#3 ログイン
2066年 3月 28日 11:32
~{個人礼拝堂}~
《――おお、勇者よ。新たな世界の旅人よ――》
《――前世の記憶をもって、どうか世界を救い給え――》
《――螺旋の渦のように続く、負の連鎖を断ち切り給え――》
《――はてしなく広がるこの仮想の世界で――》
《――実体など無きこの仮想の世界で――》
《――験術を極め、巨悪を討ち滅ぼせ――》
《――体(アバター)の準備は整った。さあ、冒険の始まりだ――》
◆◇──――─-–- - -
あなたが降り立ったのは、唯一のオフライン空間である【個人礼拝堂】。
ここはオープンフィールドから隔離された空間。
いかなる場合も他者の【個人礼拝堂】に訪れることはできません。
{王国}と名の付く安全エリア内に居る場合、あらゆる座標からここへ飛ぶことができます。
~主な役割~
▶アイテムの保管 ▶スキルの削除
- - - –-──――─◇◆
見渡してみると、降り立ったのは荘厳な雰囲気の教会のようなところ。
背後に大きな女神像があることから、ここは中世の城によくある礼拝堂をモチーフにしたのだろう。
広いホールのようでもある。
見上げると、天井には絵が描かれている。女神の周りを天使が飛んでいる絵だ。
そして女神の前には一人の人間が剣を持って立っている。
天井はとても高く、どうやって描いたのか不思議だ。
壁には色とりどりのステンドグラスがはめ込まれており、部屋の中に入る光を色づけている。
そのなかでも、女神像の裏にある巨大なステンドグラスは圧巻だ。
円形で、直径10メートルはあるんじゃないか。
これを現実で再現しようとしたら、いくらかかるのだろうか。
やけに豪華な装飾も、ヴァーチャル世界という1と0のデータの集合体だからこそできるのだろう。
「すげぇ……これが神経接続のフルダイブVRゲーム……。
ヘルメット被って眼前のスクリーンに映す、32Kだか64Kの映像だけのVRとは訳が違う……」
感嘆の声が自然と漏れる。
一文字一文字噛み締めて呟く声は、現実の自分の声と何ら変わらなかった。
ログインには虹彩認証と声紋認証という2つの認証があるため、ゲーム内の名前以外にも、個人を識別するのがこの「声」という要素だろう。
つぶやき続けながら、辺りを見渡す。
もっと360度広がるこの教会を見たくて、視界のHPゲージとMPゲージ、メニューウィンドウなどの一切のUIを、右人差し指の腹ですっとなでて、閉じる。
素肌にあたる空気。
深呼吸すれば、大気汚染のない空気が肺いっぱいに広がる。
耳に入るのは、空気が鼻を通り抜ける音と、心臓の鼓動。
においは建物の古さゆえか少しホコリっぽかったが、それもまた雰囲気とあいまって味わい深かった。
右手で自分の胸に手を当ると、心臓の鼓動と共に、人体の温かさが返ってくる。
ほっぺたを強めにつねれば、痛みではなく痺れを感じた。
「痛覚制限システムが働いたのか。
うわさに聞いてたけど、なんかヘンな気分」
プレイヤーが“痛み”と感じるものは、全て“痺れ”に変換される。
正座を長時間していたときに感じるような、あの“痺れ”だ。
「わぁ……口が痺れふ……。
すげぇ……」
自分でほっぺをつねっているのだが、どんなに力を入れても純粋な痛みにはならない。
それが不思議で何度も試していると、不意にどこからか声が聞こえた。
《――<自傷軽減>が習得可能になりました――》
《――習得しますか?――》
◆◇───-–- - -
▶ 同意
拒否
- - - –-───◇◆
思わず驚いて辺りを見渡したが、誰もここにはいない。
この声は先程の機械音声……たしか導き手といったか。
“世界の声”とでも呼ぼうか、このシステムメッセージは彼女の専門分野なのかもしれない。
どうやら五感は同期していても、導き手の声が頭の中に響くのは変わらないみたいだ。
「おぉ……‼
……初の、初のスキル獲得だっ‼」
――これだよ、これっ!
行動によってスキルが得られる、こんな自由なVRゲームを待っていたんだよ!
祖父の代から受け継いでいた漫画の中にも、こんな異世界転生モノや、VRゲームが主題のものがあった。
現実に存在しない架空の設定なのに、自分だったらどんな行動を起こして、どんなスキル構成にしようか……と妄想していたあの頃が懐かしい。
この瞬間、それが現実となったのだ。
誰もいないのをいいことに、喜びの舞いを繰り広げる。
夢にまで描いていたVRの世界、そして初めてのスキル獲得。
両方の衝撃に頬の筋肉が上がりっぱなしだった。
《――<自傷軽減>がLv.2になりました――》
《――<亀の鈍皮>が習得可能になりました――》
そのままほっぺを数分つねり続けていたら、<自傷軽減>はLv.2に上がった。
ついでに新たなスキル<亀の鈍皮>も習得。
少し落ち着いて、改めてスキルについて詳しく知ることにした。
礼拝堂の女神像を背もたれにして腰かけ、メニューのステータスからスキルを確認する。
◆◇───-–- - -
<自傷軽減>
●自傷軽減系スキルの下級スキル。
●自傷ダメージが減少する。
獲得者数:62,012
――自分を大切に。
- - - –-───◇◆
獲得者数も記されていることで、このスキルをどれくらいの人が取っているのかは一目瞭然だ。
「獲得者は6万人……意外に多い。
自分を痛めつける人って、意外にいるんだ……」
自分も人のことを言えないが。
スキルのレベルに応じて減少量が増えるのだろうか。
この説明文だけではわからないことが多いため、検証のしがいがある。
使いどころは難しそうだが……他のスキルに反動の自傷ダメージあったら、活きてくるんじゃないか?
限界まで育てがいがあるスキルだと思う。
最後の一文「自分を大切に」はフレーバーテキストだろう。
特に意味はないはずだ。
◆◇───-–- - -
<亀の鈍皮>
●触覚鈍化系スキルの下級スキル。
●五感の内、触覚が減少する。
獲得者数:8,715,012
――人は痛みを経て成長する。
- - - –-───◇◆
こちらは、完全没入ならではの異色なスキルだ。
戦闘中に痺れで腕の感覚がなくなり、剣を落とすのは厄介だ。
痛みの信号をシャットアウトできるなら……これ、かなり重要なんじゃないか?
現にほとんどの人が取得している。
たった二つのスキルだけど、どちらも使い方によっては役立ちそうだ。
さて。
他にどんなスキルを覚えようか?
誰かの真似をしてもいいのだが、それでは面白くない。
どういう行動を起こせばスキルが出るのか分からないが、誰もやっていないことがしてみたい……。
「そうだ!!
歌はどうなんだろうか」
選んだ行動は結局“歌”だった。
疑問を抱いたら即行動に移す。
僕は心を込めて、気持ちよく歌った。
「♪La La La ~――!!」
ここでは誰も気にしなくていいから、どんなに大声で歌ったところで恥ずかしくない。
現実世界じゃ、どこにも周りを気にしないで歌える場所なんてありゃしないから、それだけで楽しい。
仮想世界をカラオケとしてあつかう使い方も悪くはないだろう。
音ゲーや本格的なカラオケがVRゲーム内にあれば、もっと楽しいだろうに。
思うぞんぶん歌えることにただ感謝し、よろこびを抱いた。
ものの数分で、効果はあらわれる。
《――<歌唱>が習得可能になりました――》
《――習得しますか?――》
◆◇───-–- - -
<歌唱>
●歌唱系スキルの下級スキル
●聴いた者のSTR《筋力》を上昇させる
獲得者数:32
- - - –-───◇◆
――ビンゴッ!!
「……っ!!
スキルに歌があるなんて、このゲーム最高だ!
こんなの無限に歌っちゃうよ!」
詳しい内容は分からないが、支援スキルのようだ。
歌うことが楽しいし、それにレベルの概念が追加されるなら、これ以上に楽しいことはないだろう。
◆◇◆◇
2066年 3月 28日 11:52
《――<歌唱>がLv.2になりました――》
《――<歌唱>がLv.3になりました――》
どれくらい歌っただろうか。
時計を確認すると、既に歌い始めて20分が経っている。
ついつい歌うことには集中しすぎて、周りも全く見えていなかった。
集中すると時間を忘れて熱中してしまうのは悪い癖だ。
結果として<歌唱>のレベルは3まで上がっていた。
《――<拡声>が習得可能になりました――》
歌っている最中、僕の声がシステムに“歌”ではなく“叫んでいる”と誤認されたのか、このようなスキルも習得可能になった。
もちろん、即習得する。
◆◇───-–- - -
<拡声>
●挑発系スキルの下級スキル。
●声を大きくして注意を惹く。
獲得者数: 3,321,512
- - - –-───◇◆
「へえ……。
ヘイト獲得用のスキルってわけか」
使用するのは主にパーティーの壁役だろう。
敵の攻撃を受ける役割の人間がヘイトを得ることで、その間に味方に敵を攻撃してもらう、というオーソドックスなオンラインゲームの戦法。
単純だが、古くからMMOゲームというのはこれが基本だ。
「本来は、そうやって自分以外の味方を、敵から守るためのタンク用の補助スキル……。
……だけどこれ、歌唱と組み合わせたら使えそうかも」
たまたま手に入ったスキルだが、思わぬ組み合わせで使えることになりそうだ。
こういった、あまり関係のないもの同士がうまく噛み合う“コンボ”というのを見つけるのは、結構好きだったりする。
それはそうと、先ほどから視界の端っこで、どこを向こうと瞳を閉じようと常に自己主張を続ける文字がある。
◆◇───-–- - -
【チュートリアル1.スキルを覚えよう!】
スキルは繰り返し行動を起こすことで習得できる。{王国:王城中庭}の訓練場では指南役のネイティブが待っている。
クリア条件:スキルを5個習得する
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「この項目がチュートリアルか、どれどれ」
こなしていくことで自然と一人前の勇者になれる、というものだろう。
つきまとってくる文字は鬱陶しいので、できる限り早く済ませたいものだ。
既に4つスキルを覚えたため、残りは1つ。
「詳細は……っと。
王城の中庭って場所は外からも、個人礼拝堂からも行けるのか。
でもなんでわざわざ?
スキルはどこでも覚えられるのに」
残り一つくらいはここでも覚えられそうだが、ひとまず疑問は置いておいてチュートリアル通り中庭に向かうとしよう。
「よしっ!!
さっそく行ってみますか!」
個人礼拝堂の大きな扉を押し、その先へ進んだ。
『NOW ROADING』という文字が視界の下の方で回り始める。
それと同時に、チップスの文章が目の前一杯に出てきた。
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【TIPS1】
ようこそ、Different・World・Summonsの世界へ。
ここから先は、他の勇者の方々が存在する、オンラインの空間になります。
ネイティブ|(NPC)の方々にも人の心があるため、暴力、暴言などは絶対にやめましょう。
皆さんでマナーを守って、よりよい世界の平和を作っていきましょう!
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