#9 糾弾
2066年 3月 28日 17:30
~{王国:南ギルド会館}~
グルングルンと目まぐるしく変わる光景。
人ごみを抜けて、街を通り、どこかの建物に入る、その一連の映像がものすごい速さで流れていく。
何十倍にも早送りした動画を見せられているようだ。
さいごに映ったのは、周りよりもひとまわり大きい建物だった。
ヨーロッパ風のおしゃれな家々が立ち並ぶ中に、ドスンと構える異様な建造物。
大岩の中身をくり抜いて造ったそこは、まるで巨大な要塞のよう。
山賊の本拠地と言われれば納得してしまうほど、粗暴な印象を与える。
その中へ、吸い込まれるように入っていく。
ガヤガヤとして居酒屋のような雰囲気の場所だ。
ようやく視界が落ち着くと、ぼくは椅子に座り、目の前には黄色の液体が入ったコップと、マンガのような骨付き肉が置いてあった。
「おーう、遅いじゃねえかジェイ。
いつまで待たせんだ」
「23分と41秒。
この時間があればソライム4匹は倒せたわ。
8経験値と4Gの損失ね」
「すいません、グレンさん、ヒスイさん。
いつも通りプレイヤーたちに絡まれてしまって。
でも、連れてきましたよ!」
まず目に入ったのは新たな二人の騎士。
これまでに話していたジェイという騎士と同じ格好だが、テーブルの上にドカッと足をかけている方が赤髪、時間の話をしながら眼鏡をクイっと直したのが緑髪だ。
髪色から赤がグレン、緑がヒスイだろう。
「コイツが例の……」
「まさかこの娘なの!?
こんなかわいい見た目なんて、意外ね」
「そうです。
<兎の長耳>も<鷹の鋭目>も使ってたんですが、なかなか見当たらなくて。
ついには【探偵水晶】まで使いましたよ」
「それは高い買い物だったわね。
でもきっと、3000G分の見返りはあるわ。
さ、ぜひウチのクランに来てちょうだい、未来のエースさん♪」
……この人たちは、何を言っているのだろうか。
ぼくだけ蚊帳の外で、話が勝手に進んでいる。
ジェイと呼ばれた青髪のイケメン騎士は、とまどっている僕を察して、説明してくれる。
「マーティンさん、説明もなくいきなり連れてきてごめんなさい。
さっき使ったのは【転移水晶】というもので、ここ【ギルド】に来てもらいました。
本来なら私たちのクランハウスにお招きしたかったのですが、メンバー以外は立ち入り禁止なので……こんなところですいません」
――すげえ、これがギルド……っ!!
RPGの世界が、リアルに広がってる!!
入った瞬間から、香草と焼けた肉の食欲をそそる香り、酒の鼻をさす匂いが、嗅覚に訴えかけていた。
中は外観よりもさらに広く、竪穴式住居のように半地下式となっている。
正面にずっしりと構えるクエスト掲示板。
黒板よりも二回り巨大な掲示板に、羊皮紙がところせましと貼られている。
羊皮紙は実物ではないようで、この瞬間にも消えたり新しく現れたりを繰り替えしている。
そこに群がる多くの人々。
プレイヤーは我先にと好みのクエストを見つけて、遠隔で受注操作を完了させている。
奥には受付のカウンターが。
CGアニメから飛び出してきたかのような美しい顔のお姉さんが4人、ズラッと横一列に並んでいる。
むさ苦しいギルド内で、そこだけ花が咲いたような澄んだ空間だ。
そしてこの酒場。
隅には酒樽が積み上げられている。
モールのフードコートのように数えきれないほどの丸机があり、1つに対して4つずつ木の椅子が備えられている。
厨房もいくつかあり、専属の料理人が数人がかりで切り盛りし、肉の焼ける脂の匂いがギルド中に立ち込めている。
壁には冒険者の絵や、ハルバードのような巨大武器が飾られ、謎の動物の骨格標本が天井から吊らされている。
これは……龍の骨格だろうか?
どうやらギルドとはただクエストを受けるだけの場でなく、飲食施設も兼ねているらしい。
夢にまで見た、ゲームの世界が今、目の前に広がっている。
「――い、おーい!
聞いてるかー?」
ぼーっとしていると、どうやら僕に話が回ってきたようだ。
感傷に浸っている暇はないらしい。
「ふ~ん、その初心者装備はカモフラージュということね。
オリジンまで進化していないのも、何か秘密があるの?
面白いわっ!」
品定めをするかのように、緑髪の騎士は僕を見る。
彼女はぼくに肯定的らしいが、対するガラの悪そうな赤髪の騎士は、いぶかしげに僕を見ている。
「おいお前、何をキョロキョロしてるんだ?
まさか、本当に初心者ってわけじゃァないよな?」
赤髪の騎士は僕に疑いの目を向ける。
「いや、本当に初心者なんですが。さっきはじめたばかりの、まっさらさらなニュービーですが」
……なんて、言い出せる雰囲気でもない。
なんとかこの場を切り抜ける、いい嘘はないものかと考えていると、よりハードルを上げる言葉がジェイの口から出る。
「いや、あり得ますよ!
だって今まで誰も、彼のことを見た者はいないんですから。
クエストを一切受けずに、ゲームを一切楽しまず、スキルのレベル上げだけに集中してたからこそ、今回の偉業を達成されたんじゃないですか?
ねえ、マーティンさん!」
「え、えと……」
そうは言われましても……。
とつぜんここに連れてこられて、ぼく自身、なにが起こったかもわからないことを説明しろと言われても、説明のしようがない。
考えろ……考えるんだ……。
なにかいい口実はないか……っ!!
「なあ、なんか言ったらどうだ?」
「早くしゃべってくださいな。
この間にもスキルレベルが3は上がったはず、私たちは時間を大事にしたいの」
「まあまあ、落ち着きましょうよ。
いくら俺たちがテンプレ騎士団だからといって、この方に肩書は通じませんって。
ここは僕に任せて」
青髪の騎士は二人をなだめて、僕に向き直る。
……帰りたい。
はやくこの、わけのわからない場から立ち去りたい。
僕はこの場にいるべき人間ではない、場違いなんだ。
まるで異国にひとり取り残されたような気分。
しかし彼らは情報を聞き出さなければ、僕を帰さないだろう。
よく辺りを見渡すと、雑多なプレイヤーたちの中にもチラホラ同じ騎士の鎧を着たプレイヤーがいる。
彼らの仲間だろう、走り出したところで取り押さえられるのがオチだ。
いっそログアウトでもしてしまおうか。
「単刀直入にききたい。
君はどうやってあのレイドイベントで一位を取ったんだい?
スキルを教えてもらうのが手っ取り早いんだけど……」
「ハッハッハ!!
教えてくれるわけねーだろ、もうちょっと言い方をだな……」
「あ、じゃあスキル見せますね」
「「「はっ!?」」」
スキルを見せてしまえば、この尋問も終わる。
それだけでいいなら、さっさと終わらせて、はやくチュートリアルに戻りたい。
「ちょっと待ってください、いま公開設定にするので――」
「<鑑定>させてもらってもいい? いいわね?
時間がもったいないの」
緑髪の騎士が僕の言葉をさえぎって、肩にそっと触れる。
「<鑑定>!
――これは……っ!!」
一言そういうと、彼女は固まって動かなくなる。
目だけは左右にせわしなく動いているため、どうやら僕のステータス情報をスキルで詳しく見ているようだ。
便利だな、<鑑定>。
でも黙って使わないところを見るに、勝手に人のスキルを覗いてはいけないとか、暗黙の了解があるのだろう。
一通り確認し終えた彼女は席を立つと、僕らに背中を向けて歩き始めた。
「時間の無駄ね、帰りましょう」
「おいヒスイ……どういうことだ?」
赤髪の騎士が困惑したようすでたずねる。
しかし彼女はひるむことなく、自分の仕事をまっとうしたと言わんばかりに冷たい声色で言い返す。
「彼は戦闘スキルを一つも持っていない」
「「なに!?」」
その事実に、青髪と赤髪が二人とも驚きの声をあげる。
「レイドイベントなんてさっぱり何ことやら、僕は無実ですよ」……なんて、軽口は叩けない状況だ。
重たい空気が流れ始めた。
「唯一めぼしいのは、<歌唱>。
しかもレベル100の」
「寄生……か」
「れ、レベル100だって……ッ!?」
青髪は落ち込んだようにつぶやく。
まるですべてを悟ったかのように、はあ、とため息を一つついて。
しかし、赤髪の反応は違った。
顔を真っ赤にして、目じりをぐっと上に持ち上げ、今にも破裂しそうなほど表情筋がこわばる。
鎧に覆われたゴリラのような腕を天高くふりあげると――テーブルを拳で叩き割った。
ビールや骨付き肉が床におち、食器が四方に飛びちって割れる。
空気が凍えた。
頭が真っ白になる。
僕の表情は、ハトが豆鉄砲を喰らった比じゃないくらい間抜けな顔をしていただろう。
「なんだなんだー?」
「喧嘩かー?」
その甲高い音で、周りのプレイヤーが一斉にこちらを見る。
突然の行動に、僕は身体をビクッと震わせてしまう。
「おい……つまらねえ真似してくれたなァ、お前ェ……ッ!!」
ドスの効いたひくい声で赤髪は僕をにらむ。
怒りに震えるとは、ここまで見た目で分かるものなのか。
声音は先程と比べて、気遣いなど一切感じられないものだった。
その様子に驚いたのか、青髪は慌てて止めにはいる。
「ストップ!
落ち着いてグレンさん!
ヒスイさん、止めてください!」
「いえ、私は止めないわ。
このゴミクズみたいなカマ野郎を、グレンは殴る権利がある。
それに私たちの貴重な時間も奪われたの。
もう関わりたくはありません」
「カマ…………えっ!!
男だったの!?」
青髪の騎士は赤髪たちとはまた違うところで驚いていた。
どうやらヒスイさんは<鑑定>したときに、僕が男だと気付いたらしい。
しかしその反応を笑うこともなく、赤髪の怒りはむしろ増していた。
「カマかどうか、そんなことはどうでもいい……ッ!!
てめェ、なにしたか分かってんのか……ッ!!
顔面のカタチがわからなくなるくらい殴ってやらァ!!」
赤髪のグレンは怒髪天で僕を睨みつける。
緑髪のヒスイは我関せずの態度でこの場をあとにしようとする。
青髪のジェイは僕が女性だと勘違いしたままだったらしく、事実を知って驚いている。
周りのプレイヤー達はなんだなんだと野次馬に集まってくる。
掲示板周りから去っていく者もいるし、指をさして噂話をするもの、指で四角を作って覗きこんでいるものもいる。
見世物にされるのは人生初の経験で、最悪の気分だった。
「でも殴るのはよくないわ。
グレン、あなたさっきもぼったくり店主を殴って、衛兵NPCに注意されたでしょ。
1日に2度は、さすがに犯罪者になるかも」
「けどなァ……それじゃあ腹の蟲が収まらねェ……ッ!!」
「ご、ごめんなさい!!」
あまりの怒り様におびえて、おもわず謝ってしまう。
……しかしそれは悪手。
「謝ったっつーことはァ……認めたってことでいいんだよなァ!!」
まずい、失言だった。
ぼくの一言はよけいに彼を怒らせることとなる。
「許せねェ……こいつはぜってえ許せねェ……ッ!!」
「お、落ち着いてください、グレンさん!!」
「いや落ち着けねえ……ッ!!
コイツが寄生なんてしなければ……コイツが1位にならなければ、俺らは優勝できたかもしれねェんだッ!!」
これまでの人生で敵意を向けられた経験がないため、どう対処したらいいかわからない。
ただ必死に言い訳を考えては、言いかけて……止める。
もし言えば罵倒が倍になって返ってくるかと思うと、余計に怒らせるのが怖くて言い出せなかった。
混乱してしまい、この場から逃げ出すという選択肢すら考えられず、ひたすらその場で耐える。
地獄のような時間だった。
僕が悩んでいる間にも、彼らの話は進んでいく。
僕の代わりに反応したのは、緑髪の騎士ヒスイさんだった。
「何言ってるのグレン?
私たち【天賦零騎士団】の力を総動員しても、あなたは5位。
あの子がいなくたって、3位入賞すらできてないわ」
「う、うるせえッ!!
俺が悪いっていうのか!?
どう考えたって、寄生したコイツが悪者だろ!!」
煽られたグレンは、僕に右人差し指をさして非難する。
そのジェスチャーで、周りのプレイヤーたちも事態を把握して、僕の名前を確認している。
周りの目はだんだんと冷ややかなものとなる。
ひそひそと噂話が始まり、その悪口は僕に言われているのだろうかと不安が襲う。
「マーティンっつったか?
俺とタイマン張ろうじゃねえか。
――公開処刑にしてやるよ」
「……っ!?
グレンさん!?
だから落ち着いてって!!」
「お前ェはさっきからそればっかだなぁッ!!
ヒスイの意見にばっか賛成しやがって、この女たらしが……ッ!!」
「いいえ、決闘はいくらなんでもやりすぎよ、グレン。
一番の時間の無駄だわ。
衛兵に見つかったらどうするの」
「っるせえッ!!
やるッつッたら、やるんだよッ!!」
「違う……そうじゃないんです……」
理不尽で涙があふれ出し、止まらなくなる。
けれども大勢の前で泣くのも恥ずかしく、必死に右腕で目元を隠した。
だが、僕が泣いていると分かれば、騒ぎはさらに大きくなっていった。
「おいッ!! 表に出ろッ!!」
「い、いや……」
「そうかいそうかい、じゃあ特等席まで案内してやるよぉッ!!」
「ぐ、グレン!! 待っ――」
「【転移水晶】使用、【王国中央広場】ァ!!」