#5 チュートリアル中庭
2066年 3月 28日 12:10
~{王国:王城中庭}~
メンテナンス開けに訪れた王宮中庭は、人種のサラダボールなど比でもない、ありとあらゆる髪色の勇者が密集していた。
「なんだ、この過密地域は……」
プレイヤー同士はもう隙間もないほど押し詰めになり、中庭の飽和勇者量が限界突破していることが見て取れる。
ハラスメント行為防止のための非接触コードはあってないようなものだ。
「うをおおおぉぉぉっ!! サイコオォォォっ!!
よっしゃああぁぁぁっ‼ <拡声>スキル獲得だああぁぁぁっ‼」
「痛、痛、痛、痛……よし。
……これで<亀の鈍皮>と<自傷軽減>を習得っと」
「<釣り>ってどこで覚えられるんだなも?
どなたかご存じでないだなも?」
「……ブツブツ。……ブツブツ」
足の踏み場もないほどの人混みの中でさえ、プレイヤー達の関心はゲームに集中している。
ある者は、大声を誰に伝えるでもなく叫んでいたり。
ある者は、何もない地面にあえて素っ転んで受け身を取ったり。
またある者は、自作であろう魔法の呪文を詠唱していたり。
中には、無表情でただひたすらにその場で垂直ジャンプをし続ける人もいた。
壊れたおもちゃのように不可思議な行動をとる人々。
常人が見れば、このおぞましい光景にドン引きだろう。
もはや狂気だ。
「これをNPCが見たらどう思うんだろうな……」
周りの人物に目を向け、思わず苦笑いが零れる。
だからこそ王国の中に、勇者がスキルを覚えるための空間として、王城の中庭が提供されているのだろう。
「でもこの空気のおかげで、思う存分スキルを覚えられるってもんだね」
右は叫び、左は転び、前は跳んでいる。
なら、何をしたって大丈夫だ。
周りがバカをやっているなら、自分もバカをやれるというもの。
「まずは、チュートリアルを終わらせるか」
習得可能だった上級スキル<重唱>を習得すると、スキルを5つ覚えるチュートリアルの完了だ。
◆◇───-–- - -
<重唱>
●歌唱系スキルの上級スキル。
●歌が重なる。
獲得者数: 0
- - - –-───◇◆
《――【チュートリアル1.スキルを覚えよう!】をクリアしました。おめでとうございます!――》
《――【鉄剣】を手に入れました――》
◇◆◇◆
2066年 3月 28日 13:10
~{王国:王城中庭}~
人混み耐性のスキルがあるなら、喉から手が出るくらい欲しくなるほどには多い。
相変わらず奇行を繰り返す人はいて、どこから持ち出したのか木刀やら木槍、木槌で素振りをする人もいる。
「ふぅ……」
一息つくと、不意に背後から渋いバリトンボイスで声をかけられた。
「――主、お主。
ちょっといいか?」
「……うぉぅっ‼」
後ろを振り向くと、そこには自分よりも頭二つは高い、鉄の鎧を纏った巨人が仁王立ちしていた。
「おっと、驚かせてすまない」
「い、いえ。
こちらこそ驚いちゃってすいません。
えーっと……」
「儂はここ王国の王城中庭を任されている、訓練長管の『ザヴォルグ』というものだ。
今は新しく来訪する勇者達の指南役を、神より仰せつかっている。
よろしく頼む」
ザヴォルグと名乗った人物はいい声で流れるように話すと、見た目とは裏腹に、紳士らしく丁寧な45度のお辞儀を披露する。
僕はその物腰柔らかな姿を見て、一瞬にして彼に抱いた警戒心が解けた。
悪い人じゃなさそうだ。
「自分は今日から始めました、マーティンといいます。
よろしくお願いします」
鎧の籠手をぬいで差しだされた右手に、握手で応じた。
ごつごつとした職人のような手は、いつかのルロイ修道士はこんな手だったのかもしれない、と思い出させる。
彼の身長は2メートルほどあり、筋骨隆々なのが銀色に輝く鎧越しに伝わってくる。
背中には背丈と同じくらいの大剣を背負っているが、果たしてあんなものを振るうことが出来るのだろうか。
「……失礼ですが、プレイヤーの方ですか?
それとも、NPC――じゃなかった、ネイティブの方ですか?」
「そうか、忘れていた。
この兜を脱がなければな。
王国衛兵の鎧兜は私怨を持たれぬよう、個人の判別が付かなくなる<隠蔽>のスキルが付与されているのだよ」
仕組みをつぶやきながら、彼は兜を脱ぐ。
先ほどまで見れなかった顔を覗くと、そこには穏やかな表情の初老の男性がいた。
これほど騎士の鎧が似合う老人もなかなかいないだろう。
顔の彫は深く、しわと傷が刻まれた顔はいかにも玄人という雰囲気を醸し出している。
ラテン系の濃い顔で、往年のガテン系ハリウッド俳優によく似ている。
彼の頭上には名前が展開し【ザヴォルグ】と青色で表示された。
注視すると僕の視界に新たなウィンドウが現れる。
◆◇───-–- - -
名前:ザヴォルグ・アーキデウス・フォルツァンド
所属:秩序
種族:人間
称号:【王国衛兵】【訓練長官】
- - - –-───◇◆
所属が“秩序”であり、名前が青色文字……つまりNPCだ。
補足すると、プレイヤーは緑色ネームの“中立”で、魔物が赤色ネームの“混沌”となる。
NPC――ノンプレイヤーキャラクター。
僕らがこの世界に来る前から存在する、人工知能の人造人間が、まさか向こうから話しかけてくるとは。
「儂は勇者ではない、ネイティブの方だ。
なに、間違われるのには慣れておる。
他の勇者も儂を見てよく驚いておったよ」
老騎士ザヴォルグさんは僕がNPCと言い間違えたことにも気にせず、「ハッハッハ」と心地の良い低音で笑った。
これがNPC?
人工知能はついにこの領域まで達したのか、と感動すら覚える。
中に本物の人が入っていると言われても納得する。
「なるほど、まさかここまでとは。
……科学の力ってスゲー」
「む? カガク、とはなんだ?」
「いえ、なんでもないです、すいません」
相手がNPCと分かると、とたんに緊張がほぐれた。
人間と人工知能を差別するようで、世間的には良くないのだろうが、それだけで話しやすいのも事実。
「ザヴォルグさんはこの訓練場、王城中庭の管理人さんでしょうか?」
「管理というほどのこともしていないがな。
ヘルプ役……と言ったらいいか。
勇者が困っておったら、適度に手伝う。そして国のために魔物のいるフィールドへと出てもらう。
それだけの役割でここにいる」
ヘルプ役、か。
たしかにあまりの自由度の高さ故にやることが分からなくなる人も多いだろう。
「その……すいません。
わざわざ話しかけてもらいありがたいんですが、僕に何か用が?」
「そうだったそうだった。
話しかけたのは他でもない、歌が聴こえたからな」
「……っ!!
聞いてたんですか」
「まあまあ、よかったぞ」
――!?
突然の出来事で驚いて目を見開く。
この人は僕の歌を聴いてくれてたんだ。
しかも褒めてくれるなんて。まさか、思ってもみなかった。
ザヴォルグさんは腕を組んだままだが、目を細め、頬には笑顔のしわが刻まれた。
「懐かしい歌声に似ていて、思わず声をかけてしまったのだ。
久しぶりに聞いた歌でいい心地になった、感謝する」
誰かが僕の歌を聴いてくれて、面と向かって褒められたのは初めてな気がする。
なんだかほっと、心が温かくなった気がした。
嬉しい、嬉し過ぎる。
「――ッ!?
どうした! なぜ涙を流しておる!?」
「あれ……おかしいな……。
なんだか自然と溢れて止まらないや」
目からは大粒の涙がぼろぼろと落ちて、頬を伝う。
地面に落ちると、土に染み込むことはなく、瞬時に消えていった。
「泣くな泣くなっ‼
頼むから泣くんじゃない!
ほら、周りの勇者も見ておるし、儂が女子を泣かせたみたいになるだろう!」
VR世界でも涙は出るのか。
しかも感情のハードルが低いようで、意思とは反対にあふれてくる。
感情表現の排泄現象まで再現されてるなんて、まったくこのシステムはよくできたものだ。
「……いえ。
その……自分の歌が、純粋に褒められたのは……初めてだったので、ふふ」
筋骨隆々のお爺ちゃんがタジタジになって慌てふためく姿に、思わず笑みがこぼれた。
自然と涙は止まり、泣いた跡は瞬く間にすっかりなくなった。
ザヴォルグさんが僕のことを女性と勘違いしているようだけれど、あえて訂正はしないでおいた。
「それは意外だな。
いや、本当に意外だ」
安心したのもつかの間、ザヴォルグさんが続けた言葉は想定外のものだった。
「だがなぁ……話しかけたのはその歌を褒めたかったからではない」
ザヴォルグさんの声は厳しい口調に変わる。
「<歌唱>を育てるのはやめたほうがいい。
そのスキルは糞みたいなスキルだ」
◇◆◇◆
「……じゃあ、一番覚えておくべき必須スキルとかはありますか?」
「ハッハッハ、すまないがそれも教えられぬ。
強くなりたかったら、自分の力で地道に努力して見つけるのが一番の近道だ。
だがオススメしないスキルくらいは教えられるぞ。
特に<歌唱>。あれはやめておけ」
それから互いに落ち着いた後。
しばらく僕はザヴォルグさんとの会話を楽しんだ。
あの一件で僕が自分をさらけ出したためか、ザヴォルグさんとの会話は驚くほど弾んだ。
相手が人工知能なのに、そんなことをすっかり忘れるくらい。
話の内容はもちろんこのゲームについて。
DWS世界の情報を聞いたり、スキルのおすすめを聞いたり――餅は餅屋というくらい、ネイティブだからこそ知る情報はどれも貴重だった。
「<歌唱>はおすすめしないんですよね。
……もう分かりましたってば」
<歌唱>はやめておけ、と何度もしつこく釘を刺されたため、とりあえず納得したフリをしておく。
歌は大好きだ、いくら弱いスキルだと言われても<歌唱>は趣味として続けていくに決まっている。
「ザヴォルグさんはいつもここにいるんですか?」
「いや、毎日いるわけじゃない。
儂にも他にやるべきことがあるのでな」
一番印象に残ったのは、どうやらザヴォルグさんはこの中庭に縛られている訳ではないらしく、休暇もきちんとあるらしい。
NPCにも休みがあるなんて。
プログラムされた存在なのに、意外だ。
「これも何かの縁、もし必要な武具があったらなんでも言え。
剣でも、槍でも、斧でも、この訓練場にいる間だけなら貸し出すことができる。
それで戦闘用スキルを覚えるといい」
「ほんとですかっ!!
ありがとうございます!!」
「無論、儂がつけているこの剣や防具でも貸すことはできるぞ。
お主に振ることが出来るのならな、ハッハッハ!!」
ザヴォルグさんの背丈ほどある大剣は、僕の身長よりも二回り大きい。そんなもの振れるわけがない。
「でも今は大丈夫です。
じつは……いや、なんでもないです」
スキルを見せようとして……やめる。
バグでここまで上がりました、なんて後ろめたくて言えなかった。
目下の新たな目標は、もちろん歌関連の他スキルの習得だ。
「えと……支援極振り特化型とかでも面白そうと思ってるんですよ!」
「そうか……支援か。
ふむ、そろそろ、他の勇者の相手もしなければならないな。
ここらでお主とは一旦終いだ。
また必要になったら、呼ぶといい」
「何から何まで、ありがとうございます。
たぶんすぐまたお世話になると思います!」
去り際、彼はふっと振り返り、後頭部を右手でかきながら照れくさそうに言った。
「散々忠告してなんだが……その、なんだ。若者は好きなことをやれ。
人生は、時間は、無限じゃない。
やりたいことをやるべきだ。
たとえ失敗しようが、経験は血肉になりそれ以降の人生をより一層輝かせてくれる。
とくに、お主ら勇者は何度でもやり直せる――それこそ、死んでもな。
挑み続けるのだ、自分に」
ザヴォルグさんはそう言い残すと、一礼して、他のプレイヤーのもとへ話しにいった。
死んでも、か。
プレイヤーとネイティブの決定的なちがいは「なんどでも生き返ること」である。
ザヴォルグさんの一言は皮肉にも聞こえた。
偶然か――奇しくも、父がそのような言葉をよく口にしていた。
ザヴォルグさんの背中に父の姿が重ねて見えて、また自然と涙が込み上げてきた。
◆◇───-–- - -
【TIPS2 スキル】
スキルとは、この世界の物理魔法則に従った超能力である。
勇者の器は大きく、多くのスキルを覚えられるが、詰め込むほど成長は遅くなる。
より狭く深くスキルを鍛えることが、強者への近道だ。
自分に合わないなら、ときには見切りをつけ、惜しまず消去することも重要となる。
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