◇───-–- - -
件名:今回の終焉龍イベントの不具合について
差出:GM
宛先:Mart¡n
平素より大変お世話になっております。
この度は、私共の不手際によりこのような事態が発生し、多大なるご迷惑をおかけいたしました。
Mart¡n様が他のプレイヤーに不正を疑われた件につきましては、すべて私共の責任です。誠に申し訳ございません。
今回の事態は、Mart¡n様が発動したスキル<歌唱>が、本来スキルがかからないであろう位置にイベント用として設置した、救済ネイティブ(NPC)にかかってしまったことで発生しました。
また、通常の戦闘ではバフ効果による貢献度は微々たるものですが、今回は偶然にもダメージ量にて判定が行われる【ダメージ貢献度制】を採用していたため、Mart¡n様が “プレイヤーのなかで” 圧倒的な一位となりました。
これは意図的、偶発的に関わらず、私共の責任です。
提案ではございますが、特別処置としてお客様のデータを正常に戻すべく、レイドイベントでお客様が獲得した素材、所持金のデータ削除と、スキルレベルと称号のリセットを行うこともできます。
ご利用の場合はご連絡ください。
もちろん、データをそのままにしていだいても構いません。
全プレイヤーに配布いたしましたお詫びは、データリセットに限らずお渡しします。
この度は誠に申し訳ございませんでした。
以降、ランキング等での名前公開の匿名選択を追加しましたので、ご利用ください。
今後ともDWSをよろしくお願いいたします。
- - - –-───◇◆
「なる、ほど……」
長すぎる文章をひととおり読んで、一息つく。
「つまり僕は、運営に許された……のか」
真っ先にかんじたのは、安堵だった。
ふう、と大きなため息つく。
「よかった……本当によかった……」
これでもう他のプレイヤーにいじめられることはないだろう。
悪いことをしていた後ろめたさから、解放された気分だ。
ホッとすると、身体中の力がぬけて、その場に座り込んでしまった。
「これなら、リセットしなくてもよさそうだ。
運営が公認したって言ってくれるんだし。
うん、提案は受けないでおこう」
だがそれとは別に、もう一つの疑問が浮かぶ。
あの謎を解明しなくては、どうにも納得がいかない。
「しかし、あのグレンと戦った時に起きた現象は……いったいなんだったんだ?」
ステータスを確認しなおすが、いたって普通。
とくになにか変わった様子はない。
ゆいいつの武器の【鉄剣】だって、あのとき手から落としてしまった。
ログアウトと同時に回収され、今はアイテムストレージに入れられているが、それも変わった能力がついていたわけでもない。
「装備ではない。
あのバグで得られたものといえば……お金とレア素材、いくつかの称号とレベル100になった<歌唱>。
このゲームの称号はただのお飾りだから……ならやっぱり、スキルのせいか」
オンラインゲームによっては称号で能力が身につく場合もあるが、このDWSでは違う。
考えられるのはやはり、スキルしかない。
「でもザヴォルグさんが「<歌唱>はクソスキルだ、やめておけ」ってなんども言ってたし、<歌唱>が原因とは考えづらい。
獲得者も少ないし、不遇なザコスキルのはずなんだけど……」
NPCの言うことだから正しいに決まっている。
<歌唱>でもないとすると、あと残るのは……もう何もない。
「んー……いや、待てよ。
あの謎の上級スキルがあるじゃないか」
まったく触れていなかったが、数合わせで習得していた謎の上級スキル<重唱>の存在をふと思い出す。
女神像を背もたれに座ったまま、ステータス画面を開いた。
「どれどれ……ステータスっと」
◆◇───-–- - -
<重唱>
●歌唱系スキルの上級スキル。
●歌が重なる。
獲得者数: 1
- - - –-───◇◆
自分だけが覚えている現段階でのユニークスキル、その特別感たるや。
この獲得者数:1という数字を見るたびに惚けてしまう。
もう一度確認するが、やはり意味はよくわからなかった。
「歌が重なるって言ったって、声が二重になって歌えるわけじゃないし。
重なるってなんなんだよっ!!」
説明が分かりづらいことこの上ない。
いじけたように両手で床をバシバシとたたくと、石の冷たさが手につたわって気持ちよかった。
「【メニュー】、【インターネットブラウザ】!
『重唱 DWS』で検索……。
ワードをすべて含む検索ヒット数は……もちろん0、か」
先入観や固定観念を植え付けられるのを覚悟で、諦めてネットで検索してみたが、やはり分からなかった。
Guugle先生でも知らないなら、お手上げだ。
しかし数分あたまをひねっていると、あるこたえを思いつく。
「もしかして……重なるって、重複して<歌唱>スキルがかかるってことかな」
とはいえ、あの現象が起こる原因につながるのだろうか……?
<歌唱>の効果自体があいまいだったが、こちらは検索すればすぐにでてきた。
「『歌唱 DWS』で検索っと……なになに。
検証班によれば、『“3分歌を聴いた者のSTRをおよそ1.1倍するスキル”と判明。
スキルレベルの上昇で効果時間が延び、レベル×3分と予想される』……だって!?
つまりレベル100なら――5時間っ!?
そんな破格のバフなのか!!」
しかし、その<歌唱>に対するコメントはどれも辛辣だった。
「効果発動までに3分かかるゴミスキル」、「ほかのバフスキルの完全劣化版」と、散々な言われよう。
特に、いくらレベルが上がっても上昇率が1.1倍から変わらないことが、まともに使われない理由らしい。
「おなじSTRのバフスキルである<増筋の付与>なら、レベル1なら同じ10%上昇なものの、スキルレベルが上がるたびに20%、30%……と、10%ずつ変わっていくのか。
レベル100なら……1000%上昇、元の10倍か」
つまり<歌唱>は<増筋の付与>の下位互換。
思ったとおり、歌唱の効果はあの現象を引き起こした原因とは考えがたい。
たった1.1倍を重ねたところで……。
「――いや、違う」
だが、ひょっとするとそうではないのかもしれない。
まるで脳に電撃が走ったかのように、一つの考えが頭に浮かぶ。
「そうと決まれば、さっそく検証だっ!!」
勢いよく立ち上がり、礼拝堂の大扉を全体重で押すように開いた――。
◆◇◆◇
~{南エリアNo.1:はじまりの草原}~
「南エリアNo.2【悪鬼の森】のエリアボス倒しませんかー!
あとヒーラーとバッファー募集してまーす!」
「西エリアのダンジョンNo.3【巨蟻の巣穴】を周回してます!
気持ち悪いところですが、初心者でも歓迎ですよー!」
「さぁさぁ、ネイティブのぉ皆さぁん!
今こそ立ち上がるときですよぉ~!
ワタシ達と共にぃ、あの忌々しき魔物を駆逐しようじゃありませんかぁ!」
街はゲーマーたちのゴールデンタイムで、さらに活気づく。
しかし人が増えれば増えるほど……まわりの視線が痛かった。
「あいつ、ランキング1位の」「寄生したってやつ?」「ズルいよな」なんて言葉があちこちから聞こえる。
指をさされて噂話をするのが、どれも僕の悪口ばかりでつらい。
プレイヤーすべてが敵にすら思え、人間不信になりそうだ。
しかしそんな状況でもこのゲームをプレイできるのは、どうせこれがゲームであって、名前も本名ではないというのが大きい。
いくら批判されても、批判されているのは自分ではない、代わり身だとおもえば多少は気分が楽だった。
「ごめんなさい、通してください……」
人ごみの流れに逆らうようにして南門をくぐり、なんとか王国の外に出ることに成功した。
門の出口ははね橋になっており、国の周りが水を入れた堀で覆われている。
城下町がベネツィアのような水の都になっていた理由はこれか。
壁だけでなく堀によって敵の侵入を拒んでいるようだ。
◆◇◆◇
2066年 3月 28日 19:30
~{南エリアNo.1:はじまりの草原}~
「すげぇ……なんて景色だ……。
こんな自然、もう地球上じゃありえない」
門をくぐって橋を渡ると――そこには牧歌的な風景が広がっていた。
まるでウィンドウズXPのデスクトップ画面のような、一面の緑の丘が視界いっぱいに広がっている。
今まで街の中では建物が乱立して平地が少なかったのに、一歩出るだけで自分よりも背の高い建造物は何もない。
低木樹はちらほらと見かけるが、背の高い木すらここに一本もない。
ここは森林エリア手前の草原エリア、さしずめ初心者用エリア、という立ち位置だろうか。
「これは街道か?
いかにもRPGっぽいなぁ」
そして一面の緑のど真んなかを通る、一本のあぜ道。
この道が、南エリアの真骨頂である森へとつづくようだ。
道幅は広く、ちょうど馬車が二車線でとおれるほど。
ネイティブは戦う力がないはずなのに、このフィールドに危険を冒して出て、街道を使っていたのだろうか?
このリアルな世界なら、誰かが建設したというバックストーリーがあるのかもしれない。
「よし、このあたりでいいか」
さらに歩いてたどりついたのは、街道からは少し離れた【はじまりの草原】エリアのはじっこ。
西エリアNo.1の【はじまりの荒原】との境目だ。
あたりに他のプレイヤーはおらず、好き勝手できる広大な土地があるだけで、現実とはかけ離れている。
こんな光景は、現実でお目にかかれない。
「さて、検証するにも正確な値をはかる方法がないんだけど……とりあえず、再現するとしよう」
今から歌い始めれば、夜中の24時を超えてしまう。
しかしリアルの僕に明日の用事もなにもない。
なんなら明後日も、来週も。
「よーし!
やるぞ! 5時間歌唱!」
気合をいれて、めいっぱい空気を吸い込んだ。
◆◇◆◇
2066年 3月 29日 00:35
~{南エリアNo.1:はじまりの草原}~
1時間、2時間、とあっという間に時はすぎていく。
辺りはすっかり暗くなって、頭上には星空がきれいにうつしだされた。
あのXのカタチをした青い月も、地上にさんさんと月光をそそいでいる。
《――<天文学>が習得可能になりました――》
《――<猫の夜目>が習得可能になりました――》
月明りは予想以上に明るく、ゲーム的な仕様なのか、暗すぎて前も見えないということはない。
スキルを増やしすぎるのも得策ではないので、ひとまず新たなスキルは保留としておく。
そして、目標の5時間が経過する。
「【メニュー】、【ステータス】!
……こりゃやばいな」
5時間後、ぼくはその画面を見て絶句した。
◆◇───-–- - -
名前:Mart¡n
所属:中立
種族:勇者
称号:【ちっぽけな勇者】【龍討者】【終焉龍討伐】【ジャイアントキリング】【高火力】【超火力】【火力王】【小金持ち】【大富豪】【レアアイテムハンター】【歌唱極めし者】【限界到達者】【資産王】
所持金:10,092,317G
HP:100%■■■■■■■■■■
MP:100%■■■■■■■■■■
オリジン:【武起種】
装備:
【鉄の剣】【nothing】【nothing】【nothing】【nothing】
装備外アイテム:
【布の服】
合計基礎身体値
STR:53130 VIT:10 AGI:10 INT:10
保有スキル:
<自傷軽減>Lv.2 <亀の鈍皮>Lv.1 <歌唱>Lv.100 <拡声>Lv.10 <重唱> <効率詠唱>Lv.1
状態変化:
・Mart¡n の <歌唱>(残り時間4:59:58)
・Mart¡n の <歌唱>(残り時間4:56:42)
・Mart¡n の <歌唱>(残り時間4:53:26)
・Mart¡n の <歌唱>(残り時間4:50:02)
・Mart¡n の <歌唱>(残り時間4:46:48)
………
……
…
- - - –-───◇◆
称号の多さもさることながら、注目したいのはステータスの値。
「――ビンゴッ!!
やっぱりそうだ、この<歌唱>はただのバフじゃなかったんだ」
STRの値が、5万をこえている。
こんな序盤で5ケタに到達していいものなのだろうか。
その数字をみておもわずニヤニヤしてしまう。
気づいたことと結果の合致が確認できた。
やはり、そういうことか。
これはただの掛け算ではなく、指数関数的に増えている。つまり――。
「単利じゃない……複利だったんだ」