#4 チュートリアルで歌ってみたらレイドボスを討っていた件
2066年 3月 28日 11:56
~{王城:回廊}~
「♪HumHumHum~
……あれ、ここはどこだ」
鼻歌を歌い、ごきげんで歩く。
中庭に行きたかったのだが、礼拝堂を出る方向が違ったようだ。
ここは王城内部の廊下。
城というくらいだから豪華絢爛な装飾が施された廊下……ではなく、石造りで豪華さのかけらもなく、装飾品も一切ない質素な建物だ。
「ゲーム開始そうそう迷ったなんて……まさかね」
貴族の住む王城というよりは、まるで要塞のよう。
一応メニューからログアウトして入りなおせば礼拝堂に戻れないこともないのだが、知らない世界を探検するのも楽しいため、飽きるまでは王城内を練り歩くことにした。
ダンジョンを旅行気分で徘徊するようで、けっこう面白い。
石壁を触るとひんやりしていて、手にはザラザラとした触感を伝える。
「へえ~、ちゃんと石一つ一つが積み上げられてる。
テクスチャーを張り付けた張りぼての世界じゃないのか、凝ってるなあ。
……うぉっと!?
さっきからなんだ、この揺れ」
歩いていると、たびたび謎の地震に襲われる。
これで5度目だ、外で何か起こっているのだろうか?
あいにく廊下に窓の類は一切なく、外の様子を確認できない。
「地震にしては何度も起こり過ぎている。おかしいぞ」
それに、先程から誰ともすれ違っていない。
プレイヤーはおろかNPCでさえ、人っ子一人いない。
ここはもうオンライン空間のはずだが、もぬけの殻だ。
ワールドイベントとやらが、まさか安全地帯の王国内で進行しているなんて荒唐無稽なことを、誰が想像できただろう。
マーティンは知らなかった。
現在、王国は未曽有の危機に瀕していることを。
王城の北側ではプレイヤーとレイドボスが王国の存命を懸けて争い、最初の戦争が勃発していることを――。
◆◇◆◇
しばらく歩くと廊下の端に階段を見つける。
しかしその螺旋階段は下には続かず、上にだけ伸びていた。
ペタ、ペタとはだしで石階段をのぼる音は、外の騒がしい衝突音にかき消される。
何段上がっただろうか。
ふと視界が開けると、窓とも言えない壁にあいた穴から、王国の南側を一望できた。
どうやら今しがた登っていたのは見張り塔だったらしい。
どんよりとした紫の雲が空を覆い、眼下には色とりどりの屋根が敷き詰められている。
この王城内には一人もいなかったネイティブの姿も、外に見ることができて安心した。
道に行きかう人々は慌ただしく、何百メートル離れたこの高所からでも今が平常ではないことが分かる。
北側は王城の北棟によって遮られ、視認することができない。
「今日はお祭りでもやってるのかな?」
そうと考えればここに人が誰もいないことに説明がつく。
しかし謎の揺れも強まるばかりだし、屋台や神輿など変わったイベントはなく、人々の表情は何かに怯えているような……考えすぎか。
「まあいいや。
にしてもここは空気も澄んでて、気分がいいな」
自分が今いる位置は王国でもかなり標高が高い。
そのためか、吸える空気もおいしく感じた。
他に背の高い建物は、背後の城を挟んで北側に頭だけ飛び出して見える、ビッグベンを思わす時計塔くらいか。
ここで大声を出して歌ったら、さぞ気持ちのいいことだろう。
「周りには……誰もいないな。
よし、一曲歌うか」
辺りをキョロキョロ見渡して、他の人間がいないか確認する。
反対の北側見張り塔に人影を見つけた気がしたが……あそこなら聞こえまい。
よし、いないな。恥ずかしい思いをすることもない。
「♪LaLaLa~」
そこで気持ちがすむまで、とことん歌を披露するのだった――。
◆◇◆◇
2066年 3月 28日 12:01
~{王城:南見張り塔}~
だんだんと揺れは増していく。
今まで数分に一回だったのが、断続的に何度も発生するようになり、やがて揺れは収まらなくなった。
「♪LaLaLa~
……うおぉっと!?」
突如、さいごを締めくくるかのように激しい爆発音と大きな揺れが一度だけおこった。
尻もちをついてその場に転げてしまうのも仕方ないほど、大きな地震だった。
これをきっかけに、今までの揺れは嘘のようになくなる。
静寂が訪れた。
時が止まったように感じるほど、不気味なくらい静かだった。
その空気を断ち切るように、脳内にメッセージが鳴り響く。
《――終了時刻となりました――》
《――ワールドイベント終了です、お疲れ様でした――》
「……すごい地震だったな。
それで、これはなんだ?」
手をついて起き上がりながら、疑問を口にする。
終了時刻? ワールドイベント?
「そうか、今までの振動や爆発音は、あのイベントか!
結局参加はできなかったなあ……。
まあいいや」
全く物音がしない。
歌っている最中は歌に熱中していて全く気付かなかったが、歌い始めよりも明らかに静かである。
異常。
まるで台風が過ぎ去った後のようだ。
何が起きたのか理解する間もなく、事態は次のステップに移行する。
《―― エンドロギアス を討伐しました ――》
《――【チュートリアル3.魔物を倒そう!】をクリアしました。おめでとうございます!――》
《――称号【ちっぽけな勇者】を獲得しました――》
《――称号【龍討者】を獲得しました――》
《――称号【終焉龍討伐】を獲得しました――》
《――称号【ジャイアントキリング】を獲得しました――》
《――称号【高火力】を獲得しました――》
《――称号【超火力】を獲得しました――》
《――称号【火力王】を獲得しました――》
《―― 9,992,317Gを獲得しました ――》
《――称号【小金持ち】を獲得しました――》
《――称号【大富豪】を獲得しました――》
《―― 19,984,634経験値を獲得しました ――》
《――【終焉龍の大地殻】を獲得しました――》
《――【終焉龍の世裂爪】を獲得しました――》
《――【終焉龍の大地殻】を獲得しました――》
《――【終焉龍の溶岩血】を獲得しました――》
《――【終焉龍の大地殻】を獲得しました――》
《――【終焉龍の溶岩血】を獲得しました――》
《――【終焉龍の溶岩血】を獲得しました――》
《――【終焉龍の大地殻】を獲得しました――》
《――【終焉龍の溶岩血】を獲得しました――》
《――【終焉龍の溶岩血】を獲得しました――》
《――称号【レアアイテムハンター】を獲得しました――》
《――【終焉龍の大地殻】を獲得しました――》
《――【終焉龍の溶岩血】を獲得しました――》
《――【終焉龍の大地殻】を獲得しました――》
《――【終焉龍の溶岩血】を獲得しました――》
………
……
…
頭の中に軽快なトランペットのファンファーレが延々と鳴り響く。
鳴りやんだと思ったらまた鳴り……と繰り返して、頭の中に響き続ける。
聞き続けると頭がおかしくなりそうだ……っ!!
うるさい、うるさすぎるっ!!
「う、うわああぁぁ、なんだこれ!!
どうしたっていうんだよ!?
止まれ、止まれえぇぇ――っ!!」
それでも鳴り続けるメッセージは地獄のよう。
音をかき消すように、大声を張り上げる。
そうでもして自分の声で打ち消さないとならないほど、うるさい。
「どうか、どうかこのうるさい音を止めてくれえぇぇ――――っ!!」
――数分後。
…
……
………
《――<歌唱>がLv.98になりました――》
《――<歌唱>がLv.99になりました――》
《――<歌唱>がLv.100になりました――》
《――称号【歌唱極めし者】を獲得しました――》
《――称号【限界到達者】を獲得しました――》
《――上級スキル<重唱>が習得可能になりました――》
《――習得しますか?――》
《――<拡声>がLv.2になりました――》
《――<拡声>がLv.3になりました――》
「ああ、うるさかった」
どっと疲れが押し寄せ、見張り塔の床に座り込む。
石床はひんやりとしていて興奮した熱を冷ましてくれる。
取り乱していたが、自分のことを見たのは誰一人としていない。
城内に人がいないことが、不幸中の幸いだ。
「このアイテムの山……ゲームバランス崩壊もいいとこだぞ」
アイテムストレージを開いて確認すると、異常な量の魔物素材が。
しかも一つ一つのレア度は星9個と、ありえない希少さを誇っている。
◆◇───-–- - -
【アイテムストレージ】
・回復ポーション・下 ×10
・終焉龍の大地殻 ×319
・終焉龍の世裂爪 ×1
・終焉龍の溶岩血 ×521
・終焉龍の世裂牙 ×3
・終焉龍の伸縮喉 ×2
・終焉龍の耐熱血管 ×210
・終焉龍の耐熱鱗 ×467
・終焉龍の剛巨骨 ×5
- - - –-───◇◆
「これは…………は、はは。
あーあ、ぶっ壊れちまったよ」
人は驚きや嬉しさという感情のキャパシティを超えると、言葉を失って絶句するらしい。
しばらく無言のあとようやく現実に戻っても、から笑いは止まらず、アイテムストレージから目を離せなかった。
目を見開き口角が上がり切った表情はさぞ気味が悪いものだったろう。
「スキルレベルもバグってるし。
<歌唱>がレベル100までいっちゃったよ……どうなってんのこれ」
落ち着きを取り戻して、今しがた起きたことを整理する。
僕は変わったことは何もしていない。
やったことといえば、王城の廊下を渡り、階段を登り、見張り塔から辺りを見渡して、人がいないことを確認してから、歌を歌っただけだ。
原因は……歌か?
だが、歌を歌っただけでこんなことになるのか?
スキル<歌唱>とは、実は文字通りの“ぶっ壊れ”スキルで、バグを生み出すのだろうか。
そんなの前代未聞である。
もしそうならこの一か月で誰かが気づくはずだ、獲得者数が二桁なんてありえない。
「そうだ、こういう時はたしか【お問い合わせ】があったはず!
メニュー! お問い合わせ!」
音声処理でお問い合わせにメールを送信しようとし……画面に手を触れる寸でのところで思いとどまる。
「いや……でももし運営がバグの存在に気づいていなかったら。
報告したことでこのアイテムとレベル、1000万Gは消えてなくなってしまう」
脳内で天使と悪魔の殴り合いが勃発する。
これがもしバグであったとしても、隠しておけるならそうしたい。
それほど魅力的なアイテムたちだ。
「だけど言わなくちゃ……言った方がいいだろうし……何よりなにが起きたのかを知りたいし」
報告する義務だってない。
しかし報告するのが善人であり、そうすべきなんだろう。
何度も自問自答を繰り返し悩みに悩みぬいた末、報告することを……やめた。
「今回の一度だけ、一度だけだ。
……いや、むしろ考えるのが馬鹿らしい。
誰だってそうするはずだ。
ふつうは黙っているに決まってる」
原因を知りたい探求心を、あり余る欲望がねじ伏せた。
悪魔の圧勝である。
もし自分が配信者やバグ報告が仕事のデバッガーなら、いち早く報告して公表していたが、今の自分が公表しても、得られるのは無償の善人という名誉だけだ。
冷静になれば比べるまでもない。
「このバグは……やべーじゃん」
一瞬の出来事で何が起こったかは分からない。
しかしなぜか大量のレアアイテムと1000万Gが手に入った。
これを喜ばなくて、何を喜ぶというのか。
自分の実績ではなくとも嬉しいに決まっている。
所詮は空想上のお金だが、ゲームのなかだけでも金持ちでいたい。
「でもこの素材はどうすれば……誰かに売ったりもできないし……。
――いや、一番の使い道があるじゃないか!
たしかオリジンを進化するには、素材が必要なんだったな。
もしかしたら……この超レア素材も使えるのかも!!」
大量の素材アイテムが手に入り、まず速攻で思いついたのはオリジンの進化。
試さずにはいられない。
さっそくオリジンと素材の一つをアイテムストレージから取り出して、具現化させる。
爪の素材を種に押しつけるように当てるとメッセージが表示される。
《――【終焉龍の世裂爪】をオリジンに与えますか?――》
《――※注意、一度取り込んだアイテムは取り出すことができません※――》
「オーケーオーケー。
バレないうちに使っちゃえ!」
承諾ボタンを押すと、手に貼りついていたオリジンが、貝のように真ん中でパカっと割れ、中から触手のような何かが出てきて素材を飲み込んだ。
《――【終焉龍の世裂爪】を取り込みました――》
《――【終焉】系統の進化ツリーが解放されました――》
《――【終焉の世裂鎌】の進化ツリーが解放されました――》
◆◇───-–- - -
~選択可能進化先~
・終焉の世裂鎌 ←NEW
- - - –-───◇◆
「おお!! 新たな選択肢が増えた!!」
オリジンがさっそく進化の兆しを見せたことに、興奮を隠せない。
どうやら爪を取り込んだことで鎌が選べるようになったらしい。
◆◇───-–- - -
■終焉の世裂鎌
〇武器種:鎌
〇属性:斬・炎・闇
〇能力:STR +999
VIT -459|(下限突破)
〇オリジンスキル:<世裂喰ラ>
- - - –-───◇◆
……。
「ハアアアァァっ!?
なんだこれ、強すぎないかっ!? 筋力プラス999ってなんだよ!!
上限値は知らないけど、こんなの手に入れちまえばゲームクリアも同然だろ!!」
耐久力の異常なマイナス値を加味しても、余りある爆発力。
少なくとも序盤に手に入れていい武器ではない。
棚から牡丹餅ならぬ、棚からエクスカリバーとはこのことだ。
「さっそく進化だ!」
意気揚々と【終焉の世裂鎌】にカーソルを合わせてボタンをタップする。
……しかし、反応しない。
そうやすやすと進化できるほど、単純でもなかった。
《――進化に必要な条件がそろっていません――》
《――5,000,000経験値を消費します――》
《――オリジンを5回以上進化させてください――》
《――【終焉龍】と名の付く素材があと 499個 必要です――》
《――特殊条件:合計魔物討伐数500体を達成してください――》
「……そうは問屋が卸さないですよね」
物事はそう上手くはいかないものだ。
強すぎる武器なんて制限があるに決まっている、進化条件が厳しいことくらい、なんとなく察していた。
しかしこれはゲームを続けるうえで目標となる。
この武器に進化させる、という指標が明確になっただけでもありがたい。
「とりあえず必要数だけは突っ込んどくか。
終焉龍の大地殻、溶岩血、耐熱血管、耐熱鱗をそれぞれ100個ずつっと。
それと全種類一個ずつも入れておこう」
アイテムストレージから具現化させ、オリジンに取り込んでいく。
骨の折れる作業だったが高揚感のおかげで辛くはなかった。
《――【終焉の鉄砕牙】の進化ツリーが解放されました――》
《――【終焉の喇叭笛】の進化ツリーが解放されました――》
《――【終焉の巨骨盾】の進化ツリーが解放されました――》
牙を入れたら剣のカタチが、喉笛を入れたら楽器のカタチが、骨を入れたら盾のカタチが、それぞれ解放される。
入手した数がすくない素材だったので、レアな進化先なのだろう。
「お、楽器がある!
『喇叭』は……ラッパ、って読むのか。
うわー! これにも進化させたい!」
にやにやと笑みを浮かべていると、王城にも人が流れ込んでくる。
やはり城を空けていただけで、帰ってきたらしい。
「やっぱ人がいない王城は異常事態だったんだ。
よかったよかった」
階段を降り、中庭を探す。
王城一階でこれまでに見なかった人々とすれ違い、安堵した。
中庭を目指して廊下を歩き回っているとき、また新たにワールドメッセージが鳴り響く。
《――ワールドメッセージ、ワールドメッセージ――》
《――このメッセージは全プレイヤーに向けて送信されています――》
《――2066年3月28日12時05分、現時刻を持ちまして魔王の進行を確認しました――》
《――魔王依頼、開始いたします――》
◆◇───-–- - -
魔王依頼が強制施行されました。
全プレイヤーは早急に対処してください。侵攻方角は北エリアです。
▶対象:【終焉龍Endro-Geass】
▶勝利条件:対象の討伐 or 撃退 or 封印
※残り救済回数 3回
※破壊対象 第一拠点【フォルツァンド王国】 残存耐久度:95%
(クエスト期間中に破壊されたオブジェクトは自動修復されません)
※残り時間 364日 23時間 59分 59秒
- - - –-───◇◆
《――これからシステムアップデートとメンテナンスが1分間行われます――》
《――プレイヤーの皆様は5分後に強制ログアウトされます。ご了承ください――》
《――その間、ゲーム内時間は停止します――》
「今日はメッセージが多いな……って、んん!?
魔王の、侵攻!?
今起きたことと何か関連しているのだろうか……まあいいや、メンテが終わったらとりあえず中庭だな」
追って知らされたのはラスボスの登場予告。
このゲームの目玉がもうやってくるなんて。
マーティンが知らぬうちに歯車は回りだし、熾烈を極める10億円の争奪戦が始まろうとしていた……。
◆◇◆◇
2066年 3月 28日 12:10
~{王国:王城中庭}~
メンテナンスが明けて、中庭に赴く。
あまりの再現度に息をのんだ。
王宮から出た先は、公園のような中庭。
まず目に飛び込んできたのは、カンカンに照らす太陽だ。
2つの太陽が重なるように浮かんでいる。
現実と同じように眩し過ぎて、直視することはできない。
「ま、まぶしい……っ!」
そして、実際にその日光が暖かい。
現実の季節は春だからなのか、それほど熱くはない。
吹き抜ける風も気持ちがいい。
自分の紫に染まった髪の間を通り抜けていく。
これも季節の補正なのか冷たい風ではなく、涼しくて心地の良い風だ。
普段外に出るというよりかは中にこもるインドアな僕だが、この世界の外なら何時間日向ぼっこしていても飽きないだろう。
それほどまでに現実よりも心地の良い空気だ。
四方は王城の豪華な建物で囲われているが、中庭にしては広すぎる。
中庭の端には木や草花が植えられており、小川が流れているところも。
ど真ん中には噴水があり、その周りを花畑が囲んでいる。
せせらぎの庭、本来は落ち着く空間なのだろう。
だが、ここでは決定的に違うところがある。
「なんじゃこりゃっ――!?」
目の前に広がるのは、人、ひと、ヒト――。
{王国:王城中庭}は、通勤ラッシュ時の満員電車のごとく、プレイヤーでひしめき合っていた。