こういう時の女子の力は絶大
メルのネットから得た余計な質問で、少し微妙な空気になったが、気を取り直して俺達は海へと向かった。
「先ず何しようか?」
海に足を入れる寸前のところで立ち止まり、さやは聞いてくる。
一応遊べるものは一通り持ってきてあり、やろうと思えば意外と何でも出来る。
何をして遊ぶか。
俺達は頭を悩ませていると、携帯の中のメルが大きな声を出した。
「それなら提案があるです!」
携帯の画面から姿を消し、メルは目の前に立体映像として現れた。
いきなりメルが現れたことに俺は少し驚き、意外そうな表情をする。
「なれるのか、それ」
「遺跡は壊れましたけど、まだ島の機能は無事なのです」
そうだったのか。
子供らしい無邪気な笑みを浮かべながら言うメルに、俺は納得する。
すると、メルはさっきのさやの話についてある提案を出した。
「それで、先程の話なんですが、実はここにある仕掛けがあるのです」
「仕掛け?」
メルの言葉にリーナは首を傾げる。
仕掛けとはいったいなんだろうか。
仕掛けと聞いて気になる俺達にメルは高らかに叫んだ。
「これです!!」
メルが叫んだ瞬間ーーー突如地面が小さく揺れた。
近くの木は揺れ、海は波打ち、砂が舞う。
いきなりの揺れに俺達は動揺したが、次なる光景に更に度肝を抜かれることになる。
地面が小さく揺れたと思ったら、今度は近くの海の上に突如巨大な魔法陣が現れた。
巨大な魔法陣は光輝き、ある建物を召喚する。
くねくねと曲がったコースに高さ何十メートルとあろうその壮大さ。
その姿はまさしく、ウォータースライダーだ。
「なんじゃこりゃ......」
「滑り台です!」
「いや、見りゃあ分かるが.....何で滑り台?」
「元マスターが何となく最高の滑り台を造りたいとほざいていた時期があったので、今回はそれを使いましたのです!」
気分でウォータースライダーなんて造ったのか、あいつは。
この無駄に巨大なウォータースライダーに俺は「はー.....」っと感嘆の息が漏れる。
なんかメルのメトロンに対しての口調の悪さが増していた気がするが、この巨大なウォータースライダーの前ではどうでもいいことだ。
驚いたのはリーナ達も同じで、さっきからウォータースライダーを見てからずっと固まっている。
「メトロンの魔力がなきゃ魔法陣って起動しないんじゃなかったか?」
「魔法陣には予め元マスターの魔力が入ったままなので、起動させるのは出来るのです。それに維持だけならマスターの魔力でも行えるので、問題はないです」
それなら問題ないか。
メルの説明を聞いて俺は改めてウォータースライダーは方を見る。
でがい、しかもただでかいだけじゃない。
右、左、急カーブ、渦巻きと楽しさ満点の要素が詰まっている。
海まで来てアトラクションってのもあれだが、これでやることは決まった。
「わぁ.....」
「おぉ.....」
「すごい......」
未だ目の前にそびえ立つウォータースライダーに、さや達は驚愕していたが、直ぐに楽しそうな表情に変わった。
「早速行ってみるか」
「そうだね!」
「楽しみだな」
「早く行こう」
うきうきとしながら俺達はウォータースライダーの入口へと向かった。
ーーーーーーーーーーーーー
ウォータースライダー入口に辿り着いた。
「さて、誰から行くか」
目の前の入口を目にしながら、俺は三人に聞く。入口からは、見立て通りの高さで島の一部が見張らせる。
「私から行こうか?」
「いや、ここは私から行こう」
「私から」
三人は互いに前に出て行こうとしているが、中々順番が決まらずまるで何処かの漫才をしてるみたいだ。
次俺が行くって言ったらどうぞどうぞとか言ってきそうだな。
三人のやり取りを見て俺はそう思っていると、何処から現れたのかメルがある妙案をきりだした。
「それなら二人同時というのはどうですか?丁度あそこに二人乗り用があるので」
そのメルの一言を聞いて、三人はキョトンとしていたが、二人乗り用の入口を見て何を感じたのか、次第に肯定し始めた。
「そ、それがいいかもね」
「そ、そうだな」
「だね」
乗り場を見た瞬間、三人はあからさまに態度を変えた。
三人、主にリーナとさやが特に顔を少し赤くしながら言っている辺りが怪しい。
三人の態度に俺は不審に思い、二人乗り用入口を見てみた。
そこには『ドキッ!好きな人と密着するチャンス!!二人乗りコーナー!!』という看板が入口の上に建っていた。
「止めよう」
看板を見たと同時に、俺は即座に反対する。
「じゃあ、じゃんけんで決めようか」
「それがいいな」
「公平」
だが、俺の意見など最初から聞く気になんてなかったようで、さや達は俺を無視しながら勝手にじゃんけんを始めた。
「な、なぁ、やっぱり一人ずつにしないか?」
「夜兎君はそこで見てて!」
「貴様は口を挟むな!」
「黙ってて」
反対しようとする俺に、三人は緊張した顔で怒鳴る。
あ、駄目だこりゃ。
あのやる気満々なさや達を見て、俺は早々に諦めの念が出た。
こうなったらもう止められない。
これまでの付き合いでよく分かる。
緊張した面持ちで何を出すか真剣に悩むさや達を見ながら、顔をひくつかせる。
こういう時の女子の力って絶大だよな。
ドラゴンや神以上に.......。
どうしてこうなったんだろうか.....。
目の前で真剣に悩むさや達を余所にため息をつく。
「マスター、マスターは誰がいいですか?」
避けられない強大な敵を前にして、メルが小声で楽しそうに聞いてきた。
気楽だなお前は。
「誰がって、なにがだ?」
「マスターはあの三人の中で、誰と一緒に乗りたいんですか?」
メルの言葉を聞いて俺は思い出す。
そういえば、言い出しっぺはこいつだったな。
思い出した俺はメルに問い詰めた。
「何で急にあんなこと言い出したんだ?」
「大半の男の人はこういうシチュエーションに憧れるとネットに書いてあったです」
問い詰める俺にメルはキラキラとした目で応える。どうやら、俺のためにやったことみたいだ。
しかも、悪意とかではなく純粋に俺のために。
何というありがた迷惑なんだろうか。
「メル、頼むからもうネットから変なことを覚えるのは止めてくれ」
メルのネット知識に俺はげんなりと肩を落とす。何でもかんでも真に受けすぎだろ。
何時かガセ情報とかに騙されそうで心配になってくる。
今度ネットの使い方でも教えてこう。
肩を落としながらそう思う俺を見て、メルは不思議そうに言う。
「マスターは好きじゃないんですか?」
「好きとか嫌いとかじゃなくてだな、俺は皆で楽しくやれればそれでいいんだ」
「でも、嫌いじゃないですよね?」
「それは、否定しないが.......」
メルに言われ俺は否定出来なかった。
嫌なところを突いてくるな。
俺は未だ悩んでいるリーナ達の方を見る。
リーナは黄色の水着、夏蓮は赤色の水着。
どちらも二人の見た目にぴったり合っていて、とても綺麗だ。
体のラインも美しく、まさに美女というのに相応しい。
だが、それを言うならさやの方も凄い。
元々美少女と思っていたが、今回の水着姿で更に凄いことが分かった。
胸だけならダントツで一番だろうし、腰も細い。
どれも良いところが沢山ありすぎて迷うくらいだ。
(いやいや、何言ってんだ俺は)
見た目がよくてもこの後、密着しながら滑るんだぞ。
それこそ不慮の事故で手が滑った何て起こる事だってある。
そんなことになってみろ。
それの対処なんて俺には先ず無理だ。
願わくば一人で滑りたいもんなんだが、それも無理なんだろうな。
(もう、どうにでもなれ)
考えてもどうしようもない。
半ばやけくそ気味に投げ出していると、先程まで悩んでいたとさやがリーナと夏蓮に話を持ちかけた。
「わ、私、チョキを出すからね」
手でチョキの形を取りながらさやは言った。
ここにきて心理戦かよ。
さやの行動に俺は驚く。
きっと、もう考えても分かんないから取り敢えず仕掛けただけなんだろうな。
顔がそういう感じをしている。
「では、私はパーだ」
「私はグー」
それは夏蓮とリーナも同じだったのか、さやの仕掛けた作戦に乗っかってきた。
いや、お前らもかよ。
若干のどや顔をしながら手を出す三人に、俺は内心突っ込みを入れる。
さっきまで悩んでいた時間は何だったんだろうか。
三人共、何を出すかの宣言が済んだことで、ようやくじゃんけんが始まった。
「それじゃあ、行くよ。勝った人が夜兎君と一緒に滑るからね」
「あぁ」
「うん」
お互いに目線を合わせながら、三人は頷く。
夏の炎天下の空の下、今三人の拳が上に振り上げ、
「「「最初はグー!じゃんけんーーー」」」
真下に降り下ろされた。
「「「ポン!!」」」
「わん!」
三人が降り下ろした瞬間、別の声が三人の声に混じった。
「え?ろ、ロウガちゃん?」
その声の主、ロウガに、さやは目を丸くする。
見ると、いつの間にか出てきていたロウガが、さや達のじゃんけんに混ざっていた。
しかも、さや、夏蓮、リーナはーーチョキ。
ロウガは前足を出しているためーーグー。
つまり、このじゃんけんロウガの勝ちだ。
“僕も主と一緒にすべりたーい!”
じゃんけんに勝ち、ロウガは俺に擦り寄りながら尻尾を振るう。
どうやら俺達の様子をずっと見ていて、タイミングを見計らってたようだ。
もしかしたら、一番の策士はロウガかもしれない。
中々姑息な感じがするが、これはチャンスだ。
「そんじゃ、一緒に行くか、ロウガ」
「わん!(うん!)」
俺はロウガを抱き抱え、入口へと向かう。
「え、ちょっ待って、それ有りなの!?」
「飛び入りは卑怯だぞ!」
「不正してる」
ロウガの勝ち方に納得がいかない三人は声をあげる。
言いたいことは分かるが、こんなチャンスを逃すわけにはいかない。
抗議する三人に俺はロウガを抱いたまま振り向く。
「別に誰もお前らだけとは言ってないし、飛び入りも駄目とは言ってないだろ?」
「それは、そうだけど....」
「なら、勝者にはご褒美を、だろ?」
そう言い残して、俺は再び入口に向かう。
振り返ってはいないが、後ろで三人が項垂れているのが手に取るように分かる。
危なかった。まさかロウガに助けられるとは。
ロウガに感謝だな。
危機を回避した俺は内心微笑む。
横ではメルから「マスターは動物の方が好きなのですか?」という誤解を受けていたが、後で訂正してこよう。
俺とロウガが滑った後、さや達はまだ少し残念そうにしていたが、俺も男だ。
もしもの事だってあるし、それ以前に水着で抱き付くのは中々ハードルが高い。
後から順番で入ればいいのにと思ったのは、内緒にしておこう。
「それじゃあロウガ、行くぞ!」
「わんわん!(楽しみー!)」
入口の前に座り込み、ロウガを抱えたまま、滑り出す。
「おおぉおぉぉぉおおおぉぉ!!?」
「わおおぉぉおぉぉぉおおぉぉぉ!?!?(わぁぁぁあぁああぁい!?!?)」
滑り出した瞬間、俺とロウガは絶叫にも似た叫びをあげる。
思った以上に、いやかなりスピードが速い。
体感的には速すぎで景色が全く見えないくらいだ。
そして、そのスピードに乗せて感じる風がまた圧を感じさせる。
右、左、急カーブ、渦巻き、様々なコースを永遠と感じさせながら、気づけばゴールに差し掛かっていた。
「どわぁ!?」
「わおーん!!(飛んだー!!)」
ゴールに差し掛かり、俺とロウガは海ではなく空に放り出され、今度は体全体で浮遊感を感じた。
一瞬の浮遊間を感じ、俺は時が止まったような感覚に陥ったが、直ぐに海へと落下する。
叩きつけれるるようにして俺とロウガは海に落ち、一度沈んだが直ぐに這い上がった。
「大丈夫か?ロウガ」
“楽しかったー!”
海へと落ち、ロウガの無事も確認し終えると、俺はウォータースライダーの方を見る。
予想以上に凄かったな。
あそこまでスピード感溢れるものだったか?ウォータースライダーって。
普通の奴よりかなり逸脱したこのアトラクションに俺は安全性を疑っていると、メルが俺の目の前に現れた。
「どうでしたか?マスター」
海の上に浮かぶような体勢を取りながら聞くメルに、俺は何ともいえない表情をする。
「凄かったには凄かったんだが、これ普通の人がやって大丈夫なのか?」
結構高く上空まで落とされたんだろうか、背中が少しヒリヒリする。俺の疑問にメルは当たり前の如く言った。
「マスターでそれなら、普通の人なら骨折レベルです!」
何をそんなに自信たっぷりに言ってるんだ、この幼女は。 メルの説明を聞いて、俺は苦笑いする。
すると、ウォータースライダーの方から三人の悲鳴が聞こえてきた。
「きゃぁぁあぁああぁあ!!?」
「うぉぉおぉぉおおぉぉお!!?」
「おぉぉおおおぉぉぉおぉお」
見ると、どうやら三人は一斉に滑ってきているようだ。
二人乗りだというのに、やけにでもなったんだろうか。
豪快なスピードで滑るさや達を俺は呆然と見ながら、メルに囁いた。
「なぁ、もしさや達があのまま飛んだら......」
「恐らく、普通に怪我をするです」
そのメルの一言を聞いたと同時に、三人は空へ天空高く射出された。三人で行ったせいか、総重量により加速度は俺の比じゃない。
上空高く射出された三人は空に綺麗な放物線を描くようにして、空を飛ぶ。
「だよなぁ!!」
途中まで唖然と見ていた俺はロウガを戻し、さや達が飛んでいく方向まで全力で泳ぐ。
リーナならともかく、さやと夏蓮が危ない。急がなくては。
ここで転移や魔法を使わなかったのは、俺の判断不足だ。
気づいた時は色々と後悔したな。
全力でさや達の元まで泳ぎ、魔法で受け止めることに成功したが、さや達がウォータースライダーのスピードと風圧にぷるぷる震えていた。
冗談混じりで「もう一回乗るか?」と聞いたら音速を越える勢いで首を横に振られ、涙目で拒否された。
完全にトラウマになってるな。
この三人の様子に俺は苦笑する。
その後、メルに「楽しかったですか?」とニコニコしながら聞かれ、三人は少しお怒り気味になっていたが、悪意がないと分かると下手に怒れない。
このおちょくってるようにしか聞こえない問いに三人は顔をひくつかせ、何とか笑みを作って取り繕っていたところは流石だなと思う。
その時、俺は少し思った。
この中で一番危険なのはメルの方なんじゃないかと。
おまけ
【ガセネタ】
「メル、ネットの中にはガセネタというのがある」
「ガセネタ、ですか?」
「そうだ。ネットに書いてあることが全て本当という訳ではない。中には嘘もあるってことだ」
「そうだったんですか!?」
「例えば、コーラを飲むと骨が溶けるとか、牛乳は飲むと背が伸びるとか」
「なん.....です.....と.....」
「鵜呑みにしすぎだろ」
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