#10 狂う獣
2066年 3月 28日 17:35
~{王国:王国中央広場}~
またも早送り映像のようなものを見せられ、自動的に連れてこられた先は――王宮の大階段をおりてすぐの、あの噴水のある広場。
外は夕日が最も輝く時間帯で、薄暮の空が広がっていた。
ギルドにいるあいだに、夜のとばりが落ちはじめ、広場と大通りは街灯がともり、幻想的な雰囲気になっていた。
祭りはつづいており、社会人や学生がこの時間からログインするせいか、昼間よりいっそう活気づいている。
異国情緒あふれる、台湾の夜市のような印象だ。
「おい、あれってテンプレ騎士団のグレンじゃねえか?」
「グレンってまさか、今回のイベント5位のグレンか!!」
「すげえ!! ホンモノだ!!」
「おおお! 久しぶりの決闘じゃんかよ!」
「今度のお相手は……って、Mart¡n……まさかランキング1位のやつか!?」
数十分前と同じような光景ができあがろうとしていた。
ヤジウマがヤジウマを呼び、よりいっそう見物客は増える。
しまいには賭けをはじめるプレイヤーまで現れはじめる。
観衆の輪が広がり、いつの間にか抜け出せなくなっている。
これもさっきと同じ状況だ。
まるで芸も何もないのに、ステージの上に立たされる気分。
人々に期待の目を向けられて、ただ恐怖で足がすくむ。
じゅうぶんに人が集まると、グレンは待ってましたと言わんばかりに、すらすらと前口上を並べ始める。
「お集りのお前らァ――ッ!!
俺は【天賦零騎士団】のグレンだッ!!
今日は大事な発表があって、ここに来たッ!!」
「なんだなんだー」
「発表って、決闘はしないのかよー」
注目を集めるグレンに、人々はヤジを飛ばす。
僕はただ流れに身を任せてその場に立ち尽くすしかなかった。
ジェイという騎士に連れ去られたあの時から、目のまえで起こる事態の急変に理解が追いついていない。
「今日終わりを迎えた、初のレイドイベントッ!!
そこでこのプレイヤー『マーティン』は、なんと1位を獲得したッ!!」
観客は「おおおぉぉぉ!!」と湧く。
一瞬でも気持ちがよくなった自分は、罪悪感が薄れている証拠か。
だが続くグレンの言葉は、やはりというべきか、僕を陥れるものだった。
「しかしそれは――寄生行為だったんだッ!!」
……まずい。
冷や汗がどっと噴き出すのが、気持ちが悪いくらいにわかった。
グレンが放った言葉に、周りのプレイヤーは驚きで口をつむる。
一瞬の静寂が訪れた。
僕にはその無言が、永遠のように長く感じた。
プレイヤーたちの目が、羨望から侮蔑に変わる。
「おい……それってマジかよ」
誰かが口にする。
すると、我も我もと次々に、批判意見が飛び交い始める。
「そんなことって可能なのか?」
「寄生つったって、<増筋の付与>でもたかが知れてる」
「それこそ全参加者に付与スキル使ったって、一位は無理じゃね?」
「でもあのグレンさんが言ってるなら、ほんとうよ!」
「可愛い顔して、糞野郎じゃねえか!!」
いちどあふれ出した人々の鬱憤は、勢いを増すばかりで止めようがない。
四方八方から罵詈雑言が滝のように自分に向けてうちつけられる。
挙句の果てには人間性の否定まで言う人も。
これまでの名誉と認知度がという後ろ盾があるグレンさんに、プレイヤーたちは盲信的だ。
とにかく、なにか……なにかをしゃべらなければっ……黙っていてはだめだ。
否定をしなければ、誤解をとかなくては。
「違うんです!!
これは、寄生しようとしてしたんじゃないんです!!」
「さて、どうだか」
「どんな理由があれ寄生は許せねえ」
「あのグレンが言うなら間違い」
「痛っ」
群衆の一人から、石が投げつけられる。
どこから投げられたかはわからないが、正確に僕の顔面を狙っていた。
拳大の石がぼくの右ほほに当たって、ダメージが入る。
ここでようやく、事の重大さに気付く。
僕はとんでもない間違いを犯したのかもしれない。
「僕は本当になにも知らなくて……。
たまたま不具合が起こったようで……」
「不具合?」
「あいつまさかバグの不正利用で一位になったのか?」
「おいおい、そのほうがよっぽど悪いだろ」
しまった。
周りの人たちの言うことは、至極まともだ。
自分は悪いことを現在進行形でしている。
そこを突かれては言い返す言葉がない。
すぐログアウトすればよかったのだが、あいにくその選択肢は頭から抜けていた。
あまりにも向けられる敵意が多く、そんなのは人生で初めての経験だったため、頭の中はグチャグチャで、他には何も考えられなくなっていた。
「このゲーム、辞めろよ」
誰かがポツリとつぶやく。
その言葉は、胸に深く突き刺さった。
「そうだ、辞めろ辞めろー!」
「「「辞めろ! 辞めろ! 辞めろ!」」」
僕を責める声はだんだんと大きくなり、手拍子とともにコールが巻き起こる。
侮蔑、視線、罵倒――敵、敵、敵。
360度見渡せば、敵しかいない。
人間の険しい表情が、トラウマになりそうだった。
群衆を味方につけたグレンは、ニチャァと歪んだ気持ちの悪い笑顔で僕に語り掛ける。
「さァ、やっぱり俺は正しかったッ!!
お前が悪者だ、マーティン。
かかってこい、決闘はすでに始まってるッ!!」
「違うんですっ!!
これは意図的にやったんじゃないんです!!」
たしかに、バグと分かりつつも目を瞑った。
分かったうえで、運営に報告するのをためらった。
でも、その仕打ちがこれか?
あまりにもひどすぎる。
僕が悪いのか?
僕はただ知らなかっただけだ。
知らないのが悪いのか?
しかし、そこまで馬鹿にする必要はないじゃないか。
たかがゲームで、なんでこんな嫌な思いをしなくちゃいけないんだよ。
どうして僕がこんなに思い詰める必要があるんだ。
可笑しい、理不尽だ、不条理だ……。
遅れて、騎士軍団がこの場にたどりつくと、中央広場はさらに騒がしくなった。
「あっ!! ジェイ様が来たわ!!」
「「ジェイ様だわー!!」」
「テンプレ騎士団大集合か!! こりゃ熱い展開だなぁ!!」
遅れてきた彼らに注意が向くのが、とてもありがたかった。
地獄に仏とはまさにこのことだと、藁もすがる思いで視線をおくると、それに応えるかのようにジェイがグレンの言葉を遮った。
「グレンさん、待ってください!
ヒスイさんによれば、そのプレイヤー、防具はおろかスキル<根性>すら取得してません!
支援特化なんです!!」
「それがどうしたジェイッ!!」
「下手したら殺してしまいますよ!
そしたらグレンさんが、今度こそ犯罪者になりますって!」
「じゃあ手加減すればいいだけじゃねェか。
殺さないよう……じっくりなぶり殺してやるよッ!!」
まずい、初めての戦闘がリアルな人間相手だなんて、聞いていない。
怖い……恐ろしい……殺されたくない……っ!!
本能が叫びたがっているのを、理性で必死にこらえる。
「どうしたッ!?
来いよッ!!
最初の一発は受けてやるよッ!!」
【鉄剣】を握る右手にグッと力をこめて……ふたたび力が抜ける。
そのまま手からするっとこぼれ落ち、カランと音を立てて地面に捨ててしまった。
だめだ。
やっぱり人を斬るなんて、できない。
けっきょく自分はその程度の人間なんだ。
「何か言ったらどうだァ!!
この腰抜けがァ!!」
「やれやれー!」
「グレンやっちまえー!」
「不正野郎をぶちのめせー!」
「悪者は成敗しろー!!」
うるさい。
目の前の赤髪も、周りの外野も。
よってたかって僕をいじめて、悪なのはどっちだよ。
笑う。
怒鳴る。
笑う、怒鳴る、笑う――。
何度も何度も、頭の中で反響する。
串刺しにするような観衆の視線を受けながら、その場に立っているのがやっとだった。
血流が巡り、眼球にもいっせいに血が流れるのが分かる。
その証拠に、視界はボヤけた白に埋まり、炎天下にさらされて熱中症にかかったかのよう。
「来ねえなら、こっちからやってやるよォ――ッ!!」
迫りくる赤毛の騎士。
その醜悪な表情は、もはや人間には見えなかった。
さすがは実力でイベント5位を獲得したプレイヤー。
走ってくる速度は常人を大きく超える、もはや人間ではない。
一歩踏み出すだけで、僕の目の前まで迫っていた。
「おらァッ!!
死になァッ!!」
振りあげられた剣は燃えるように赤く、刀身から火が噴きだす。
炎の剣か。いかにもファンタジー。
まだサービス開始から1か月しか経っていなのに、レア度がかなり高そうな武器だ……と、命の危機なのに見入ってしまう。
これがかれの進化したオリジンだろう。
手加減する気などいっさいない、本気の一撃がくる。
グレンにとってこれは、憂さ晴らしのパフォーマンスに過ぎないだろう。
しかしいまは、我慢の時間だ。
いつか本当の意味で彼らを超えて、見返してやればいい。
そのときになれば、僕がバグを意図的にやったんじゃないってことを証明できるはず。
いつか……いつか、絶対に見返してやる。
「あばよ寄生厨ッ!!
<紅蓮袈>ッ!!」