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#7 神の随に

「さて、歌でも歌うか」


 再び人混みの中で孤独になり、感情の昂ぶりも収まった。

 涙は引いたため、両手でぱしっと頬を挟み、活を入れる。


 歌おうとして息を肺いっぱいに吸い込んで、気づく。

 いつもより思ったように息が吸い込めない……いや、そういえばこれはゲームの中だった。


 全く気にしていなかったが、気にならないほどにこの世界はリアルだった。

 見上げれば嘘のように蒼い、壮大な青空。

 カンカンと照らす、熱さえ感じる太陽。

 モクモクと立ちのぼる巨大な入道雲。

 雲の合間に見える、4つの翼を持つ……あれは龍か? それともフェニックス?


 その影を見つけたとき、これはゲームの中なんだって改めて理解した。

 阿鼻叫喚の中庭で、叫び声や衝突音に交じり、一人の歌声が遠く響いた。


 遥か天空を舞う龍にも、この声が届くといいなぁ。




 ◆◇◆◇




 2066年 3月 28日 18:10

 ~{王国:王城中庭}~



 人の入れ替わりは激しく、5分も経たないうちにどのプレイヤーもチュートリアルを終えて中庭を出ていく。

 ゲーム内でも日は暮れようとしていて、仮想現実の空は鮮やかな赤色に染まっていた。


 太陽は西に浸かりはじめる。

 三日月が背中合わせに2つくっついたような、ちょうど『X』の形になった青い月が東の空から顔を出し始めていた。

 この時間になっても、王城中庭でチュートリアルを受ける人数は依然として多いまま、むしろ増えてきている。


「現実じゃないみたい」って誰かが呟いた。

 その言葉が聞こえたのか、せわしなくしていた人々が空を見上げた。

 僕も例にもれず、つられて歌を止める。


 あれから5時間。

 一度歌い始めたら時間を忘れてしまい……いつの間にやらこんなに時間が経っていた。


 まったくそのとおりだ、と思う。

 こんなに綺麗な空を、僕は産まれてこのかた見たことがなかった。


「♪LaLaLa~

 ♬LuLuLu~」


 《――<拡声>がLv.10になりました――》


 5時間歌い続けた結果、<拡声>はレベル10まで達した。

 そして<重唱>は……上級スキルだからだろう、まったくレベルは上がりそうになく、レベル2への道のりすら長い。

 だが難しいのなら、それだけ燃えるというもの。

 レベルの上げ甲斐があってむしろ楽しみだ。



 《――<効率詠唱>が習得可能になりました――》

 《――習得しますか?――》



 ◆◇───-–- - -

<効率詠唱>

 ●詠唱系スキルの下級スキル

 ●詠唱を唱えた時間だけ、必要魔力が少なくなる。

 獲得者数: 821,512

 - - - –-───◇◆



「――っ!?

 なんで覚えられたか分からないけど、よっしゃあ!」


 周りの目を気にせずに、おもわず叫んでしまう。

 僕の歌は“叫び”とも“詠唱”ともとらえられたらしい。

 いったん歌を止めて、ぐっと背伸びをして凝り固まったからだを伸ばす……が、当然バーチャルな身体に筋肉の疲労などはいっさいなかった。


 チュートリアル1のクリア報酬、スキルを5個覚えて貰えたのは武器だった。

 プレゼントボックスから取り出した【鉄剣】という武器は、単語そのまま鉄で出来た剣で、切れ味はあまり良くなさそう。


「残りのチュートリアルは……っと」



 ◆◇───-–- - -

【チュートリアル2. クエストを受けよう!】

 ネイティブを助けること、それが勇者の役目。クエストは刻一刻と変化する。

 クリア条件:{王国:ギルド会館}の依頼掲示板にてクエストを受注する

 - - - –-───◇◆



 ◆◇───-–- - -

【チュートリアル3. 魔物を倒そう!】

 この国は魔物の侵攻に怯えている。己の力を以てして、魔物を討ち滅ぼせ。

 クリア条件:魔物を1体討伐する

 ※クリア済み※

 - - - –-───◇◆




「なるほど、スキルを覚えた後はクエスト。

 頼れる武器は【鉄剣】の一本のみ。

 いいね、燃えてくる!!」


 中庭からは、鉄剣を装備してその場を後にするプレイヤーも多くいた。

 今はまだオリジンではなく、この鉄剣がメインの武器となるらしい。



 ◆◇───-–- - -

【鉄剣】

 ○分類 :武器

 ○所有者:Mart¡n

 ○能力 :ATK+20

 ○詳細 :鉄で作られた剣。

 - - - –-───◇◆



 《―― 鉄剣 を装備しました――》


「じゃあ、行くか!!」


 僕もまた、他のプレイヤーと同じように中庭をあとにするのだった――。




 ◆◇◆◇




 2066年 3月 28日 17:15

 ~{王国:王国中央広場}~



 世界中の赤絵具をぶちまけたかのように赤い空のもと、辺りを見下ろすと、そこはまさに別世界であった。


 初めて王城をとびでると、眼下には100段はありそうな真っ白の巨大階段が目に飛び込む。

「ローマの休日」で有名なスペイン階段を模したのだろう。

 まるで天国から下界に降りる階段のようだった。


「うわあぁぁ――――!!」


 階段から続く道は、大通りのメインストリート。

 きれいな屋根の家々、美しい水路、建物のあいだの複雑な小径。

 その街を彩るのは、現実では見られないような生き物、人間離れした大道芸、耳のついた人や、異常に背の小さい人、3メートルはありそうな大男、そして甲冑を身にまとう戦士達……とにかく言葉では言い表しきれないほどの魑魅魍魎が渦巻いている。


 街の中には水路がいくつも張り巡らされており、まるでベネツィアのよう。

 小舟が浮いていたり、恐竜のような生き物に乗る人だったり、水の上を歩く仙人みたいな人だったり、それはもうファンタジーな世界が広がっていた。


「こりゃすげえや……。

 礼拝堂とか、王城の比じゃない。

 これが……世界を丸ごと再現した、オープンワールド……」


 王国の端は、どこも高めの壁で囲われている。

 きっと魔物対策の壁だ。

 ネイティブたちはあの壁の向こうを知らずに生きているのだろう。


 城下街の建物の雰囲気は中世ヨーロッパを模したようだ。

 まさにRPG、といった印象を受ける。


「これ、ほんとにゲームかよ」


 階段を一歩一歩踏み占めるように降りていく。

 その間にも、今始めたばかりのプレイヤー達が、真横をダッシュで通り過ぎていく。


 身体は羽のように軽く、高揚感で浮足立っている。

 僕は、はやる気持ちをおさえて、ゆっくりと一歩ずつ確実に降りていった。




 ◆◇◆◇




 同時刻

 ~{運営管理室}~



「おい、この結果はいったいどういうことだ!?」

「原因を解明中です!」

「問い合わせのメールや電話が止まりません!!」

「ようやくゲーム部門が軌道に乗ってきたんだ!!

 いいか、アンリミテッド社の株価には影響を与えるな!

 いち早く解決しろ!」


 モニターが360度至るところに展開された、まるでSF映画に出てくるような監視室。

 その一つ一つには【王国】の監視映像が、1秒ごとに切り替わって流れている。

 これらはすべてNPCであるネイティブの視点や、この世界に住む生き物の目線であり、運営はこれらの視界映像をハックしてDWSの世界を覗いていた。


 しかしそれだけ監視してもなお不祥事が発生した事実に、スーツの男――GM(ゲームマスター)神崎は怒りを爆発させている。


「……クソッ!!

 改造チートの類いを行ったハッカーがいたなら、この国が乗っ取られかねない。

 まさか【ラプラス】に侵入するなんぞ……国家転覆でも考えているのか!?」


 怒りの矛先は、ランキング一位を獲得した謎のプレイヤー『Mart¡n』に向いていた。

 何十人もの人間がモニターに張り付いているのに、原因を特定することは困難を極めている。


 もしもこれがハッカーの仕業だとすれば。

 国家権力の【ラプラス】をゲームに応用したこと自体が間違いだったと指摘され、神崎はクビ。

 そしてここにいる何十名のエンジニアたちの首もとぶ。

 彼らは大望を抱く神崎についてきた先鋭達であり、そんな彼らが路頭に迷うなどあってはならなかった。

 鉛のように重たい責任が、神崎の胃をキリキリと痛めつける。


「会長、これを見てください」

「原因が分かったか!!」

「えぇ……それが……」


 一人のエンジニアが、会長に声をかけた。

 渡されたホログラムタブレットには、びっしりとプログラムのソースコードが記載されている。


「これは【ラプラス】の世界管理AIが自動生成した、今回のイベントのソースコードです。

 通常、魔物との戦闘では、貢献度を1.0%よりも多く達成すると、割合におうじた報酬や経験値が付与されます。

 しかし今回は敵との実力差があり過ぎました。

 どうやらレイド仕様としてダメージ量制を導入し、結果的に1%以下の貢献度でも報酬が分配されたようです。

 それこそ、あの巨龍に1ダメージでも与えれば、極々わずかながらも報酬が分配される仕組みになっていました」


「まわりくどい。

 結論から教えてくれないか?」


「これはチートでも、ハックでもありません。

 仕様の穴をついたバグが、偶発的に発生しただけの“事故"です。

 当人からの報告はありませんが、おそらく無自覚のうちに起こったのでしょう」


 その言葉は今の神崎が最も求めていた言葉で、神の啓示よりもありがたい救いの一言だった。


「そう……か。

 ……よかった、あぁ、本当によかった」


 会長はその場にへなへなと座り込んでしまう。

 その様子を見て、社員たちはいっせいにホッとため息をついた。


「解説の続きをしても?」


「あぁ、よろしく頼む」


「管理AIが設置した『救済』は、誰の手にも届かない王宮の北バルコニーに配置されていました。

 もちろん彼にバフスキルなどがかからないよう、対策もされていました。

 しかしその救済に、STR1%上昇のバフがかかっていたのです」


「……なんだと?

 まさか人工知能が命令に逆らったとでもいうのか?」


「正確には、かかる余地がありました。

 MPを必要としないフィジカル由来のバフスキルを対象にかける……それを、反対岸の南塔バルコニーで<拡声>や<腹話術>などの補助スキルを用いて。

 天文学的な確率ですが、再現性はあります」


「プレイヤーの99.8%はイベントに参加していたのだろう!?

 いったいなぜ、そんなときに南塔バルコニーに向かうというのだ!?

 AIの思考を予測したとでもいうのか!!

 まさか――我々の中に内通者が!!」


 納得のできない説明に声を荒げる神崎だったが、エンジニアは至極当然といった様子で顔色一つ変えることなく淡々と説明を続ける。


「いえ、おそらくですがイベントの開催そのものを知らなく、あの瞬間に初めてログインした新規プレイヤーかと」


 ありえない事実に、神崎だけでなく社員全員が目を丸くした。

 しかし彼いわく、それ以外に考えようがないらしい。


「レイドボスの襲来を知っていれば、間違いなく王宮から即座に出て戦っていたでしょう。

 たった1ダメージでも稼ごうと躍起になったはずです。

 しかしこのプレイヤーは、何のイベントもフラグもない南塔バルコニーに登った。

 それは彼が新規プレイヤーで、この世界のことを“何も知らなかった”以外に説明ができません」


「ではなぜ<舞踏>でも<応援>でもなく、よりにもよって効果範囲が広い<歌唱>なのだ……!!

 しかも<拡声>まで組み合わせたマイナースキル同士のコンボだって!?

 ピンポイントにもほどがある!!」


「それだって“何も知らなかった”からでしょう。

 さきほど言った『救済』のバフスキル対策にフィジカル系統が含まれていなかったのは、あの『救済』にそれほどの知識を残していないという理由があります。

 今のあれは、ただ命令に従う抜け殻に過ぎないはず。

 まさか全く知らないプレイヤーの歌声に、3分間も興味を示すなんて……」


「ならやはり、NPCが反抗をしたということか?」


「私の見解ですが……反抗ではなく、芸術を理解する『心』を持ったのかと」



 エンジニアがその言葉を発した瞬間、この部屋の時間が凍り付く。


 神崎の顔は驚きを見せたあと、じわじわと口角が吊り上がり、大のおとなが見せるものとは思えない子供のように純粋な恍惚とした表情に変わった。


 アンリミテッド社がここまで大掛かりな舞台を用意した背景には、いくつかの目的がある。

 そのうちの一つが早々に達成される快感に、神崎は打ち震えた。


「……ふふ、ふははは!!」


 会長への視線がいっきに集まる。

 気持ちよさそうに高笑う神崎に、社員たちは惜しみない拍手を送った。

 中には……涙を流す者まで。


「よくやった……よくやったぞ!!

 ついに、ついに我々はここまできたのだ!!

 これはかの問題児に、感謝せねばならない!!

 人類の科学技術はついに、第二第三のベートーヴェンやモーツァルトを生み出すまでこぎつけたのだ!!」


「「「おおおぉぉぉぉぉ!!」」」


 神崎の大層な演説は、エンジニアたちを沸かせるに十分過ぎた。

 手を取り合って喜ぶ部下のすがたを見て、神崎は言葉にできない幸福に包まれる。

 スタンディングオベーションは5分間に及んだ。

 この300秒の間、彼らは思い思いに喜びを表現し、モニタールームに歓喜が渦巻いた。

 それはまるで、ロケットが打ち上げられたことを喜ぶ管制塔のようだった。

 なにせ人類史に残る偉大な発明のタマゴが孵化したのだから、喜ばずにはいられない。


「しかし会長、アンリミテッド社の株価はどうしましょうか?

 ハッカーの仕業ではなくとも、バグが原因だと知れ渡れば……」


 演説が終わったあと、さきほどのエンジニアが神崎に耳打ちする。

 しかし神崎はいっさいひるまず冷静に、機械のように、淡々と対応策を述べた。


「いや、不都合な真実を隠すべきではない。

 誠心誠意をもって全プレイヤーに謝罪と補償を」


「ですが、それだけでは……」


 しかし、そんなお粗末な対応だけでこの問題が解決しないのは明白。

 ただでさえ神経接続のVRは危険視されているのだ、滑り出しでバグが出たとなれば今後の運営にかかわる。

 それが人体にまったく影響のないバグでも、マスコミはその2文字を拡大して切り取って、大々的に「VRは悪だ」と報道するだろう。

 考えをめぐらした神崎は深く息を吸い、株価を維持するにはやりすぎともいえるとんでもない策を実行に移す宣言をしたのだった。


「そして……仮想通貨【G】換金構想の実行だ」


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