女子の恨みは怖いというのは本当だった
時間は瞬く間に過ぎ、夜の時間。
夕食を食べ終え、お風呂に入ったさや達はリーナの部屋にさやと夏蓮の分の布団を敷き、就寝の準備をしていた。
「はぁ、ご飯美味しかったねぇ」
並べられた布団を目の前に、さやはパジャマ姿で寝転がりながら脱力する。
午前の買い物に加え、午後はリーナの家で遊びという名の魔導具体験。
一日中遊び回ったせいか、さやは普段より気持ちよさそうに布団に転がる。
「そうだな」
「美味しかった」
疲れたのはリーナと夏蓮も同じで、二人ともパジャマ姿で自分の布団に座り込む。
このリーナの部屋は高級マンションに住んでるだけあって、中々広い。
少し大きめのベッドに少し小さな可愛い絨毯。
本棚に勉強机と、真面目なリーナだけあって割りと普通な間取りだ。
一頻り脱力し終えた後、さやは思い返したように顔を上げた。
「そういえば、二人ともお料理上手だったね。見ててびっくりしちゃった」
そう言いながら少し意外なような顔をする。
夕食作りの時、作る前さやは自分が二人に教える形になるんだと思っていた。
まさか、自分並みに出来るとは思っていなかったさやは、初めて二人の料理捌きを見たときは正直度肝を抜かれていた。
「一人暮らしになってからもそうだが、私は元々料理も修行の一つとして日々練習していたんだ」
「私はお母さんの手伝いとかで、なんとなく」
「あれで、なんとなくなんだ」
軽い夏蓮の発言にさやは苦笑する。
夏蓮の場合、母親である神谷詩織の影響が強い。
料理研究家をしている夏蓮と夜兎の母親である詩織は普段は温厚な人だが、料理、広く言えば食全般に厳しい。
だから、手伝いをしていれば必然的に料理の腕も上がる。
といっても、一度言えば大抵は習得する夏蓮にとって、あれはただの手伝いとしか感じていないだろうが。
「夏蓮ちゃんって、やっぱり夜兎君の妹だよねぇ」
さっきのことを思い出しながら、さやは深々と思う。
実は夕飯作りの時に少しゲーム感覚で野菜の皮剥き競争をしていた。
その時には全員包丁を使って競争していたが、その速さが全員人間業ではない。
三人とも包丁を使い寸分の狂いもなく、シュルルルッ!!と音を建てながら皮を剥くその姿は、どこぞの機械より速い。
お互いに無言でシュルルルッ!!という音だけが部屋中に響く。
夜兎がさやの家に訪れた時もその光景を目にしていたが、それが三人並ぶと凄いを通り越してシュールである。
それをなんとなくで済ませるとは、流石は夜兎の妹。
例え義理でもそのハイスペックさは受け継がれてるのだろうか。
そうさやは思わせられる。
「あれは色々とおかしい」
だが、それでも夏蓮は不服なのか、夜兎と比べられて少し呆れ気味に首を振る。
まぁ、確かにあっちの方が少し、というかかなりおかしい。
とてもハイスペックという言葉で収まる気がしない。
夜兎のおかしさにはリーナも同じ気持ちなようで、リーナは深く夏蓮と同意した。
「確かにあいつはおかしい。あんな力を持った奴など神以外じゃ見たことないぞ」
うんうんと頷きながら言うリーナにさやは「やっぱり夜兎君って凄いんだー」と呑気に返す。
さやにとって、神がどれくらい凄いか分かっていないんだろう、きっと。
呑気に呟いたさやだが、ここである一つの疑問が生まれた。
「夜兎君ってその力を持つ前ってどんな感じだったのかな?」
さやはスキルの力を持った後の夜兎しか知らない。
だからその前はどうだったんだろうか。
このさやの疑問に夏蓮は少し考え込んだが、結論は至ってシンプルだった。
「あんま変わんない」
「そうなの?」
もう少しなにかあるものだと思っていたさやは、この夏蓮の応えに意外そうな表情をした。
さやの意外そうな表情に夏蓮は「そう」と言って頷き、続きを話した。
「お兄ちゃんは元々自分がしたいことをするような人。子供の頃からどこか大人っぽくて誰にも流されずにいつも自分の意思を貫き通す。それは今も変わらない」
自分がやりたいと思えば意地でもやり通し、
自分が殴りたいと思えば必ず殴り、
自分が守りたいと思えば全力で守る。
それは今も昔も変わらない。
ただそれにスキルという力が加っただけにすぎない。
つまりは、そういうことらしい。
実質、夜兎はおっさんとの仕事の手伝いを嫌々やってるように見えるが、それを破ったことはない。
嫌そうに見えても、結局はやってくれる。
そんな夏蓮の話を聞いて、さやは少し安心したように頬を緩ませ、優しく呟く。
「やっぱり、夜兎君は夜兎君なんだぁ」
本当はスキルの力を持って豹変したなんて言われたらどうしようと、少しさやは思った。
それでも自分の気持ちには変わりはないけど、変わったと、なにも変わってないとでは、変わってない方がいいに決まっている。
少し小声気味にさやは呟き少し助けられた時の感傷に浸っていると、一つ夏蓮のことについて気になったことがあったのか夏蓮に聞いた。
「そういえば夏蓮殿、神谷夜兎のことをたまにお兄ちゃんと呼ぶが、奴には直接そう呼ばないのか?」
「無理」
突然唐突に聞いたリーナだったが、夏蓮はそんなリーナの質問に即座に反応し、拒否をした。
いきなり聞いたのに何故ここまで早く反応するとは。
即座に否定する夏蓮にリーナは若干驚き、訳を聞いてみた。
「な、何故なんだ?」
「だって、言えば直ぐ調子に乗るし、もう一回呼んでとか言うし.......色々嫌だ」
少し言いづらそうに顔を逸らしながら喋る夏蓮。
これは絶対他になにかあるな。
この夏蓮の様子にリーナはそう勘づくと、さやがあっさり理由を話した。
「ただ夜兎君の前でお兄ちゃんって呼ぶのが恥ずかしいだけなんだよね」
「ちょ、さやちゃん!?」
いきなり暴露されて恥ずかしいそうに慌てる夏蓮に、さやは「日頃のお返し」と言って、悪戯な笑みを浮かべる。
ここにきて日頃のお返しをされると思っていなかったのか、夏蓮は何も言えずぐぬぬと唸っていたが、本当の理由を聞いてもリーナはあまり納得していなかった。
「別に呼びたいなら呼べばいいと思うんだが」
「それは絶対に無理!」
一人っ子には分からないことなんだろうか。
このリーナの軽はずみな発言に、夏蓮は少し食い気味に拒否をする。
そんなに嫌なんだろうか。
いつもの無表情とは違い鋭い剣幕で夏蓮はリーナを睨む。
食い気味に睨まれリーナは気圧され「そ、そうか......」と言ってなんとかこの場を治めた。
急なリーナの質問に辱しめを受けた夏蓮は、仕返しとばかりに今度はリーナに質問をした。
「じゃあ、リーナちゃんは何で私やさやちゃんのことを殿って付けるの?」
この夏蓮の質問にさやも「あ、それ私も気になる」と言って夏蓮に便乗する。
いきなり質問され、リーナは少し戸惑う素振りを見せるが、考え込みながら応えた。
「そ、それは、親しき仲にも礼儀ありと言うしな......」
「夜兎君やサラさんは呼び捨てなのに?」
「サラは友人というより、同僚に近いし、神谷夜兎はただの監視対象だし、親しき仲というのは少し違うな」
本当にただの監視対象なのかと聞きたいところだが、考えながら応えるリーナを見て、さやはだったらと提案を出した。
「だったらこれから私達のことを呼び捨てで呼んでよ。ねっ、夏蓮ちゃん」
「いいと思う」
にっこりと笑いながらさやは名案とばかりに言う。
同意を求められた夏蓮も賛成なのか頷きながら微笑む。
だが、リーナはあまり気乗りしないのかうーんと渋い顔をする。
「いや、しかしなぁ......」
呼び方を変えるのに抵抗があるのか、リーナは迷っていると、さやは渋るリーナにお願いしだした。
「リーナちゃん、私達はもっとリーナちゃんと仲良くなりたいの。だからお願い」
仲良くなりたい。
そんな純粋なお願いをされたらもう断れない。
ましてやリーナは超が付くほど真面目な性格。
さやからそんなお願いされて断れるわけがない。
「分かった。これからはさやと夏蓮と呼ばせて貰おう」
「うん!」
「いいよ」
リーナに呼び捨てで呼ばれ、さやと夏蓮は嬉しそうに返事をする。
また一歩仲の良さが増した三人は、少しの間ふふふと笑いながら喜びあっていると、ここで一人のお客さんが来た。
「皆さん、こんばんわです!」
突如さやの携帯からトーンの高い幼女の声が鳴り出した。
見ると、そこには今日夜兎と出掛けていたメルが満面の笑みで立っていた。
「メルちゃん、どう?上手くいった?」
「はい!皆さんのお陰でマスターが吃驚した顔を見ることが出来たです!」
メルを見るなりさやは聞くと、メルは嬉しそうに応えた。
実は昨日の夜、夜兎と出掛けることが決まった後、メルは密かに三人にある相談を持ちかけていた。
いきなり携帯のトークアプリのグループにメルが現れたのに驚いた三人だが、その相談内容を聞いて直ぐに相談に乗ってくれた。
作戦が成功したと聞いて、三人はよかったと胸を撫で下ろした。
「よかったね、上手くいって」
「これであいつも少しは反省しただろ」
「いいきみ」
今回夜兎はメルに勘違いをさせた。
しかも、恋する乙女にとっては一番やってはいけない、その気にさせる行為をだ。
その夜兎の軽はずみな言動を聞いた三人は、これでは流石に可哀想だと思い、今回の作戦を行ったわけだが、これで少しは自分の罪を認識するだろう。
通りすがりで見たときはどうなるかと思ったが、上手くいってよかった。
「ねぇ、よかったらメルちゃんも一緒にお話しない?」
「お話、ですか?」
「そう、なんで夏蓮ちゃんが夜兎君のことをお兄ちゃんと呼ばなくなったのか」
「その話掘り返すの!?」
突然話の話題にされ驚く夏蓮に、メルは面白そうと思い了承した。
「なんだか面白そうです!是非参加させてください!」
「うん、一緒に楽しもうね」
「なんか、今のさやちゃんが恐ろしく見える.....」
「これも日頃の行いだ。素直に諦めろ」
盛り上がるメルとさやに対し、夏蓮は落ち込み、そこにリーナが慰める。
女の恨みは怖いというが、本当なのだろうか。
多分それは今、夜兎も感じている筈だ。
夜兎と夏蓮、二人の兄妹は今この時は同じことを考えているだろう。
「あんなこと言うんじゃなかった」と。
「それじゃあ、聞いてみようか」
「はいです!」
話していてテンションが上がったのかはしゃぐさやとメル。
この一人と一体の元気は何処まで続くやら。
夜も更け寝静まる時間。
さや達の夜は長かった。
話の途中、別の話のおまけにあった話がありますがお気になさらず。
次は異世界サイドです。
おまけ
【天然たらし】
「あんなこと言うんじゃなかった.....」
“どうしたのー?主ー”
「ロウガ、俺って天然たらしなのか?」
“そうだよー、今更何言ってるのー?”
「そこは否定してくれよ......」
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