子供の無邪気さは時には凶器に変わる
その夜。
海から帰ってきた俺はベッドで横になり、一日の疲れを癒していた。
「はぁ、癒される.......」
このベッドが俺を優しく包んでくれる感じ、今日は色々あったから何時もより気持ちよく感じる。
あ~、これぞ至福......。
枕に顔を埋め、俺は脱力する。
あれからウォータースライダーは一回やっただけで直ぐに他の遊びに切り替えたが、無事になにもなく終わることが出来た。
夏休みは一日中寝て過ごそうと思っていたが、たまにはああいうのも悪くない。
さや達と遊んだ時の事を思い返し、俺は顔を緩ませる。
しかし、本当に今日は長い一日だったな。
島に着いたと思ったらモンスターに襲われ、途中でサラに出会い、遺跡でふざけた罠に遭い、奥地で巨大なゴーレムと戦い、メトロンをぶん殴り、海で遊んだ。
よくこれだけの事を一日で体験出来たと思う。
思い返せば思い返す程、そう思えてくる。
うつ伏せになりながら、俺はそう思っていると、携帯からメルが呼び掛けてきた。
「マスター、今日は如何でしたか?」
「あぁ、色々あったが、楽しい一日だったよ」
「それはよかったです」
にっこりと笑みを浮かべながら、メルは安心したかのように言う。
すると、笑ったかと思ったら今度は俺の顔を窺うような仕草を、メルは取った。
「それでですね、マスター、あの話なんでですが.........」
あの話?
メルの言葉を聞いて、俺は一瞬意味が分からなかったが、直ぐに理解した。
「あぁ、あれか。何処か行きたい所でも見つけたのか?」
「はい、そうなんです!ネットで興味深いものを見つけたのです!」
少し興奮しながら言うメルに、俺は「そうか」と言って微笑む。
あの話とは遺跡でメルと二人っきりで話した時のことだ。
少し忘れていたが、約束はきちんと守らなきゃな。
「それじゃあ、明日行くか」
「はいです!」
元気な返事と同時にメルは楽しみと言っているかのような顔をする。
明日は一日中だらけようかと思っていたが、まだそれは先になりそうだな。
心の中では残念そうに思うが、画面の中の待ち遠しそうな表情をするメルを見て、反対に俺はまぁいいかと微笑を浮かべる。
夏はまだ序盤、気長にいこう。
嬉しそうな顔のメルを眺めながら、俺はそう思うのだった。
ーーーーーーーーーーーーーー
日差しが眩しい夏の昼。
天気は快晴、気温も最高。
何処もかしこも額に汗を流しながら歩道を歩く。
それは、交差点の前で立ち止まっている俺も同じだった。
「あぢー」
昨日はそれほどでもなかったのに急に上がるとか反則だろ。
突然の気温の変化に、俺は手で汗を拭いながら悪態つく。
メルとの約束のため今そこ向かっている最中だが、転移で行けないのがもどかしい。
熱さに参りながら、俺は信号を待つ。
転移で行けないのには、ある訳がある。
「凄いです!人がいっぱいいるです!ネットで見た通りです!!」
それは携帯の中でさっきからこの人混みに興奮しっぱなしのメルにある。
こっちは熱いというのに、呑気なもんだな。
外の様子に感激しているメルに、俺は軽く息を吐く。
メルの目的地に行くには当然転移で行けば速いが、目的地に行く途中でメルに「もっと外の様子を知りたいです!」と言われ、わざわざ転移をしないでこうしてじっくりと向かっているわけだ。
一人で来るもんじゃないな。
いや、正確には一人と一体だけど。
この嫌なくらいに多い人混みの中、俺は軽くうんざりする。
一応出掛けるということで、夏蓮も誘ってみたんだが、どうやらさやとリーナと女子会&お泊まりをするらしい。
いつの間にそんなに仲良くなっていたのかと俺は思ったが、夏蓮には「女の子には秘密が多い」とか言われ、何も教えてくれなかった。
昨日の今日で人のことは言えないが、よくやるな。
夏蓮達の意外なる親密さに俺は少し驚いていると、メルがこの人混みに騒いでいた。
「こんなに人が多いなんて思わなかったです!まるでわらわらと群れる蟻のようです!」
「その例えは止めてくれ、メル」
それだと俺まで蟻扱いされているみたいだ。
メルの例えに俺は呆れながら言う。
またネットでいらん言葉を覚えたんだろうか。
段々口調が酷くなってきている。
まさか、ここまではしゃぐとは。
携帯にイヤホンを差しておいて正解だった。 じゃなかったら、今頃注目の的になっていただろうからな。
「マスター、あれはなんですか?」
イヤホンを着けていたことにホッと安心する俺に、メルは画面である方向を指差す。
指が指した方向を見ると、そこにはでっかいビルの上に付けられている巨大なスクリーンがあった。
「あれはあそこにニュースやCMを流したりするでっかいテレビみたいなもんだ」
「へー、大きいですー!」
ビルの壁に付けられているスクリーンに、メルは興味深そうな目をしながら見つめる。
まぁ、ずっとあの島にいるメルからしたらここの景色なんてどれも新鮮なものに見えるんだろうな。
感動するのも無理はないか。
目をキラキラさせながらスクリーンを見つめるメルを見て、俺はそう思う。
すると、何を思っていたのかさっきからずっとスクリーンを眺めていたメルは唐突にこう言い出した。
「ちょっと、あっちに行ってくるです!」
「あっち?」
あっちとは何処だと聞く前に、メルは俺の携帯から姿を消す。
おいおい、まさか..........。
いきなり姿を消すメルに、俺は嫌な予感が頭を過る。
それと同時に、俺の真ん前にある巨大なスクリーンにメルが映し出された。
「凄いです!皆小さく見えるです!」
スクリーンの中に映し出されたメルの声が、そこら中に響き渡る。
このスクリーンは街の監視も兼ねてるのかスクリーンの上にカメラが内蔵され、多分メルはそこから見ているのだろう。
この大きな声に、交差点にいた人は一斉にスクリーンに顔を向け、不信な声をあげる。
「なにあれ?」
「新しいCM?」
「でも他のCMの最中に?」
「なんかのイベント?」
違うCMに乱入しているメルを見て、周りの人は口々にそう言う。
不味い、これは非常に不味い。
周りが不思議に思っている最中、俺一人だけが焦りの色を浮かべる。
まさかスクリーンに乱入してくるなんて。
もっと常識を教えておけばよかった。
「まるで人がごみのようですー!!」
一人後悔している間も、メルはスクリーンではしゃいでいる。
それ絶対ネットで影響された奴じゃん。
大観衆の前でそういうこと言っちゃいけないだろ。
完全にネットに毒されているメルに俺はいち早く戻って貰おうとジェスチャーを送る。
(頼む、気づいてくれ!)
ここで声を出せば俺が注目されるから声は出せないし、あの距離じゃ届かない。
どうにかジェスチャーだけで気づいてくれ。
俺は今世紀最大の願いを込めながらメルにジェスチャーを送ると、何かに気づいたのかメルはこっちを向いた。
「マスター!私はこっちですー!」
(そんなもん見りゃあ分かるわ!)
突然自分がいなくなって焦ってると思っているのか、メルはこちらに向かって手を振った。
的外れな結果に俺はぶんぶん首を振る。
若干周りの人が俺の行動に変な目で見ていたが、最早そんなこと気にしている場合ではない。
(いいから気づけ!)
俺は多少大袈裟ながらも戻るように携帯を指差してジェスチャーを重ねる。
そして、俺のジェスチャーがやっと伝わったのか、あっと気づいた様な素振りを見せた。
「ただ今の時刻は13時11分です!まだ時間には余裕があるので大丈夫です!」
(そっちでもねぇよ!)
俺が指してるのは時計じゃなくて携帯!
またしても的外れな結果に俺は頭を抱える。
どうしたら気づいてくれるんだよ。
この異常事態に周りの人の不信さがどんどん増していく。
くそ、こうなったら意地でも気づかせてやる。
半分やけになりながらも、俺はメルに気づいて貰えるように努力する。
そして、やっと俺の思いが伝わったのか、メルは俺の携帯の中に戻ってきた。
「さっきからどうかしたのですか?マスター」
「どうかしたかじゃねぇよ........」
どれだけ苦労したと思ってるんだか。
この悪意のない、ただ純粋な興味だけで行う行動力は本当にどうにかしなきゃな。
でないと、この先不安だ。
俺はこれから先のことに少しため息をつく。
次からは俺の指示なしに何処かに行かせるのは禁止しよう。
事態が収まった後で、俺は固く誓うのだった。
これから大丈夫だろうか......。
おまけ
【女の子の秘密】
「なぁ、何時からそんな仲良くなってたんだ?」
「秘密」
「いや、なんで」
「女の子には秘密が多いの」
「そう言うなって」
「じゃあ、女装してくれたら教える」
「すいません、やっぱりいいです」
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