#8 チェリーハント
2066年 3月 28日 17:17
~{王国:南地区大通り}~
通りに下りれば熱気を肌で感じられる。
おのぼりさんよろしく、歩きながらきょろきょろと見回してしまう。
目に見えるモノ全てが新鮮だった。
「さぁさぁお立ち会ぁい、我こそはぁと思うプレイヤーの皆様ぁ!
攻略組ならぁ、ぜひワタシのクランにぃ!
そうでない野心家もぉ、ワタシの元にぃ!
史上最速結成クランのぉ【Odd・Mad・Head】へようそこそぉ!」
「クラン最多人数ランキングを今日も更新ッ!!
初心者はまず、うちのクランへ!!
【傭兵旅団】、名前だけでも覚えていってな!!」
群衆の中には、声を張り上げるプレイヤーがクランの勧誘を行っている。
仮面を被ったプレイヤーの集団や、かわいい客引きの女の子たちが特に目立つ。
関心を示した人の集まりは、選挙の街頭演説のようだ。
「今なら特製【ポーションソーダ】が、5G!!
回復できて、味もうまい!!
狩りのおともにピッタリの、シュワシュワドリンクだよ!!」
「ほらほら、安くしとくよー!
【ソプラの実】も【テノルの実】も、一つたったの10Gだよ!!」
「串焼きうまいよ~。
代々直伝! 甘タレが最高だよ~」
街の喧騒はここちよく、黄昏時なのもあいまって、この場にいるだけで気分が高揚する。
縁日効果というか、この市場そのものが購買意欲をかりたてるのだろう。
先ほど上からのぞいていたように、様々な人種がいる。
家のまえで座って行列を見物する人や、リンゴらしきフルーツを売っている果物屋のおばさん、こんがり焼けたうまそうな串焼きを掲げる店主は青色の名前だった。
彼ら青色ネームが【属性:秩序】のため、全員ネイティブなのだろう。
「装備がまだの方は、ぜひウチの鍛冶屋【ノームの一振り】へ!!
最高の防具をこしらえまっせ!」
「変わったアイテムをたくさん仕入れたよ~。
もちろん水晶もあるさ~。
今がお買い得さ、ひっひっひ……買わん奴は後悔するよ~。
【魔女マルカートの館】は不定期営業さ~」
「偉大な……いや、ただの発明家トレモロの、ちっぽけな作品です。
でも、丹精込めて作った発明品です!!
閉店セールをやってます……どうか、どうか買ってやってください……っ!!
だれか、お願いしますっ!!」
大通りと、そこから枝分かれしている路地には、ネイティブが道の端にカーペットをひき、その上でお店を広げている。
武器や防具、装飾品、便利道具のようなものなどを取り扱っていた。
つまりこの大通りで戦闘のための準備を整えていけ、というわけか。
「あ痛!」
よそ見をしながら歩いていると、足もとで声がする。
下を見ると、小学生くらいの女の子がしりもちをついていた。
どうやら気づかぬうちに僕が当たって、転ばしてしまったらしい。
「――っ!
ごめんね、けがはない?」
「お嬢様!」
それに続いて人混みを割ってきたのは、燕尾服をきた老人。
執事のような老人は女の子に駆け寄っていく。
「ん、大丈夫」
「ほっ、安心しました。
あなたも、お怪我はありませんでしたかな?」
「あ、はい。
大丈夫です」
女の子はバッと立ちあがると、トテトテトテっと【魔女マルカートの館】へ入っていった。
頭上のなまえが緑のため、プレイヤーだったらしい。
そのあとを「お嬢様、お待ちください~!」と老人が追う。
「あんな小さな子でも、あんな老人でも、このゲームをプレイしているのか……」
子供からお年寄りまで、老若男女問わず人気。
それがこの世界初の没入型VRゲームなんだと再認識する。
「♪~♬~」
意識すれば聞こえるケルト音楽のBGMは、ピエロの鼓笛隊が鳴らしていた。
バグパイプやアコーディオン、弦楽器や木管楽器など、曲ごとに主要なメロディーラインを、ちがう楽器がかわるがわる演奏している。
カレーにライス、ポテチにコーラのように、ゲームと切っても切れないのが、この音楽だ。
ここはあまりにも目新しいことが多く、まさにテーマパークのようで、何か月でもここに籠っていられそう。
ゆっくりと空気を味わいながら、ただ酔いしれていた。
◆◇◆◇
「なあ、あれって……」
「そうだよな……」
ゆっくりと街中を歩いていると、プレイヤーがざわつくのを察する。
人ごみの中でも、はっきりと聞こえるほどのささやき声だった。
「うん、間違いないね……」
「絶対そうだよ……」
周りからは指をさされ、噂されている。
口元をおさえてこちらを見ていれば、さすがに僕でも気づく。
「なんだろう、僕がなにか悪いことでもしたのだろうか?
心当たりは……ありすぎる」
もしかして、もうあれがバレたのか?
やはりあれはバグだったのだろうか。いやしかし、もしバグなら運営がなにか対処をしてくれるはず。
何も対応がないなら、黙っていても知らないふりをすればいい……。
まず、なぜ噂されるほど多くの人に、このことが気付かれているんだ?
だれにも漏らしていないはずだ、それこそネイティブのザヴォルグさんにだって。
「Mart¡nって、女だったのか」
「てっきり、いけ好かないプレイヤーだと思ってたけどな」
人は人を呼び、だんだんと僕を囲むように輪ができつつある。
自然と、心の中で謝る準備を整えはじめていた。
だが少なくとも、僕から運営に報告する気はない。
図々しくても卑怯者でもなんといわれてもいい、だってこれはただのゲームなんだから。
「いっそこの場から逃げてしまおうか」
……いや、ここまで注目されているのに逃げるのは、かえって怪しい。
すでに何人かが僕に向かって歩き始めている。
「ここは平然を装って……」
抜き足差し足でここから去ろうとすると、もじもじしていた人たちの中から1人が意を決し、周りの代表かのように、僕の方へズカズカと歩み寄ってくる。
ハゲたおじさんだった。
アバターくらいイケメンにすればいいのに、清々しいくらいどこにでも居そうなおじさんのプレイヤーが、張り付けた笑顔で僕に近寄る。
「な、なあ!
もしかしてあんた――」
「きみ、ランキング1位の人かな?」
……が、その者の勇気は、とつぜん横から入ってきたイケメンに打ち砕かれた。
横入りしたそのプレイヤーの鎧は真っ白で、まるでおとぎ話の世界から飛び出してきたかのような美青年。
サービス開始から1か月とは思えないほど、ととのった装備の数々。
腰に構える2本のレイピアはどちらも業物と一目で分かる。
オールバックの青い髪はアニメの主人公のよう。
白のマントを羽織った鎧の騎士は、いかにも自意識が高そうな口ぶりで僕に話し始めた。
「少し話が聞きたいんだ。今いいかな?」
「お、おい!
俺が今この人と話そうとしてたんだぞ!」
怒りの声をあげたのは群、衆代表として最初の話しかけてきたプレイヤー。
しかし、横入りした騎士のプレイヤーは素知らぬ顔で、平然とこたえる。
「ん?
そうか、それは失礼した。
それで君は、どこのクラン所属だい?」
「え、あ……俺はまだクランには入ってないんだけどよ……」
それはおそらく僕に向けた質問だったが、代わりにおじさんが答えた。
イケメンに負けじと、会話にむりやり割り込んでくる。
おじさんはバツが悪そうに口ごもっているが、それでも彼の攻めの姿勢は衰えていない。
「君に聞いたんじゃないんだが……そうだなぁ。
では、私に順番を譲ってくれないかな?
私はこういう者でね」
そう言うと、傍若無人な態度をしめす騎士は、ステータスウィンドウを彼に見えるようにする。
おじさんはそれを見るや否や、表情を二転三転させたあと、先程とは打って変わって騎士に媚びるような口調に早変わりした。
「――っ!?
す、すいません!!
まさか【天賦零騎士団】の人だとは!!」
「いいよいいよ。
じゃ、話してもいいかな?」
さきほどまでの、いがみあった状態はどこへやら。
騎士が有名らしいクランに所属していると分かると、周りで噂をしていたプレイヤーたちがこぞって彼に集まっていく。
まるでエサに群がる鯉のようだ。
「……テンプレ騎士団だって!?」
「すげえ!! ホンモノだ!!」
「ま、まさかこんなところで会えるなんて!!」
「「「ジェ、ジェイ様だわー!!」」」
どうやら、この騎士の所属するクランはそうとう有名らしい。
周りの温度差になじめず、僕だけがその空気から取り残される。
おじさんも例外ではなく、今いる立場を周りの人に取られまいと、必死に会話を続けようとする。
なんだか見苦しい……憧れなのは分かるが、その余裕の無さは真似したくはないな。
「お、俺、あなたのクランに入るのが夢で!
どうか、入れてもらえませんか!!」
「うーん、困ったな。
君たち、先に彼と話してもいいかな?」
「はい!!
俺はタンクやってて――」
威勢のいい返事をしたおじさんだが、騎士の言葉はまったく耳に入っていないようだった。
そのあとも壊れたラジオのように、何々を倒したとか、何のスキルを育てているとか、ペラペラと自分語りを続けている。
それはおじさんだけではない。
周りに集まったプレイヤーたち全員が、こぞって自分を売り込みはじめたのだ。
怖い……はなしを聞かない人間って、ここまで恐怖心が掻き立てられるのか。
「ねえ、なんかあそこ人が集まってるよ」
「あの【天賦零騎士団】がスカウトに来たらしいよ!!」
群衆は人を呼び、集会はさらに大きなものへと膨れあがっていく。
日本人的といえば、日本人らしい行動だ。
その大勢のひとの輪の中心にいるのが、騎士と……僕。
なんで僕がいるのかって?
そんなの知らない、僕がききたい。
しびれを切らしたように、騎士は一度首を鳴らした後、ふところから水晶のようなものを取り出して、僕に手を差し伸べた。
「あーあ、これだから嫌なんだよ。
ほら、つかまって、お嬢さん」
……お嬢さん?
周り群がっているのは男性プレイヤーばかりだし、お嬢さんと言われるほどのプレイヤーは……。
騎士が右手を差し出したことで、気づく。
「お嬢さんって――ぼ、ぼく!?」
「ボクっ娘なのかい?
はは、面白いね。
それじゃ、いくよ――!!」
僕が差し出された手につかまらないでいると、騎士は僕の右手を強引につかみとり、一言つぶやいた。
「【転移水晶】使用、【冒険者ギルド】へ!!」
◆◇──――─-–- - -
【冒険者ギルド】
王国の南に位置するギルド。
国民の集会場でもあり、勇者の役目を斡旋する場でもある。国への貢献が認められれば、特別な部屋にも入れるとか……。
ほかに東の「商人ギルド」、北の「職人ギルド」、西の「炭鉱夫ギルド」があり、その方角のエリアに合わせた施設となっている。
~主な役割~
掲示板… ▶クエストの受注
酒場…… ▶パーティメンバーの募集 ▶食事
受付…… ▶クエストの発注 ▶所持Gの預金
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