人は混乱すると思考回路が働かなくなる
突然夜兎に転移させられ、さや達は戸惑っていた。
「あれ?ここって.....」
「遺跡の外だな」
「戻されたの?」
周りに生い茂っている木々を見て、さや達は口々にそう言う。
ここには見覚えがある。
周りを見渡しながらさやは記憶の中の光景を探す。
確か遺跡に入る前に通った場所だよね?ここ。
記憶と一致している箇所を見ながら、さやは考察する。
「ねぇ、あれ」
夏蓮が未だ揺れている遺跡を指差した。遺跡は既に半壊していて、もう戻るのは不可能な状態だ。
ここでさやは思い出した。
転移する前、夜兎が「先に行っててくれ」と言って、あそこに残ったままだ。
「夜兎君........」
半壊する遺跡を見ながらさやは顔を曇らせる。
夜兎君のことだから何かあるんだろうけど、大丈夫かな?
心配そうな顔をするさやに、リーナが励ますように話しかけてきた。
「大丈夫だ」
「リーナちゃん......」
「あいつはこんなんでどうにかなる男じゃない」 「そういうこと」
「あんな規格外な奴。そう簡単には死にはしないでしょ」
リーナと同様に夏蓮とサラもさやを励ます。
リーナ達もさやと同じように夜兎を信じている。
そんなリーナ達の言葉に、さやは肯定するように頷いた。
「.......そうだね」
心配していてもしょうがない。
夜兎君ならきっと大丈夫。
そう思いながら、さやは夜兎を待ち続けた。
転移してから数分が経ち、遺跡は最早原型をギリギリ留めてるか留めてないかくらいまで崩壊している。
それでもまだ夜兎は戻ってきていない。
大丈夫だよね?夜兎君。
最初は大丈夫だと思っていたさやの心が、崩壊していく遺跡を見て徐々に不安に変わっていく。
そんなこと、ないよね.........。
胸に手を当てながら、さやは不安そうにしていた。
その時、
「ふぅ、危なかった」
別の方向から夜兎君が現れた。
肩や頭に落ちた砂を払いながら歩く夜兎の姿を見て、さやは歓喜の喜びを示す。
「夜兎君!よかったぁ。無事だったんだね!」
「ギリギリだったけどな」
喜ぶさやに、夜兎は優しく微笑んだ。
「なにをやって来たんだ?神谷夜兎」
「ん?あぁ、ちょっとな」
そう言って夜兎は手に握っていたものを見つめた。
その手には、片手で収まる程の紫色に輝く鉱石の様なものが握られていた。
「なに?それ」
興味深そうに鉱石を見つめるさやに、夜兎は皆に鉱石を見せびらかすようにさや達の目線まで上げる。
「これは、メルだ」
「へ?メルちゃん?」
「正確にはこれがメルの本体。これに魔力を貯めるんだ」
「それじゃあ、メルちゃんは........」
「ここだ」
そう言って、夜兎はポケットから携帯を取り出し、画面をさや達の前に突き出した。
突き出された画面の中には、元気な姿で無事を喜ぶメルがいた。
「皆さん、ご無事でよかったです!」
「え?あー、うん」
このメルの変貌振りに、さやだけでなく他の三人も戸惑っている。
今までは、生気のない目にあまり動かない表情、感情的になる以外は抑揚のない声だった。
なのに今のメルは元気はつらつで目も生気が宿り、何処からどう見ても元気一杯の可愛い少女にしか見えない。
いったい何があったんだろうか。
気になったのか、遠くから見ていたサラが未だにこにこと嬉しそうな顔をしているメルを指差した。
「ねぇ、これ本当にさっきのAIなの?」
「まぁ、一応そうなんだがな......」
この変わりようには夜兎も戸惑ったのか、少し困った顔をする。
「何でも、今までのはメトロンから貰った魔力を節約するために、色々と機能を停止させてたらしい。だから、これが本来のメルみたいだ」
「そういうことです」
だからと言って、ここまで変わるんだろうか。
ここにいる夜兎とメル以外の全員は思った。
姿形は一緒でも、まるで中身が入れ替わった様な、そんな気分にさせられる。
「そのお陰で、メトロンもメルのことを死んだと思っていたみたいだけどな」
「あの人の事は言わなくていいんです!」
さりげなく言う俺に、メルは頬を膨らませ可愛らしく怒る。
どうやらメルにメトロンの話は禁句らしい。
死んだと思われた挙げ句裏切り扱いまでされたんだ。
怒るのも仕方ない。
「今の私のマスターは夜兎様だけです!」
怒った表情から一転、メルは満面の笑みで言う。怒ったり笑ったり、つい先程までのあの様子とは違いころころ表情を変えるメルの様子に全員苦笑する。
「ねぇ、マスター」
「あ、あぁ、そうだな......」
メルに話を振られ、夜兎は口がどもる。
画面な為目線は合わないが、確実にメルは夜兎に熱い視線を送っている。
それを分かっているからか、夜兎は気まずそうに視線を明後日の方向に向けている。
この視線には全員疑問を感じただろう。
服従や信頼といったものとは違う、これは恋する乙女の目だ。
このメルの目に全員疑問を感じ、代表してリーナが聞いた。
「なぁ、メルは貴様を偉く気に入っているみたいだが、なにかしたのか?」
この言葉に、夜兎は心当たりがあるのか、ピタッと体を固まらせ、取り繕うとするが、
「そ、それはーーーーーーー」
「口説かれちゃったのです~」
「「「「え?」」」」
メルに退路を絶たれた。
この一言に夜兎は顔を固まらせ、リーナ達は一斉に夜兎を見る。
そんな全員からの視線に夜兎は目を逸らすが、メルは言っちゃったー!とばかりに顔を赤くさせ、手で頬を覆いながら体をくねらせている。
最早言い訳は無意味だ。
「や、夜兎君....」
「うわ~......」
「き、貴様.......」
「あ、あんたまさか.......」
「待て、勘違いするな。俺にそんな趣味があるわけないだろ。メルが誤解してるだけだ」
冷ややかな目をしている彼女達に、夜兎は必死に弁明を重ねる。
だが、そんな夜兎の弁明も信じる者がいるわねもなく、ただ事態が悪化するだけだった。
「あの時、マスターは言いました。『俺のものになれ』と。最初は何を言ってるのかよく分かりませんでしまたが、あの言葉は一生忘れませんのです」
「夜兎君、そんなことまで......」
「変態」
「そんなこと言ったの、あんた......」
確かにあれは自分の言葉も悪かった。
その自覚は夜兎にもある。
唐突に『俺のものになれ』なんて言えば、誰だって誤解をするのは当たり前だ。
しかも、続け様にあんなことを言えば、もう取り返しがつかない。
今では十分後悔している。
「いや、あれはそういう意味じゃなくてだな.......」
「貴様と言う奴はぁ!!」
なんとか誤解を解こうと夜兎は言い訳を言おうとしたが、リーナが憤慨しながら夜兎の胸ぐらを掴んだ。
「こんないたいけな少女を口説くとはどういう了見だ!!」
「待て待て!だからそういう意味じゃない!!話を聞け!!」
胸ぐらを掴みぐわんぐわんと揺らすリーナに夜兎は慌てて誤解を解こうとするが、
「それに、それだけじゃなく、あんなことまで.........」
顔を更に赤く染めたメルが追い討ちをかける。
独り言のように呟くメルだが、その声は全員に聞こえ、夜兎の誤解を大きく発展させた。
「あ、あんなこと!?」
「そ、それって......」
「.......犯罪」
メルの呟きを聞いて、さやは顔を赤くさせ、サラと夏蓮は察したのか顔を引きつかせる。
「貴様ぁ!口説くだけでは飽きたらづ犯罪にまで手を染めたか!?」
「いや、アホか!!あんな状況でそんなことするわけないだろ。てかAIにそんなこと出来るか!?」
触ることが出来ないAIに何をしろと言うんだろうか。
少し考えれば分かるだろうに。
混乱した人の思考回路は上手く働かないようだ。
それに夜兎だってそんな犯罪に手を染める程狂っていないし、そもそも幼女趣味はない。
(あー、何時になったら解けるんだろうか........)
興奮する四人と一体のAIに夜兎は揺らされながら天を仰ぐ。
場はカオスなのに、空は何でこんなに青いんだろうか。
若干の現実逃避が入るが、俺は誤解を解こうと必死に弁明を重ねた。誰も聞く耳持ってくれなかったけどな。
そこからようやく誤解が解けるのは、全員が落ち着いてからだった。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
「ーーーーーーという訳だ」
落ち着きを取り戻した後、やっとのことでリーナ達の誤解は解けた。
「そうだったんだー」
「紛らわしい」
「人騒がせね」
「最初からそう言え」
「あのなぁ.........」
落ち着きを取り戻した四人は口々にそう言うが、俺はちゃんとそう言おうとしたからな。
お前らが混乱したせいで話せなかったけど。
まるで俺が悪いという言い方に、俺は解せない気持ちになっていると、一息つきサラが唐突に切り出した。
「じゃあ、私はもう帰るわね」
もうここに留まる理由はないからか。
帰ろうとするサラにリーナは少し残念そうに言う。
「なんだ、もう帰るのか?」
「もう用は済んだしね。早くメトロン様のところに報告に行かないと」
「メトロンの方は安心しろ。手は打ったから」
多分メトロンの中ではサラが薄い本まっしぐらな妄想がされている。
そんな目に会ったサラを無下に扱わないだろう。
「そういえば聞かなかったけど、いったい何したの?」
「行ってからのお楽しみだ」
微笑みながらはぐらかす俺に、サラは疑うように俺をじっと見つめたが、やがて疑うのを止めた。
「まぁいいわ。その言葉を信じるとするわ」
そう言ってサラ俺達に背を向け数歩歩くと、サラの体が突如輝きだした。
光が収まると、そこには【天使化】で変身したサラの姿があった。
「【天使化】出来たのか」
「帰る時だけ許可されてるのよ」
そう言うサラに俺は【天使化】状態のサラを眺める。
髪はロング、瞳は金色に変わり、翼をバサッと広げて飛ぼうと体勢を取るが、言い忘れたことがあったのかサラはこちらに顔を向ける。
「そういえば、リーナ」
「なんだ?」
「その、最初に言ったこと。悪かったわね。あんたの友達を馬鹿にして」
ずっと言おうと思っていたのか、恥ずかしげに最後の方が小声になりながらも、サラはリーナにきっちり告げた。
「あぁ、気にするな。気を付けてな」
それにリーナは顔を緩ませ、明るい笑顔でサラに言う。
その明るい笑顔にサラもふふっと微笑む。
お互いのわだかまりが解け、いざ飛ぶのかと思っていたが、今度はサラは俺の方を向いた。
「それと....あんた!」
「ん、俺?」
「色々あって言えなかったけど、あの時は助けてくれたことには感謝するわ。だからこれは借りにしておく。じゃなきゃ、私の気が済まない」
あの時とはノーマルゴーレムから助けた時か。
ずっと気にしてたんだろうか。
負けず嫌いなのか律儀なのか。
どちらにしても、ここはあいつの気持ちを素直に受け取っておこう。
「あぁ、そん時は頼むな」
「任せなさい」
これで言いたいことは全て言い終わったのか。
サラは今度こそ俺達に背中を向け、空に舞い上がった。
「それじゃあね」
「元気でね」
「バイバイ」
さやと夏蓮は飛び去っていくサラに手を振り、サラは大空の空を飛んでいった。
帰ったか。何やかんやあったが、これで一段落着いたな。
見送りが済み、俺達は最初に来ていた浜辺に戻ろうと歩き始めた。
「こっからどうするか」
「折角だから泳ごうよ」
「まだ入ってなかったしな」
「賛成」
「それなら私が良い場所を知ってるです!」
メルも会話の輪に入り、わいわいと騒ぎながら歩を進める。
天気は快晴。色々トラブルがあったが、まだ帰るには早い。
ならば、遊ぶとしよう。
「そうだな、そうするか」
そう言って俺達はメルお勧めの場所に移動する。
長い一日ではあるが、まだまだ今日は終わらない。
さあ、夏はまだ始まったばかりだ。
これでまた少しの間日常パートに入ります。
メルはテンプレでよくあるナビゲートみたいなポジションだと思ってください。
夜兎がどうやって口説い......説得させたかは後々分かります。
おまけ
【誤解重ね】
「只今戻りました」
「お帰りサラ。疲れてない?お茶でも飲む?」
「い、いえ、それよりも仕事の方ですが」
「いいのいいの。なっちゃったもんはしょうがないから。元気出して。失敗は誰にでもあるよ」
「は、はぁ.....」
(な、なに?この扱い)
「そ、そうだ。サラ、暫く休暇でも取るかい?体は休めた方がいいよ?」
「い、いえ、流石にそれは.....」
「大丈夫大丈夫。体は大事だからね。ゆっくりと癒すといいよ」
(神谷夜兎、あんたいったい何を言ったのよ.....)
(これで身も心も癒されてくれ......)
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