#11 すろぉもーしょん
2066年 3月 28日 17:40
~{王国:王国中央広場}~
「ぐああぁぁ――――ッ!!
腕が、腕があぁぁ――――ッ!!」
痛い、痛い、痛い痛い痛い!!
なにが、なにが起こったんだッ!?
「剣、剣を――」
剣士たるもの、剣を手放すのは最大の恥。
戦闘中に武器をなくすのは言語道断。
痛みで手から落としてしまったと思われる武器を拾おうとして……思い直す。
――あれ?
そういえば俺、いま使っていたのはオリジンだよな?
オリジンは勇者の特権のひとつ。
絶対にプレイヤーの手からは離れないはずだ。
炎の剣は天賦零騎士団が総力を結集して進化させた、クランの矛。
たった4週間でオリジンを第二段階まで進化できたのは、何万もいるプレイヤーの中でも彼一人だけ。
なのに右手は軽く……それこそ、何も持っていないより軽く感じる。
――それに、この痛みはなんだ?
スキル<亀の鈍皮>によって、痛みの信号はシャットアウトされるはず。
そのレベルは、すでに20に達している。
常にフィールドにくりだし、戦闘をくりかえしたからこそ上がったものだ。
しかしこれほど痛みを感じるのはおかしい。
おかしいことなのだ。
「どうなってやがr……うあああぁぁッ!?」
ないッ!! ないッ!! ないッ!!
そこにあるはずだったものが、ない。
「――腕が、腕がねえッ!!」
おかしい。
どういうことだ?
何が起こった?
分からない。
理解が不能。
俺はどうなったんだ。
「おい……お前、何をした……ッ!!
どんな小細工をつかったんだ……ッ!!」
俺の<剣術>は、全プレイヤーの中でもトップクラス。
スキルレベルはついに40に達し、この<剣術>の腕一本で、クランランキングを8位まで押し上げたし、レイドイベントも5位にランクインした。
プレイヤーの中でも随一の剣術使いだと自負している。
しかし結果はこの通り。
技を返されたのみならず、剣は右腕ごとふき飛ばされ、俺はぶざまに焦りと恐怖で足を震わせている。
人間とは、分からないものを分かろうとすると同時に、分からないものに対して恐怖をいだく。
俺は理解が追いつかない存在に、久方ぶりに恐怖を感じている。
下手をすればこの怪物は、自分を圧倒的に超える未知の存在かもしれない。
「答えろ……答えるんだッ!!」
しかし、返答はない。
焦りや恐怖は、怒りへと変わる。
得体の知れない怪物に、どうにか理由を吐かせようと躍起になる。
だがもちろん、その答えは返ってこない。
グレンはおろか、本人ですら理解をしていないのだから。
◆◇◆◇
「「「オオオオォォォ――ッ!!」」」
「グレンさんが、負けた――っ!?」
――観衆が湧く。
大勢に見守られるなか、グレンの腕は宙に舞った。
炎の剣を持ったまま、それごと飛んで行った。
「おい、あれ見ろ!!
あのグレンが押し負けたぞ!!」
「いま見えたか?
速すぎて何が起こったかわからなかった!!」
「剣を……振り払った……だとっ!?」
何が起こったか分からない?
それは、僕がいま一番言いたいセリフだ。
グレンがおおきく上段に振りかぶり、スキル名を宣言した直後。
とっさに手で顔を守ろうとするのは、人間の防衛本能にしたがった判断だろう。
恐怖で目をぐっと瞑って、暗闇のなかで、手で顔面を守ろうとした。
しかし、ぼくの反応速度では遅かった。
だがそれが、ちょうどよくもあった。
僕の右手は剣が振り下ろされるのに間に合わず、ちょうど剣の腹に当たってしまう。
そのおかげで、片手で真剣白羽取りをしたような、奇跡がおこる。
手はいっしゅんのうちでも焼けて、わずかな痛みが生じた。
――直後、剣は凄まじい速度で弾き返される。
びゅう、と凄まじい突風が吹き抜ける。
巻き起こった風はいきおいを緩めず、その風圧で射線上にあった出店を荒らし、建物の窓ガラスを割る。
グレンは剣を持っていた手を緩めなかったせいか、それともオリジンの性質のせいか、右肩から腕ごとはずれて無辺世界へ。
この一部始終をぼくはいっさい見ていなかった。
ゆっくりと恐る恐る目を開けると――グレンは悲痛の叫び声をあげ、その場にのたうち回っていた。
なくなった腕のつけねからは、光のかけらがポロポロと噴き出している。
「おい……お前、何をした……ッ!!」
なにもしてない。
しいて言うなら、剣を振り払っただけ。
ただそれだけだ。
だがそう言って、納得させられるわけもないだろう。
ただ茫然とこの惨状を見ていた。
「ヒスイも支援しか覚えていないって、言ってたよなァ……ッ!!
お前、何を隠して嫌がったんだッ!!
答えろッ!!」
緑髪の騎士はただただ驚いて、顔を横に、震えるように小刻みに振る。
僕は自慢げになるわけでもないし、可哀そうと思うわけでもなかった。
「答えろ……答えるんだッ!!」
鬼のような形相は恐ろしいが、片腕の彼にはもう武器がない。
恐れることはない、大丈夫だ、安心しろじぶん。
「答えろ、答えろォォォ――ッ!!」
グレンの怒りは頂点に達する。
怒りのあまり、青い血管が顔じゅうに浮き上がり、歯は獣のようにむき出しになっていた。
ぼくのところへ突っ込むように走ろうとして……その道半ばで消えていった。
死んだ……のか?
いやしかし、殺してしまったのなら僕は犯罪者になるはずだ。
おそらく感情制限ができずに、システムが危険だと判断して、強制ログアウトがおこなわれたのだろう。
そうか。
もう殺されることはないんだ。
「……やった」
遅れて気づく。
僕は、勝ったんだ。
「やった!! やったんだ!!」
小躍りしたくなる気持ちをおさえて、まずは周りに説明しようと大衆に向き直る。
――だが、観客の反応は違った。
「俺、このゲームやめようかな」
無表情。
誰かがポツリとつぶやく言葉に、どれほどの感情がこもっていたのかはわからない。
混じりけのない、純粋な軽蔑の視線が僕に集まる。
「まさかチートか? 寄生チーターなのか!!」
「チーターとかやべえな!」
「チーターが勝ったぞおお!!」
嘲笑。
本人はネタや称賛の気持ちで軽く言っているのかもしれない。
だが、その言葉は深くぼくの心をえぐった。
「糞チーターが!!
グレンさんが負けるわけねーんだよ!!」
「そうだそうだ!
正々堂々と戦えー!!」
「ログアウトしたまま一生戻ってくんな!!」
軽蔑。
たしかに、彼らの言う通りなのかもしれない。
でもなぜこんなことが起こったのか、僕には分からないのだ。
運営への報告を怠っただけで、バグもチートもした覚えがない。
冷静になった僕は、皮肉にも彼らのおかげでログアウトという手段に気づき、その場から逃げるように落ちるのだった。
◆◇◆◇
2066年 3月 28日 17:50
~{王国:王国中央広場}~
観客たちの興奮冷めやらぬ広場で、残された騎士団のうち、ジェイがひとり懺悔する。
「……俺、彼になんの断りもなく連れてきちゃって。
こんなことになるなんて……」
「気にすることないわ、過ぎたことだもの。
本当に申し訳ないと思っているのなら、明日にでも謝りに行ったら?」
「そう、します」
見かねたヒスイがジェイを励ますが、なっとくのいかない顔でうつむいている。
……そしてふと、なにかに気付いたようにジェイはヒスイに問いかけた。
「ヒスイさん、この結果は知ってたんですか?」
「もちろん。
グレンは最後まで気が付かなかったわね」
「気付くって何に……?」
ヒスイは答えを簡潔にかたろうとはせず、あえて遠回りをするかのように話を広げる。
「でも、驚いたわ。
彼、<歌唱>がレベル100もあったのよ」
「――っ!?
れ、レベル100ですか!?」
目を見開くジェイの驚きは、さきほどの懺悔をすっかり忘れるほどだった。
「そうよ。ありえないでしょう?
現在の最高レベルは、あのマッドでも42なのに。
彼には何かがあるわ。
運営との癒着、バグの不正利用、チート……どれも荒唐無稽だけど、何かがある」
「何者なんでしょうね……」
「しかも、彼にはSTRの上昇の付与が、何百個もついていたわ」
「な、何百個っ!?
もうわけがわかりませんよ!!」
「私も分からないわ。
でもその力は、さっきの戦いで分かったでしょう?」
「はい……」
ジェイは数分前にくりひろげられた戦いを思い返す。
クランのエースであるグレンが、赤子の手をひねるように倒された。
目を瞑ってうつむいたまま、片手だけでいとも簡単に<紅蓮袈>を返し、あろうことか腕ごとふきとばした。
まるで、うっとうしい羽虫を手で払いのけるかのように。
「グレンも最近のことで調子に乗っていた。
お灸をすえるのにいい機会だったの」
「それで止めなかったんですか」
「ジェイ、女は効率よく、賢く生きるものよ。
わかったかしら?」
ヒスイはぱちりとウインクをする。
その仕草は、小悪魔というより魔女のそれだった。
「にしても、これだけ派手にやっちゃあ、もうウチのクランに入ってはくれないわよね」
「むしろ嫌われてしまったと思います……」
「う~ん。あの力はぜひウチのクランに欲しいわ。
でもグレンを除籍して彼を入れるっていうのは……さすがの私でも、友人を除籍するのは心が痛むし。
ま、悩むだけ時間の無駄ね」
さらっと選択肢にグレンを排斥することが出ただけで、ヒスイという女性プレイヤーの冷徹さが垣間見える。
ふたたび悩みはじめるジェイを、ヒスイは肩をぽんっと叩いてはげました。
「ジェイ、後は貴方に任せるわ。
貴方ならできるわよ」
「お、俺ですか!?」
「えぇ。歳も近そうだしね。
がんばって~」
手をひらひらとさせて、ヒスイは雑踏に消える。
目立ちそうな緑髪も、純白の鎧も、この国ではむしろ馴染みやすい。
人ごみに紛れてすぐにわからなくなった。
あれだけ大騒ぎになっていた噴水広場も、気づけばいつもどおりの騒がしさに戻っている。
ジェイは悩みを忘れるべく、その足でフィールドへレベル上げをしにいくのだった。